スタンピード③~急所を狙え!~
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進化したウェアウルフが、辺りを見渡している。
辺りの冒険者たちを睨み、今にも襲い掛かってきそうだ。
「お、おい! あいつ進化しやがったぞ!」
「あれはウェアウルフだ! Lv20以上の強力な魔獣だぞ!」
冒険者たちに動揺が見られる。
あと一歩で戦いが終わりそうなところでいきなりパワーアップされたら無理もない。
『オオオォォォォォォオオンッッ!!』
ウェアウルフが遠吠えを上げる。
それと同時に周囲の魔獣たちの目つきが変わった。
怒りのような焦りのような、生き急いでここで死ぬことも厭わず戦うことを強いられた、どこか憐れみさえ感じさせる目だ。
≪魔獣スキルLv3技能:【バーサークハウリング】周囲にいる基礎Lv9以下の魔獣を強制的に『暴走』状態にさせる技能。暴走状態が解除されるか死ぬまで魔獣たちは攻撃を受けても怯まず周囲の敵に襲い掛かる≫
周囲の魔獣たちの強化、いや狂化か。
進化しようとしてたのはこのスキルを使うためでもあったのか。
まずいな。
魔獣の数はもう冒険者たちと同じくらいまで減っているとはいえ、冒険者たちも疲れやMPの消耗が見られる。
後衛の魔法使いや弓兵たちももうあまり余裕がなさそうだ。
さっきまでの勢いがあればそのまま押し切れたかもしれないが、流れが魔獣側に向こうとしている。
せめてあのウェアウルフさえなんとかできれば…。
お?
「レベルの低い奴は下がってろ! ウェアウルフはこっちでなんとか抑える!」
「その間に周囲の雑魚共を頼む!」
ウェアウルフに向かって、バレドライという槍使いの青年と、同い年のラスフィーンという双剣使いの女性が立ち向かっていった。
二人とも18歳くらいでLv20もある。この場の冒険者たちの中ではトップクラスの実力者だ。
この二人も相当消耗している。俺が倒した以外のLV10以上の魔獣を何匹も相手取っていたから当然だ。
もう本当は下がって休んでしまいたいだろうに、ガッツがあるな。
他の冒険者たちもその二人から指示を飛ばされ懸命に戦っているが、怯まず捨て身紛いの攻撃を仕掛けてくる魔獣たちの猛攻に苦戦している。
負傷者も徐々に増え始めてきた。回復ポーションを飲もうにもこの状況では使う機会がないようだ。
さて、俺はどうするべきだろうか。
現状、この戦場で大して消耗していないのはさっきレベルアップしたばかりの俺と。同じように戦闘中にレベルアップした極一部の人間くらいだ。
傍観しているだけではどんどん被害が拡大する一方だな。
自分が勝利のカギだなんて自惚れる気は無いが、この状況で何もしないのもどうかと思うし。どーすっかなー。
空からの石落としはもうできない。
魔獣の数が減って、冒険者たちと魔獣たちの距離が近くなりすぎているので味方にも当たる危険がある。
地上に降りて戦うか?
でも正直俺のステータスじゃ正攻法だとゴブリン一匹すら倒せるか微妙だしなぁ。
いやまあ、俺の場合なんか仕様が違うっぽいし、ステータスの数値が全てじゃないってのはなんとなく分かってはいるんだが。
槍使いと双剣使いの二人も動きが段々と鈍くなっている。
二人で連携して辛うじて凌いでいるが、このままでは長続きしそうにない。
って、やばい。ウェアウルフが素早い動きで槍使いの懐に入った。
「なっ、速っ」
『グゥガアアアアアァァァァッ!』
そのまま槍使いの胴体に体当たりして、突き飛ばした。
おいおい、今の一撃だけでHPが4割くらい溶けたぞ。
