スタンピード前日
ギルドマスターとの面談中、なんか俺がスタンピード攻略のカギになるとか言われたけど、正直それはないでしょう。
何度も言うけど、俺Gランクのクソザコなんですけど。
俺より強い人しか冒険者ギルドに居ないと思うんですけど。
「急に何言ってるんだ、って思うかもしれないが、お前とアルマティナはホブゴブリンとブレイドウィング、さらに10匹近い数のゴブリンを無傷で討伐した実績がある」
「いえ、確かにそうですけど、あれは奇襲がたまたま上手くいっただけですよ。スパークウルフの角と火蝦蟇の油がなければまず無理でした」
「そう。そのスパークウルフの角を使った奇襲。そいつを今回のスタンピードで使おうと思ったんだ」
なら、俺じゃなくてスパークウルフの角がスタンピード攻略のカギじゃん。
俺、必要なくね?
「で、ギルド近くの素材屋に角を購入しに職員を行かせたら、少し前に別の客が購入したものが最後で、品切れになりもう残っていなかったらしい。カジカワ、お前の手持ちの道具に角はまだ残ってるか?」
その客、多分俺だわ。
「はい、一応ありますけど、その角をギルドに提供すればよいのでしょうか?」
「ある意味そうだな」
「ある意味、とは?」
「スタンピードの当日、侵攻してくる魔獣たちに向かってその角を使ってもらう。お前が、一人で使うんだ」
…はい?
「ち、ちょっと待ってください、私が? え? ひとり?」
「信じがたいがお前、物を浮かして移動させたり、又聞きになるが空を猛スピードで飛べるそうだな」
「え、いや、まあ、その……」
「否定しない、ということは本当なのかよ…。お前何もんなんだよホントに」
そんな人を化け物かなにか見るような目で見ないでほしいです。
じゃなくて!
「それと、私が一人で魔獣の大群に向かっていって角を使うということと何か関係が? 私に死んでこいと?」
「落ち着け。なにも単身特攻かけろと言っているわけじゃない。詳細はこれから話す」
…こんなことになるなら、魔力操作を見せたり、角を購入したりしなけりゃ良かった。
俺も今すぐ避難したい。
そして、次の日。
ギルド裏の訓練場にて、100人近い冒険者たちが召集に応じガヤガヤと騒いでいる。
スタンピードに対する不安の声が主のようだ。中には腕がなるぜーと気合の入った頼もしい声も含まれているが。
まあ、単純計算で3倍の戦力差だもんね。ステータスをざっと確認してみたけど大体5~20くらいのレベルの者がほとんどだ。
一割くらいやけに高レベルな人たちが固まっているけど、あれは多分親玉討伐に同行する人員だろうなー。一人くらい残ってくれればいいのに。
で、召集された冒険者たちの前の壇上にはギルマス、アルマのご両親、
そして、なんか変な仮面付けて装備も普段と全く違う高級仕様になってる俺。
どうしてこうなった。
【幻惑の仮面】
≪顔の上半分を覆う白い仮面。顔の印象や輪郭などが不明瞭になる効果あり。また、一定レベル以下の鑑定スキルに対するステータスの偽装も可能≫
DEF+5
【矢避けの外套】
≪一定の威力以下の飛び道具によるダメージを無効化する白い外套≫
DEF+20
【疾風のブーツ】
≪風のブーツの上位互換。より素早く動けるようになる。また、風属性による攻撃に対し耐性を付与する≫
DEF+15 AGI+30
【魔力貯蔵の指輪】
≪外付けの魔力貯蔵庫の役割を持つ指輪。MPを35ほど貯蔵可能≫
ギルマスからのレンタル品だが、どれも優秀な装備だ。
いざという時に身元を隠すため仮面だけはくれるらしいが、正直一番欲しくないです。
俺の趣味じゃないし。ていうか他の装備は全部欲しい。
冒険者たちの中に混じってアルマがこっちガン見してるけど、怪しまれるかもしれんからやめてくれ…。
未だに私語を続けている冒険者たちに向けて、ギルマスが口を開いた。
「全員、静かにっ!!」
ギルマスの大声に、この場の全員の口が閉じた。
まあ、あんな鋭い眼光で睨みつけられながら大声で叫ばれたらそりゃ黙るわ。怖いし。
「知っての通り、明日この街に向かって魔獣森林からスタンピードによる魔獣の侵攻がある。そして、その親玉を討伐するためにSランク冒険者である【剣王】デュークリス、【大魔導師】ルナティアラの両名に参戦してもらうことになった」
お二人の名前が呼ばれた際に、冒険者達がざわつき始めた。
やっぱり結構な有名人だったんだな。てか当然のようにSランクって言ったぞオイ。
この二人、もしかして世界でもトップクラスの実力者なのか?
