とかげのしっぽ
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お読みくださっている方々に感謝します。
おバカトリオと別れてから6階、7階、8階と順調に進行中。
まだ折り返しだが、マッピングをほぼ完璧にしつつ進んでいるからとにかく時間がかかる。あと体力もかなり消耗が激しい。
でも精神的には3バカが同行してた時より大分楽という。
「カジカワさん、次の階層への道を見つけたら素直に先へ進みましょうよー…」
「ヒカル、マッピングにこだわりすぎ」
「…正直すまんかった」
だってさー、ローグライクとかRPGのダンジョンでまだ足を踏み入れてないところがあるまま先に進むのってなんかモヤモヤするやん?
宝箱とかアイテムとかサブイベントとか見落としてそうで損した気分になるからどうしても我慢できなかったすみません謝りますから置いてかないでくださいマジごめんなさい。
院長から受け取ったらしい懐中時計を見ながら、レイナが不機嫌そうに顔を顰めている。そんな顔せんでも。
「あちこち寄り道してるせいで、もう夕方の6時っすよ。そろそろ帰らないと」
「もうそんな時間か。……できれば今日は10階層くらいまで進みたかったけど、脱出ポータルが見えたらもう帰ろうか」
「うん。あちこち見て回って時間はかかったけど、その分アイテムもそこそこ手に入ったし、初日の成果としては上々だと思う」
「…ホントごめん。次からは先に進むことを優先するよ。さーて、今晩はなに食べようか」
「ヒカルの料理なら、なんでも」
嬉しいけどそれ一番困るやつなんですがそれは。
たまにはリクエストしてもええんやで?
「自分は肉料理が一品欲しいっす!」
うん、大体いつも一品は肉料理あるからあんまリクエストの意味ないね。
港町から離れてるせいか魚介類の品数も少ないし、しばらく肉が続きそうだな。胃もたれしなきゃいいが。
脱出ポータルを使用し、ダンジョンから脱出。
帰る前にダンジョン入り口の受付嬢に挨拶。
「お疲れ様です。無事に帰還できてなによりです」
「どうも。思ったより階層ごとの広さがあって帰還するのに時間がかかってしまいました」
「あはは、このダンジョンは初めてのようですから無理もありませんよ。ランキングに載せますので、何階層まで攻略したか確認させていただきますね。……おおお!? 8階層まで初見で攻略されたんですか!」
鑑定スキルかなにかでどこまで潜ったか確認したみたいだな。
てかランキングってなに? ますますローグライクゲームのシステムじみてんな。
「8階層までおよそ9時間20分で攻略ですか。1階層ごとの攻略スピードが平均して1時間強ほどとは、なかなかのスピードですね! ランキングは現時点だと24位です。次回潜られる時も頑張ってください」
「ありがとうございます。では、失礼します」
ダンジョンからしばらく歩いて、工業都市とダンジョンの中間くらいの距離に来た時に、不意にメニューが開いた。
ん? メニューさんどったの?
≪緊急 ただちに工業都市に戻り、ジュリアンの工房へ向かうことを推奨≫
緊急? …またジュリアンがなんかやらかしたのか?
≪ジュリアンが外敵に襲撃され、現在、重傷を負って命の危機に瀕している。早急に救助および治療を行わなければ死亡する確率が極めて高い≫
背筋に冷たいものが走るのと同時に、頭の中が真っ白になって、気が付いたら全速力の魔力飛行でジュリアンの工房へ向かっていた。
「ヒカル!?」
「ど、どうしたんすか!?」
飛んでいく際にアルマとレイナがなにか叫んでいたが、答える時間すら惜しい。許せ。
早く、早く! ジュリアンの工房へ!
くそ、全力で飛んでるのに死ぬほど遅く感じられる。
もっと、もっと速く! 気力強化で魔力飛行の速度を爆上げし—―
ズビュンッ! と今まで聞いたこともないような音が耳に入り、辺りの景色が溶けたように感じられた。
一瞬見えた木々や建物が、次の瞬間にははるか後方へ移動している。いや移動してるのは俺か。
あ、ちょ、き、強化しすぎた! 速すぎて今どこ飛んでるのか全然分からないんですけど!
メニューさん、方向あってる!? これ大丈夫なの!?
≪方向は正確にジュリアンの工房へ向かっている、到着まであと1秒≫
1秒っておま
「ぐあぁっ!?」
「がふあぁっ!!?」
左肩と、右手に衝撃。それと同時に叫び声が二人分。
誰か、二人ほど、飛行中にぶつかってしまったらしい。
あああ! やっちまった!