「がはっ!」
「バレドッ! くそっ、この化け物が!」
槍使い、バレドは今の一撃で気絶したみたいだ。
幸い命に別状はなさそうだが、このままじゃウェアウルフに殺されるな。
双剣使いのラスフィーンがウェアウルフに立ち向かうが、一人でバレドを庇いながら戦うのは厳しいだろう。
ギュンッ
猛スピードで飛行し、二人の下に移動。
「お、お前は!」
「バレドはこちらで後方に運ぶ。貴女はウェアウルフを頼む。だが無理はするな」
「…分かった。バレドを頼むぞ」
そう言うと、ラスフィーンの全身がぼんやりと光を纏った。
あれもスキルか。
≪体術スキルLv4技能:【気功纏】SPを消費し、能力値を底上げする技能≫
MPじゃなくてSPを消費するスキルもあるのか。
最初からそれ使えよ、と一瞬思いそうになったがMPだけじゃなくSPも余裕がないから使っていなかったみたいだな。
「この技は今の状態じゃそう長くはもたない。バテる前に仕留めてやる」
他の冒険者たちが雑魚を掃討し終わったら加勢してもらい、安全マージンを確保してから仕留めるつもりだったみたいだが、この状況じゃ手加減してたらバレドの二の舞になる。
だから一か八か短期での決着を狙っているようだが…。
ウェアウルフのスキルにも体術Lv4が存在するんだよなぁ。
「おい、相手もそれを使えるようだぞ」
「なっ…!?」
ウェアウルフの体も同様に淡い光を纏った。
ラスフィーンに対抗しての行動か。これでは縮まった差が元通りだ。
仕方ない。
「使え」
ラスフィーンに向かって、指にはめていた指輪を投げ渡した。
「ん、なんだこれは?」
「魔力貯蔵の指輪だ。無いよりましだろう。ギルマスから借りている物だから後で返せよ」
「…すまん、遠慮なく使わせてもらうぞ」
そう言って右手の中指に指輪をはめると、それに籠められた分だけ魔力が幾分か回復した。
『グルァッ!!』
指輪をはめた直後、ウェアウルフが先程バレドに仕掛けた以上の速度でラスフィーンに突進してきた。
か、
『ギャギッ!?』
ラスフィーンが双剣を前に構えると、刀身の先に光の刃が現れた。
リーチが伸びた双剣が突進してきたウェアウルフの体を掠め、小さな傷を作った。
≪双剣術スキルLV3技能【双伸魔刃】:MPを消費し、刀身の先に魔力で形作った刃を発生させリーチを伸ばす技能。≫
「ちっ、避けたか。…どうした、そんな焦ったような汚い声を出して。自分の血を見るのは初めてか? ケダモノごときがまるで温室育ちか。いいご身分だなぁ、ん?」
『グルルアアアアアアアア!!』
言葉は分からないだろうが、なんとなく自分が罵られたのが分かったのか顔に怒りを浮かべて咆哮を上げている。
それと同時に、ウェアウルフの爪からも同じような魔力の刃が発生した。
≪爪術スキルLV3技能【伸魔爪】:MPを消費し、爪の先に魔力で形作った刃を発生させリーチを伸ばす技能。≫
スキルのテンプレですね、分かります。
挑発なんかしたからキレてますますパワーアップしてるんだけど、これ大丈夫?
「何をぼさっとしている! さっさとバレドを安全な場所へ運べ!」
あ、サーセン。まぁこの気迫ならそう簡単にやられはしないだろう。多分。
それじゃバレドを担いでさっさと門の方へ飛んで行きますか。よっこらせっと。
うごご、装備込みの成人男性の重量って案外バカにならんな。
ギュンッ
で、ひとっ飛びで門の内側に運送。
バレドの状態は命に別状はなさそうだが、状態表示を見ると肋骨にヒビが入ってるみたいだ。
…さっきの高速飛行で悪化してないだろうか。
骨折とかにも回復ポーションって効くんだろうか?
