閑話 好き嫌い
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今回は緑髪少年ことラディアスタ視点です。
……腹が減った。
数日前に別れたばかりなのに、早くもカジカワさんの手料理が恋しいと思う自分が情けなくなってくる。
見たことも食ったこともない料理ばかりなのに、食べてて心が妙に落ち着く味わいだったなぁ。おふくろの味ってあんな感じなんだろうか。…母ちゃんの料理とは全然違う味だったけど。
『ゴゲェェエエ!!』
「うるっせえな! もう腹減ってクタクタでさっさと帰るとこなんだからほっといてくれよ!」
襲いかかってきたニワトリ型の魔獣を適当にあしらいつつ、街まで駆け足で帰ってるけど腹が減ってるせいか体中がだるい。
カジカワさんの料理を食ってる間は、ちょっと腹が減ってても力が漲ってるように感じられたのに。
……最近、適当なもんばっか食ってるからなぁ。栄養が偏ってるのかな。
今日の狩りでようやくLv19に到達できた。数日間、同格以上の魔獣相手にレベリングしてようやくここまで上がった。
孤児院での騒動の時に、魔獣湿地で狩ったカエル型の魔獣を倒したら一気にLv15からLv18にまで上がったけど、あんな格上相手に戦うような真似そうそうできるもんじゃないし、コツコツ地道に鍛えよう。
それで、いつか……。
あのままカジカワさんたちのパーティに入れてもらう選択肢を考えてなかったわけじゃない。
でも、最終的に自分の都合で脱退するような奴を入れるのは嫌だろうし、あの人たちに迷惑をかけたくなかったから、別れてまたソロで活動することにした。
…いや、違う。多分、あのままパーティに入っていたら居心地が良すぎて離れられなくなってしまうだろうから、一緒に行けなかったんだ。
カジカワさんの料理と、アルマ姉ちゃんの頼もしさと優しさ、そしてレイナと一緒にいられる楽しさが、あまりにも心地よくて。
忘れるな、おれが冒険者として活動しているのはあくまで目的のための手段であって、それに満足しちゃいけないんだ。
……それがどんなに楽しそうでも、おれにはおれの目的があるんだ。流されるな、おれ。
はぁ、今晩はなにを食おうかな。……カジカワさんはもっと栄養バランスに気を配った方がいいって言ってたけど、野菜と肉とパン食ってりゃいいんじゃねーのか?
特にトマトは栄養豊富だから、毎日食ってもいいくらいだっていうけど、おれトマト苦手なんだよなぁ…。
料理を買おうにも、あんまり無駄遣いすると装備とか消耗品に充てる金が減っちまうし、今日も適当に食材買って自炊するか。
カジカワさんたちに簡単な料理のレシピをいくらか持たされたけど、それすら半分近くはおれには作れなかった。スキル無しで料理なんかまともにできるわけねーから仕方ないだろ。
むしろ半分ほどまともに作れただけでも上出来だっつの。店売りの炊いたアロライスの上に刻んだリーキとごま油とソイソをかけるだけの料理とか。
……料理と呼んでいいのかってくらい簡単だけど、それでもかなりうまいから不思議だ。あの人すげーわ。
リーキの代わりにバターを乗せてもうまいって書いてあるけど、ギトギトしてうまそうには思えないんだけどなぁ。
いや、ものは試しだ。あの人に持たされたレシピの中で、まずかった料理は一つもなかったし多分大丈夫だろう。
そうと決まれば今日はバターソイソかけアロライスに、生野菜を刻んだやつに、肉は適当に焼いて塩でも振って――
ガシッ とバターを掴もうとした手に、誰かの手を握った感触が。
やべっ、考え事してて商品掴むタイミングが被ったのに気付かなかった。
「あ、ごめん。ボーっとしててつい……」
「……お前は確か、黄緑エリアで1位になったラディアスタか。戦闘職の身で自炊にバターなど使うとは、意外にもなかなか料理が達者なようだな」
……………
掴んだ手の主の方を見ると、赤髪の、阿修羅を思わせる鬼神、じゃなくて美人の女性がクッソ怖い眼でこちらを見ていた。
ってギルマスじゃねーかっ!?
