孤児院にて
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チンピラに教えてもらった孤児院にようやく到着。
仮設って割には意外と大きいな、小学校の体育館くらいの面積はありそうだ。
でも何十人もの子供が生活するにはこれでもちょっと狭いかな。
……骨付き肉の看板でっかいなー、こんなもん作る金があるなら運営費に回せよ。
「…手作りの看板、全然変わってない。スタンピードから逃げる前のままっす。…院長、まさかこの街までこれ背負って逃げたんじゃないっすよね……」
顔を引き攣らせながら、しかしどこか懐かしそうに呟くレイナ。
…この看板手作りなのかよ。肉に対する執念足りすぎだろ院長。
「こんばんはー! 誰かいませんかー!」
孤児院のドアをノックしてから、レイナが元気よく挨拶をした。
もう暗くなってるから近所迷惑になりそうだが、この周辺にある建物といったら小さな酒屋くらいだから大丈夫か。
しばらく待っていると、建物の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえた。足音の大きさからして子供かな。
足音の主はドアをわずかに開けて、警戒した様子でこちらの方を見ている。
「……どちら様ですか」
小さな声で、こちらに問いかけてきた。
声からして、成人前の少女っぽいな。こっちからだと姿がよく見えないけど。
「その声は、カルラっすね!? 自分っす、レイナっすよ!」
「れ、レイナお姉ちゃん…? 本当に……!?」
「ホントっすよ! 久しぶりっす!」
「お、おねえ、ちゃ、う、うえぇええんっ!!」
バタンッ とドアを勢いよく開けたかと思うと、銀髪の少女がそのままレイナに泣きながら抱き着いてきた。
「あー、はいはい、泣くほど嬉しいのは分かったっすから一旦落ち着くっす」
「お゛ね゛え゛ぢゃあああんっ!! わ゛ぁぁぁああんっ!!」
「いいから落ち着けっての。……ちょっと背が伸びたっすね。泣き虫なのは相変わらずっすけど」
「いや、レイナも依頼書見た時泣いてたじゃな――」
「シャラップっす!!」
号泣する少女の頭を優しく撫でながらあやすレイナ。なにこれ尊い…。
じゃなくて、そろそろ本題に入ろうか。
「……冒険者ギルドに依頼が出されてるのを見て、(文字通り)すっ飛んできたところっすけど、院長が毒にかかって寝たきりなんすって?」
「ぐすっ……うん……これまで、魔獣が、入ってきたことなんか、ずっとなかったのに、なんで……」
「とりあえず、院長に会いにいってもいいっすか?」
「うん、でも、寝たきりで、ずっと目を覚まさないの……」
「いつごろ襲われたんすか?」
「3日前に、おっきなハチみたいな魔獣が急に院長に襲いかかってきて、刺されちゃったの…。すぐに憲兵さんが退治してくれたから、一回刺されただけで済んだけど、それからずっと寝たきりでっ……う、うえぇ…」
「……大体の事情は分かったっす。話ができる状態じゃなさそうっすけど、顔を見るだけでもしておきたいっすから、案内してくれるっすか?」
「…うん、もちろん。院長、ずっとお姉ちゃんのこと、心配してた。早く会ってあげて…」
「……院長……」
く、暗い。雰囲気が暗すぎる…。
早く院長のトコ行こうか、この重苦しい空気のままここにいるのは正直きつい。
とりあえず下級だけど解毒ポーションが手持ちにあるし、もしもそれで症状を緩和できるようなら早く飲ませてあげよう。
銀髪少女ことカルラ(フルネーム:カルシェイラ)の案内で、院長の寝室に入っていった。
途中で施設の子供たちに怪訝そうな顔で見られていたけど、レイナが手を振ると目を輝かせて手を振り返してきた。
……レイナって孤児院じゃ人気者だったみたいだな。さっきのやりとりを見る限りじゃ面倒見もよさそうだ。
院長の部屋の前に着いた。
ドアの表札が肉の形をしていて、『就寝中』と書かれている。
部屋の中に入ると、ベッドでか細い寝息を立てている初老の女性の姿が見えた。
この人が、肉好きの院長先生か。
ステータスを確認してみると、状態:持続遅効毒(中)と表示されている。
≪持続遅効毒(中) 極わずかずつだが、時間経過とともに確実に生命力を減少させていく毒。下級解毒ポーションでは生命力の減少を遅らせることしかできず、根治するには中級以上の解毒ポーション、あるいは中級以上の解毒魔法が必要。≫
……地味だが、えげつない効果だな。
こんな厄介な毒を持ってる魔獣もいるのか。さっきのチンピラの毒針とはまた違った怖さがあるな。
≪……ちなみに、梶川光流の抵抗値ならば数十秒程度で自然に解毒可能≫
俺の身体どうなってるの!?