≪ポーションの性能と怪我の程度にもよるが、骨にヒビが入った程度であれば手持ちのポーションで回復可能。但し、回復まで数十分程必要≫
回復しても戦線復帰は難しそうだな。
でもまぁ、一応ポーションくらい飲ませておくか。俺、全然使ってないから余りまくってるし。
あ、気絶してるから自力じゃ飲めないか。
なら、魔力をポーションに直接纏わせて操作。口から食道を通して胃の中に侵入させる、と。
自分でやっといてなんだけど、見た目スライムか何かが体内に侵入しているようにも見えてちょっと怖い。てかキモい。
「げっほ! がはっ!」
あ、咽てる。ちょっと気管支に入ったかな? メンゴメンゴ。
でもそのお陰で意識も戻ったみたいだな。
「ゲホッ…あ? 俺、寝てたのか?」
「ウェアウルフに突進された衝撃で気絶したんだ。ポーションを飲ませたが、肋骨にヒビが入っているからもう無理はするな」
「ああ、そうだったか…ってラスフィは?」
「まだ、ウェアウルフと戦っている」
「なっ、無茶だ! 一人であんなバケモンとやりあえるもんかよ! 急いで加勢しないと…ぐあぁっ!?」
立ち上がって戦場に向かおうとしたが、ヒビの入った肋骨が痛むのか胸を押さえて蹲ってしまった。
「その状態では加勢どころか足手まといだ。いいから休んでいろ」
「そ、んなわけにいくか…! このままじゃラスフィが死んじまう…っ! こんな状態でもせめて盾ぐらいにはなれるだろ!」
コイツ、ホントにガッツがあるな。素直に尊敬するわ。
「お前、怪我をしたラスフィーンが同じことを言い出したらどうする?」
「止めるに決まってんだろ! 当たり前だろうが!」
「そんなこと言い出す奴が隣にいてまともに戦えると思うか? 今の状態で戻ってもラスフィーンの気が散るだけだ。むしろお前を庇って怪我をするかもしれない危険の方が大きい」
「そ、それは…」
「分かったら大人しく休んでいろ。大丈夫だ、絶対に死なせたりはしない」
あー、偉そうに説教垂れたうえにくっさいセリフ吐いちまったなー。
でもこうでも言わないと這ってでも加勢しようとするだろうし、ここは恥ずかしいのを我慢して説得タイムだ。
「…ラスフィを、頼む」
「任された」
そう言って再び戦場にとんぼ返り。あー忙しいなーもー。
ウェアウルフとラスフィーンが未だに戦っているのが見えた。
ウェアウルフはステータス表示を見る限り、大したダメージはなさそうだ。
MPとSPを少々消費したようだが、まだ余裕がある。
ラスフィーンは重傷こそ負っていないが、所々に切り傷を負っているようだ。
致命傷を避けて、防戦に徹してウェアウルフの消耗を狙っているようにも見えるが、あのままじゃラスフィーンの方が先にバテちまうな。
このままじゃ近いうちにやられる。
ああもう。バレドにあんな顔で任されてしまったからには助けないわけにはいかんでしょうが。
とりあえずウェアウルフに猛スピードで突進して奇襲でも仕掛けてみるか?
そんなことを思っていたら、ウェアウルフがこれまでとは違う動きを見せた。
「ぐあぁっ!?」
「な!?き、貴様!」
ラスフィーンに向かうフリをして、他の冒険者に向かって突進し、爪を振り下ろした。
さらに、次々と別の冒険者に向かって襲い掛かっていく。
「ぎゃあぁっ!!」
「い、痛ぇっ! 痛ぇよぉ!」
「な、なんでこっちに! わああっ!!」
…あのクソ野郎、他の魔獣の相手をしている冒険者たちが自分に対して隙だらけなのを見て標的を変更しやがった。
「この外道がぁ! やめろぉっ!」
激高したラスフィーンがウェアウルフに向かって叫びながら斬りかかった。
…まずい!
『グルァァアアッ!』
「ひいぃっ! た、助けてぇっ!!」
「くっ!? そ、そこまでクズか貴様は!」
短剣使いの少年の体を掴み、斬りかかってきたラスフィーンの前に盾を構えるように突き出した。
攻撃の手を止め、その瞬間隙ができてしまった。その隙を狙って爪を振り下ろそうとしている。
このままじゃやられる! くそっ、間に合え!
割って入って攻撃を防ごうとしたところで
ゴスッ!!
と、どこかで聞いたような音が鳴った。
具体的には魔獣森林でゴブリンたちに襲われた時に聞いた音だ。
アルマが、後ろから、剝き出しになっているウェアウルフの急所(男性限定)を、蹴り上げていた。
『グギャアアあアアアあアァァァぁァアアアああアあアッッ!!!?』
かつてないほどの激痛に、思わず少年から手を離し、口から涎やら泡やら垂らしながら、絶叫を上げて悶えている。
あ、あれは痛い! 見てるだけでこっちも痛くなってきそうだ!
アルマさん、グッジョブだけどさっきまで結構シリアスな感じで戦ってたのにその攻撃はちょっと…。
なに? とりあえず困った時は股間蹴っとけばいいとでも思ってるの? お願いだからこっちにはやらないでください。ホントに。
その惨状を見てしまった男性冒険者たちや魔獣たちが青い顔をして股間を押さえている。うん、そりゃそういう反応するよね。
さっきまでの緊張感はどこに行った。どうしてこうなった。
お読み頂きありがとうございます。
風邪ひいた…(;´Д`)