…うん、まあ、会ったばかりの時に人間離れしたスピードで走ったり、凄まじい威圧感を放ったりしてたし。それだけでも納得できるな。
「よって、今回のスタンピードの親玉については問題はない。むしろこの二人を相手しなけりゃならん親玉に同情するくらいだ」
「お、おいマジかよ!? 剣王と大魔導士って!」
「何度もスタンピードの危機を各地で救ってきた英雄じゃねーか! すげーぞっ!」
「Sランク冒険者なんか初めて見ましたよ! 感激です!」
「あれ、なんかアルマティナに似てね?」
「あの二人、こないだ街で絶叫しながら猛スピードで走ってた人たちじゃ…」
冒険者たちに歓声が上がる。
一部引きつった顔をした人も混じってるが、あれは街で叫びながら爆走してるところを目撃した人たちかな…。
「問題は、親玉を討伐している間に魔獣森林から魔獣の群れが侵攻してくるので、その対処をお前たちにやってもらわなければならん。侵攻してくる魔獣の数は見立てではおよそ300ほどと見ており、このまままともにぶつかり合えば厳しい戦いになるだろう」
ギルマスの言葉に、再び訓練場が静かになった。
それにかまわず言葉を続ける。
「罠を張ろうにも今から作ったところで小規模な物しか作れず、効果は薄いだろう。そこで、今から当日の作戦を伝える。【飛行士】、前へ」
ギルマスの言葉のままに、前へ足を進めた。
因みに【飛行士】っていうのは俺のことだ。なんでやねん。
「色々と事情があって、彼の素性はここでは明かせん。だが、俺が信頼をおくに値する人物だと伝えておく。名前の代わりに職業名の【飛行士】と呼ぶことにしている」
会場内に困惑したような声が漏れる。
「飛行士…?」
「そんな職業聞いたことないぞ?」
「なんだあの仮面。こわっ…」
うん、そりゃそんな職業ないらしいし。
仮面は俺の趣味じゃないってば。勘弁してくれ。
「彼の持つ『飛行』スキルは自分や道具を宙に浮かべて移動することができる、極めて珍しいスキルだ。侵攻してくる魔獣の大群に、まず彼が単身で先制して攻撃をする」
サラッと単身で先制とか言ってるけど、普通に自殺紛いの特攻に近いんですがそれは。
「飛行で大群に接近し、『スパークウルフの角』を着火し、大群の目を眩ませた後に『爆音キノコ』を起爆し、大群の耳を潰すのを合図にお前たちが混乱した大群に突撃する、というシンプルな作戦だ。集団戦の最中にそんな物を使えば味方にも被害が及ぶし、仮に事前に使う合図を決めたりしていても、戦いの最中に目や耳を塞ぐのは致命的なので、角とキノコを使うのは彼一人で行ってもらう」
『爆音キノコ』っていうのはその名の通り踏んだりしてキノコを潰してしまうと凄まじい音を立てて爆発するキノコのことだ。
爆発の威力自体はほぼ無害だが、とにかく音が大きく至近距離で爆発したらまず間違いなく鼓膜が破れるぐらいの音が響くらしい。
『飛行』? そんなスキルねぇよ? ただ魔力操作で体や物を浮かしてるだけだよ?
「事実、彼は十体のゴブリンにホブゴブリン一体、さらにブレイドウィング一体をこの作戦で仕留めた実績がある、爆音キノコ無しでな。十倍以上の戦力差を覆したのだ。それに比べて今回はたかが3倍程度の戦力差だ、大したことはないだろう?」
いや、アルマと二人でね? 実際は5、6倍くらいだよ?
