船旅の終わり
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パンッ! と大きな風船が割れたような、乾いた音が運動場に響いた。
赤斧さんことヒューラの拳による先制攻撃を、辛うじて掌で受け止めた。
「へえぇ……! 下手したら今ので終わっちまうんじゃないかと心配だったけど、杞憂みたいだねぇ!」
「【縮地】と【魔拳・疾風】の合わせ技か。せめて初手くらい手心加えてくださいよ……」
「はっ! あっさり防いだくせになに言ってやがんだ、よ!」
言葉を交わしつつ、今度は左手で胴体狙いか。
脚で防御をしたが、妙な感触。なんというか、ドドンッて2回くらいダブった衝撃を感じた。なにこれ?
≪拳法スキルLv8技能【魔連撃】 格闘攻撃のヒット判定を1回増加させる技能≫
単純に素手での攻撃力を倍にする、というより攻撃が命中した箇所にまったく同じ威力で追加攻撃する技能ってことか。
なんか二〇の極みみたいだな。いや理論は全然違うだろうけど。
「シッ!」
今度は手刀。……これ、ただのチョップじゃないな。鋭くて高速で振動してる魔力を纏ってる。
≪拳法スキルLv7【魔手刀】剣術スキルの【魔刃】のように、振動する刃を纏った手刀≫
魔刃改で受け――
≪非推奨。ヒュームラッサの手を切断する恐れあり≫
魔力装甲を分厚く纏って防御!
素手同士がぶつかり合った音とは思えない、金属音に似た甲高い音が響く。
あっぶねー。なに? 素手での魔刃改ってそんなに攻撃力高いの?
≪梶川光流の言ういわゆる【魔刃改】は単純な『攻撃力』だけではなく『器用さ』『知能』の補正も加わるため、【魔手刀】に比べ実際の攻撃力は極めて高い≫
能力値が高くなって、その辺の補正が顕著になってきたのかな。
≪ちなみに、梶川光流が【魔力パイルバンカー】と呼ぶ技なども同様の補正あり≫
……今の俺が下手にポンポンと魔力操作で編み出した技を使うと、うっかり相手を殺しかねないってことか。気を付けよう。
「余裕そうな面しやがって。あのクソ重いハンマーを軽々振り回してる時点で察してたけど、アンタ相当ステータスが高いみたいだね」
「そちらこそ魔連撃を使ってるってことは、少なくともLv8まで拳法スキルを鍛えてるみたいじゃないですか」
「少なくて悪かったね。本職じゃないから上達が遅いんだ、よっ!」
今度は貫手。鋭い魔力の槍先が貫手の攻撃力を上げてる。なになに、Lv6【魔貫手】…そのまんまだな
「さっきから受けてばっかりで全然攻めてこないね! 女相手で気でも使って紳士気取りかい!?」
「そうですね。じゃあこっちからもいくぞ!」
掌底を赤斧の胴体に向かって放つ。
腕だけで打つのではなく、足を踏み込みしっかりと体重を乗せるイメージで。
「おっとぉ! なかなかの威力だねぇ! でも、動きがちょっとぎこちないねぇ」
それを余裕で防御する赤斧。
ううむ、やっぱ慣れない拳法モドキなんかそうそう通用するもんじゃないか。
「しっかし、動きは粗だらけなのに威力だけはまるで達人のそれだねぇ。あんたの師匠はどんな教え方してるんだか。それともスキル任せの独学かい?」
「一応、師匠というか先生はいるのですが、組手をしてもらおうにもすぐにぶっ飛ばされて終わってしまうんですよ。正直、今の俺じゃ足元にも及びません」
「随分と教え方が下手な先生みたいだねぇ。おっと、失言だったかな」
「いえホントに俺もそう思いますよええ。いやマジで」
「…アンタがその先生をどう思ってるかなんとなく分かったよ」
だってアドバイスをもらおうにも、先生って基本的に『グル』とか唸り声しか上げないし。
それでも間違いなく世界最強クラスの格闘家であることは確かだけどな。……魔獣だけど。
それからしばらく殴る蹴るの応酬が続いた。
体感的には数分程度のように思えたが、実際1時間近く攻防を続けていたようだ。
「がはっ!!」
「どわぁっ!!」
最後にお互いどてっ腹に拳をモロに命中させて、反対方向にぶっ飛んだ。
どちらも運動場の端まで飛んでいったあたり、どれだけ強力な一撃だったかが分かる。
「げほっ…! は、はは……いいのをもらっちまったねぇ…いてて」
「だ、大丈夫ですか……?」
「おっと、お互い多少のダメージは承知の上だろう? 気遣い無用さね。……てか、今のを喰らってアンタがケロッとしてるのが一番ショックなんだがねぇ」
外付けHPの恩恵です。いくらヒューラさんでも、1000を超えるHPを素手で削り切るのは難しいからな。
まあさすがに1時間近く殴り合ってたから、半分近くは削れちまったけどな。やっぱこの人強いわ。
素早さや器用さなんかはこちらが上。しかしその差を感じさせないほど立ち回りが上手い。
拳、蹴り、受け流し、防御、牽制、フェイント、連撃、渾身。どれをとっても赤斧さんの拳法は本職顔負けと言っていいほど洗練されていた。