「うおぅおあっ!!?」
「なんだ、人の顔を見るなり奇声を上げて。私の顔になにか付いているか?」
「ぎ、ぎ、ギルマス! す、すんません! わざとじゃないんです!」
「別に怒っているわけじゃないんだが……」
ビックリした! 心臓破裂するんじゃないかってくらいビックリした! ドクンッ っていうかドゴォンッ! って感じの音が胸の内側から聞こえた気がしたぜ!
バター掴むタイミングが被った相手がまさかのギルマスって。…この人普段自分で料理とかやってんのか?
「……料理、するんですね。正直意外だ」
「普段は出前で済ませているんだがな。今買っているのは遠出用の非常食だ。保存用アイテムバッグなら長持ちするし、栄養価の高い食材を買っておきたくてな」
「遠出って、どこへ?」
「隣の大陸まで、ちょっとドラゴン退治にな」
「……はい?」
「冗談だ。実際はクレームを言いに向かうだけだから気にするな」
意味がよくわかんねーんだけど。この人なに言ってんだ?
「…む? お前、狩猟祭からまだ半月足らずだというのに、いくつかレベルが上がっているようだな。目覚ましい成長ぶりでなによりだ」
「……鑑定スキルですか?」
「いや、顔つきや雰囲気、あと足運びや呼吸などをよく観察すればレベルが上がったことくらいは分かる」
「嘘だろ!? そんなもん見たって全然違いなんか分かんないんですけど!」
「そうでもないぞ。何年も何百何千と様々な冒険者たちを見ていると、極々小さな変化でも分かるようになってくるものだ」
つまり人間観察のプロってことか? ……そう言うとなんか語弊がありそうだけど。
てか近い、顔が近い近い近い! なんだ!? おれ、なんかしたのか!?
「レベリングは順調のようだが、どこか寂しそうな顔をしているな。これまでずっと一人で行動してきたようだが、いよいよ孤独が辛くなってきたのか?」
「そんなんじゃ、ないですよ」
「パーティを組んだ方が安全に、楽に活動できるだろうに。募集はかけないのか? 今のお前のレベルならばすぐにパーティを結成できると思うが」
「一人でいる方が、気楽でいいんですよ。むしろ人間関係とか常に意識してないといけない状態の方が息が詰まっちまいそうで」
嘘だ。
寂しい。寂しいに決まってるだろ。
家を出てからずっと一人で、どこのパーティにも入らずにただただ一人で行動してきた。
初めて魔獣を討伐しようと一人でテリトリーに入った時は、運悪くゴブリンの群れに襲われて死ぬかと思った。
ちょっと魔獣を狩るのにも慣れてきたころに、スタンピード討伐に参加することになった時にはウェアウルフに盾代わりにされて、魔獣への恐怖がより強くなった。
身体より心に結構深い傷を負ったけれどなんとか持ち直して、魔獣草原でレベリングを兼ねて魔獣討伐を再開したころになってようやく、他の冒険者はみんなパーティを組んでいることに気付いた。
羨ましいと思ってないわけじゃない。
一人でいるより誰かと一緒に居た方が楽しいし、魔獣の討伐だって安全かつ楽にできるだろう。
でも、おれはいずれ冒険者を辞める。辞めなければ、目的を果たせない。
自分勝手に冒険者を辞めて、パーティを組んでくれた人たちを見捨てるようなことはしたくない。
おれは、アイツとは違うんだ。
「……お前がそう言うなら嫌でもパーティを組めとは言わんが、無理はするなよ」
「はい」
「あと好き嫌いはしないようにな。籠の中にもう少し野菜の彩りを増やしておけ。トマトとかな」
「は、はい……」
だから、トマトは苦手なんだっつの。
カジカワさんもギルマスもトマト好きなのか? あんな酸っぱくて変に柔らかくてジュクジュクしてるもんなんかよく好きになれるな…。
でもトマトがふんだんに使ってある、オムライスだっけ? あれを食った翌日から気のせいか身体の調子が良かったんだよな。
自炊するようになってからまたちょっとだるくなってきたけど、やっぱり栄養が偏ってるせいなんだろうか。
……騙されたと思って、我慢して食べ続けてみるかな。
トマトにはチーズが合うって言ってたっけ。…ホントかよ。
あ、いつのまにかギルマスどっか行っちまった。
隣の大陸までクレームがどうとか言ってたけど、どこへ行くつもりなんだろう?
お読みいただきありがとうございます。
トマトは好きではないですが別に嫌いじゃないです。