なにちょっと話を盛ってるんですか。過度な期待をかけられるようなこと言わないでくださいよー。
ほら、冒険者の皆様も胡散臭げにこっちを見てるし。
冒険者の一部が、こちらに向けて口を開いた。
「あの、疑うようで申し訳ないのですが、本当にその人はそんなことができるのでしょうか」
「たとえ飛べるのが本当でも、ノロノロ飛んでたら鳥型の魔獣辺りに落とされるんじゃねーのか?」
「いきなりその仮面を信じて作戦通りに動けと言われても、納得しかねるな」
うん、そりゃ疑うよね。俺だって同じ立場だったら胡散臭がるわ。
あと仮面言うな。
「なら、実際に見てみたほうがよさそうだな。…頼めるか?」
無言で頷いて、壇上の前に向かってさらに進む。
進んで、歩いて、これ以上進むと壇上から足を踏み外して落ちる、というところでさらに一歩、前に足を進めた。
壇上から、一歩、また一歩と足を進め、もう俺の脚は何も踏んでおらす、空中を歩いていた。
まあ、体中を固めた魔力で覆って移動させてそう見せてるだけですが。
その様子を見て、冒険者たちが驚いたような顔になった。
「ごらんの通りだ。で、今度は速さの方を見せてやってくれ」
ギルマスの指示に頷いたあと、空を見る。
ブレイドウィングを追いかけた時くらいのスピードでいいかな。
ああ、でもそれだけだと今度は飛ぶ際の制御がーとかなんとかまた文句言われそうだし、曲芸飛行でもやってみるかな。
というわけで、【飛行士】、いっきまーす!
ギュンッ!
と音を鳴らし、凄まじいスピードで上空に移動。地面の近くであちこち飛ぶと危ないし。
で、今度は飛行制御の具合を見せますか。そーれー。
ギュギュンッ ギュンッ ピタッ ギュンッ
そのまま自在に空を飛び、☆型に軌道を描いてみたり、急停止し、すぐ急加速したりしてみた。
ジグザグに飛んだり、真っ直ぐ飛んだり、制御も完璧だぜ。薬草採取で場所を移動する時に練習しといてよかった。
で、最後は訓練場の元の位置に最高速で帰還。ピタッと壇上で停止し、着地した。
うっぷ。慣性もへったくれもない軌道で飛んでたせいで気持ち悪い。MPは…ほとんど消耗してないな。やっぱ魔力を身に纏わせて移動するだけじゃあまり消費しないみたいだ。
会場の冒険者たちが、呆然とした顔でこちらを見ている。ふふふ、ドヤァ。
いや、むしろドン引きしてる? そんな顔せんでも。
ってギルマス、あんたも驚いてどうすんの。指示出したのそっちでしょうが。
口調と声色を変えて、低い声で呼びかけてみる。
「マスター、これでよろしいか?」
「あ、ああ。ご苦労。……見ての通り、魔獣に接近する際の心配はないと思うが、他になにか不満はあるか?」
冒険者たちからは一言も声が上がらない。不満がない、と言うよりこんなもんどうケチをつければいいか分からんって感じだな。
…アルマパパが後ろの方からやり過ぎだ、とか小声で言ってる。ごめんなさい。調子に乗りました。
「無いなら、ギルドから備品を支給するので各自担当の受付に受け取りに行くように。作戦は明日の朝から開始する。街の東側の門の前に集合すること。では、解散!」
ギルマスの解散指示が出ると、そのままギルドの受付に行く者、アルマのご両親に群がる者、こちらを胡散臭げに眺めている者など、それぞれ動き始めた。
ギルマスがこちらに近付き、耳打ちしてきた。
「話には聞いていたが、実際に見てみると凄まじいな……絶対に正体ばれるんじゃねぇぞ」
「……やり過ぎました、すみません」
「まあ、そのお陰で不満を持つ奴らを一発で黙らせて、納得させられたんだ。結果としては上々だろう。当日も頼むぞ」
当日かぁ。ホントは今すぐにでも逃げ出したいところだけどなぁ。
アルマと、そのご両親が参加するんだ。俺だけ逃げ出すわけにもいかんのですよー。
はぁ、ちゃんと生きて明日を乗り切れるのかな俺…。
お読み頂きありがとうございます。