鬼先生もそうだけど、やっぱりステータスに反映されない長年の戦闘経験の積み重ねそのものが、大きく戦闘能力を底上げしているんだろう。
冒険者になって、たかが数ヶ月程度しか経っていない俺とは比較にならないほどの経験値。それが能力値の差を埋めているんだ。
……レベルや能力値ばっか上がってもやっぱ限界があるんだなー。もっと積極的に組手をしてもらうべきだったなー。
「そろそろお昼どきですし、昼食にしましょうか」
「おお! なに作るんだい?」
「ヒューラさんが仕留めたクジラの竜田揚げですね。あのクジラ、臭みがあまりないうえに旨味が強いからどう調理しても美味しく食べられるので重宝してますよ」
「たつたあげ? 揚げ物なら酒を用意しなきゃだね! ちょっと酒買ってくる!」
「いや、ヒューラさんなに食べる時もお酒飲んでるじゃないっすか……」
度数40超えてる火酒を水みたいに飲むからなこの人。どんだけ頑強な肝臓してるんだか。
組手の直後にもかかわらず、猛ダッシュで酒を買いに行きおった。
この船の酒の消費量、半分はあの人が占めてるんじゃないかな。
さーて、調理場に向かいますかね。クジラの竜田揚げは俺も初めて食べるけど、どんな味なのかな。
そんなこんなで、いよいよ第5大陸到着予定の日になった。
……そろそろ着くな。ようやく船旅が終わる解放感と、ヒューラさんと一旦お別れになる寂しさと、新天地に辿り着く時のワクワク感と若干の不安がごちゃ混ぜになってなんとも言えない気分だ。
「ヒューラさん、一緒に行かないんすか?」
「あー、大会前にちょっと野暮用があってね。そいつを済ませたらすぐに開催地の王都に行くから、次に会うのはその時だねぇ」
「……そのころにはもっと強くなってるから、また相手をしてほしい」
「もちろんさ! 船の中じゃ思うように暴れられなかったけど、今度は思う存分やり合おうじゃないか」
名残惜しそうに、別れの言葉を交わす女性陣。
はたから見てると親戚のお姉さんと挨拶をしているように見えなくもない。
なお内容は次の喧嘩もとい組手のお話の模様。女子力皆無。
「カジカワもしっかりパーティを導いてやりなよ。第5大陸は第4大陸に比べて発展してるけど、その分ガラの悪いのも多いんだから」
「そうなんですか、気を付けます」
「そんな風に変にいい子ぶってると舐められちまうよ? そのせいでアルマやレイナの嬢ちゃんにちょっかいかけてくる奴がいたらどうすんのさ」
「問答無用でブチのめします」
「おおっ! いいね今の顔。そのままだったら誰も喧嘩売ろうなんて考えないだろうさ」
「……怖すぎて誰も近付かなくなっちゃいそうだけど」
「控えめに言ってオーガみたいな迫力だったっすね……いやオーガはこんなに怖くないっすね」
「レイナ、今度俺と先生の所に行って一緒にぶっ飛ばされようか」
「ごめんなさいごめんなさい!!」
さてさて、とりあえず大会が開催されるっていう王都がどこにあるのか調べますかね。
この大陸の魔獣は他の大陸と比べても屈指の強さらしいし、なるべく安全なルートで行くべきだろう。
魔獣より人に絡まれる方が厄介そうだけどな。
もしも、ウチのもんに手ぇ出す奴がいたらぶっこゲフンッぶっ飛ばそう。そうしよう。
お読みいただきありがとうございます。
>ノリツッコミがしっかりしてて――
ありがとうございます。赤斧さん本来は脳筋で周りの人がツッコミ役になるキャラなのに、それ以上に非常識なヤツがいるせいでツッコミ役にまわらざるを得ない状況だったり。
新天地ではどのような食材や調味料があるのか。そしてそれを筆者はちゃんと描写・表現できるのか(;´Д`)
>相変わらず緩い時はひたすら緩いね――
ずっと戦闘描写やシリアスばっかだと疲れますので。主に筆者が。
この船もかなり頑丈に造ってあるという設定(今決めた)ですのでなんとか耐えたというところでしょうか。
ちなみに鬼先生が拳法Lv1技能でも使おうものならいくら主人公でも即死だったり。強すぎて扱いに困る……。
>蟹との戦闘のくだりで――
逆に考えるんだ、笑っちゃってもいいさと考えるんだ。いややっぱダメですねゴメンナサイ。
ダーツで一人マトリックスは多分こっそり試してそうですね。そしてやった後「なにやってんだ俺」って賢者タイム入ってそう。
あと魔王は今の主人公に倒されるほど弱くないです。
>毎回面白くて更新が楽しみで仕方ないです!――
そう言っていただけて、本当にありがたいと感じております。
皆様のコメント一つ一つがモチベの糧になっています。本当にありがとうございます。
鬼先生基準でものを考えたらほぼ全ての人類が雑魚同然になるのでNG。
提案武器ですが……実はカジカワから依頼を受けて似たような物を既にジュリアンが制作中という裏設定があったり。完成までしばしお待ちを。
>異世界行く日本人はどいつもこいつも――
日本人はお米人ですからね。仕方ないね。
多分、自分も1週間でもお米無しだったら耐えられないだろうなぁ……。