ぶつかったのは誰だ!? 戦闘職か、生産職か、戦闘職ならまだ助かる見込みがあるかもだが、生産職のステータスじゃ……。
≪問題無し。接触した対象は、ジュリアンを襲撃した張本人であると判定。比較的高レベルの戦闘職のため接触した部分が骨折および気絶した程度≫
あ、それならいいや。
……轢いちまった二人はあとでふんじばった後に事情を『お話』して聞き出した後に憲兵に突き出してブタ箱に放り込んでもらおう。
工房の中へ入ったが、ジュリアンの姿が見えない。
奥の部屋にいるのか? と部屋に通じるドアの方を向くと、ドアの下の隙間から赤黒い液体が染み出ているのが見えて――
ドアを蹴破り、中に入ると、足が変な方向へ折れて、両腕がないジュリアンが倒れているのが見えた。
近くには焼け焦げた腕の残骸が煙を上げている。腕を切断したうえで魔法かなにかで焼いたのか。
腕の切断面からは未だに血が流れ続けている。このままでは失血死してしまうだろう。
「ジュリアンッ!!」
目の前の惨状に思わず叫んで駆け寄ったが、反応がない。失血からか意識を失っているようだ。
とりあえず、生命力操作で治療して血を止めないと。……くそっ、腕を剣かなにかで切り取ったのか。むごいことしやがる。
「くそっ、止まれ、なんで血が止まらないんだよ!」
生命力を込めて、ジュリアンの腕を重点的に治療しているが、腕の肉や骨が盛り上がってくるばかりで全然血が止まってくれない。
切断面を皮膚が覆って止血するようなイメージで治そうとしてるが、思ったように治療できない。せめて切り取った腕があればくっついたかもしれないのに!
思えば、こんな重傷を治すのは初めてのことだ。もしかしたら、これくらい深い傷の場合は生命力操作じゃ歯が立たないのか?
ジュリアンは、もう、助からないのか…?
「あああああああ!! 治れ! 治れ! 治れっつってんだよッ!!」
最悪の想像を振り切るように、ありったけの生命力をヤケクソ気味にジュリアンに注ぐ。
もう、どういうふうに傷を治すとか細かいこと気にせず、ただジュリアンの遺伝子を設計図に見立て、とにかく治すように生命力を注ぎ続ける!
生命力をジュリアンに譲渡し続け、俺のHPが底を尽き、恐る恐るジュリアンの状態を確認すると
両腕が、まるでなにもなかったかのように再生し、変な方向へ曲がっていた脚も元通りになっていた。
ステータスを確認してみたが、状態:貧血 と表示されている以外は特に不具合は見られない。
命の危機は乗り越えたと見てよさそうだ。
……お、おう。これはちょっと予想外。
生命力操作でどこまで治療できるか、限界をイマイチよく分かっていなかったけど、まさか四肢の欠損すらイチから再生できるとは。トカゲのしっぽかな?
……もしかしたら、極端な話生きてさえいればどんな傷でも治せるんじゃなかろうか。
≪四肢の欠損を再生し得るほどの回復手段は最上級の回復ポーションかエリクサー、あるいは上級回復魔法などが挙げられる。梶川光流の生命力操作による治療は『傷のない完全体の身体の遺伝子』を設計図に見立てて治療しているため、同等の効果が得られたのだと推測≫
説明を聞いてもよく分からぬ! 要はHPさえ足りてりゃ治せない傷は基本的に無いと思っときゃいいのか。
なんにせよ、ジュリアンの命も腕も失わずに済んでなによりだ。……本当に、よかった。
「む、むぅ……ふあぁ………ふぅ、……おや、マイ・カスタマー? おはよう。どうしてここに?」
欠伸をかき、まるでいつも通りのように暢気に挨拶しながらジュリアンが目を覚ました。
ついさっきまで死にかけてたとは思えない様子で、きょとんとしながらこちらを見ている。
「おはよう。お前、さっきまで死にかけてたんだが、気分はどうだ?」
「うむむ? いや、ちょっと立ち眩みがするが、さほど悪くは……って、腕! 我の腕ぇっ! ……ってあれ? ある? ……ああ、すまない。少し悪夢を見て寝ぼけてしまったようだ」
手をワキワキ動かしながら、腕があるのを確認するジュリアン。
それ悪夢じゃなくて現実やで。そこで燃えカスになってるのお前の腕だし。
さて、緊急事態だったが、どうにか上手く対応できたようだ。
次は外に放置しといた襲撃者から事情を聴くとしようか。
……返答次第じゃ、産まれてきたことを後悔させてやるぞクソが。
「うーむ、どうも貧血気味のようだ。なにか食べて精をつけるべきか……おや、さっきからなにやら肉が焼けるような香ばしい匂いがするが、なにか差し入れでも持ってきてくれたのかね?」
だからそれお前の腕が焼けてる匂いだっつの!
今日の晩飯、肉料理なのに食えなくなるからヤメロ!
お読みいただきありがとうございます。