毒が効きづらいのは便利だけど、いよいよ人間離れが酷くなってきたのが否めないのが怖い……。
「……院長、お久しぶりっす、レイナっすよ。……最後に見た時より、少し痩せたっすね」
寝息を立てている院長の手を握りながら、優しく、それでいて悲し気に語り掛けている。
もしも、院長が起きていたのなら、レイナにどんな言葉をかけていたのだろうか。
「仮設だからか、ちょっと孤児院の中傷んでるっすね。この様子だと、相変わらず経営苦しくて、ロクにお肉も食べられてないんじゃないっすか? ……自分は、カジカワさんとアルマさんのパーティに入ってから、毎日美味しいものを食べてるっすよ。お金だって、1日ですっごい稼げるようになったっす。孤児院のみんなにごちそうを食べさせてあげられるくらいに。……だから、院長も早く起きて、一緒に美味しいお肉でも食べて、元気になるといいっすよ」
…涙ぐみながら、院長に語りかけるレイナの姿を見ていると、こちらの胸も痛くなってくる。
早く解毒剤の材料を採ってきて、院長の身体を治してやらないと。
「………うっ………」
「…院長………?」
レイナの言葉が届いたのか、わずかに呻くように声を漏らす院長。
「……レ…イ……」
「……そうっすよ、レイナっす。ここにいるっすよ……!」
「……冷凍肉……」
「…は?」
・・・
なに言ってんだこの婆さん。どんな夢見てんだ。
…すっごいシリアスな雰囲気でレイナが必死に語りかけてたのに、なんかもう色々台無しである。
「……相変わらず過ぎて、なんかもう逆に安心したっす……」
「……この婆さん、ホントに死にそうなのか? さっきの寝言とか聞く限りじゃ割と余裕あるように見えるんだが…」
「いや、生命力が危険域だ。このままじゃ今晩もつか分からないぞ。……そうは見えないかもしれないが」
「…え!? じ、じゃあ今すぐにでも薬草を採りに行かないと!」
とりあえず、生命力を回復させとくか。
HP4/30って表示されてるから、大体2~3時間に1ずつくらいのペースで減ってるっぽいな。
かなりギリギリのタイミングだったんだな、無理して魔力飛行で移動して正解だった。
生命力を譲渡して、体中の毒によるダメージを癒すと顔色が多少良くなったように見えた。
「……応急処置はしたが、一時しのぎにしかならないな。早く解毒しないと、生命力より先に気力が尽きちまう」
「て、手をかざしただけでみるみる顔色が良くなってく……回復魔法まで使えんのかよアンタ」
回復魔法じゃないんだけどな。スキル特有の無駄な光のエフェクトも出てないし。
でも余計なこと言うと話がややこしくなるから肯定も否定もしないでおこう。
「近くの魔獣のテリトリーに解毒剤の材料があるって話だけど、この街の薬屋なんかで売ってなかったのか?」
「う、うん。いざという時のためのお金を出して、買おうと思ったんだけどどこの薬屋さんも売り切れだったの…」
「中級の解毒ポーションくらいなら、普通常備してるもんだと思うんだがな……」
なにか腑に落ちない様子で呟くラディア君。
そういえば、こっちに来る前にランドライナムの薬屋で念のため効きそうな薬がないか覗いた時も、中級以上の解毒ポーションが見当たらなかったな。
毒持ちの魔獣による被害が他にもあって、品薄になっているのか、それとも……
「新しく入荷するのがいつになるか分からないし、材料さえあれば作ってやれるって薬屋さんに言われたんだけど、材料になる薬草のある場所は魔獣のテリトリーだし…」
「それでギルドに依頼を出したわけか。……つってもCランクの依頼で2万ちょっとの報酬じゃ、受けてくれる人はそうそういないと思うけどな」
「……それでも、他に方法が無かったから」
「依頼を出したファランナムはどこにいるんすか?」
「中級以上の解毒ポーションを持ってる人がいないか、街中をしらみつぶしに回ってるけど今のところ誰も持ってないみたい…」
「教会の神聖職の人に解毒魔法を頼んだりとかは?」
「教会の人たち、別の街で集会があるみたいで誰もいなかったの」
「……タイミングが悪い、不自然なまでに」
ふーむ、話全体の流れが大体分かったな。
色々気になることもあるが、まずは院長の状態を回復させることが最優先だな。
じゃあちゃっちゃと魔獣のテリトリーに向かって、薬草を採りに行きますか。
…む?
≪梶川光流はここに残り、ヘーキミート院長の容体を見続けることを推奨≫
え、そりゃなんで?
≪現状、院長の容体は不安定な状態にあり、容体が急変した際に生命力を補給して状態を回復できるのは梶川光流のみ。容体が急変したのを確認するのは目の届く範囲にいない限り不可能≫
……つまり、俺抜きのメンバーで薬草を採りに行く必要があるってことか。
どうしよう、ものすごく不安だ。色々と。
「…俺は残って院長の状態を見ていないとまずいみたいだ。容体が急変した時に回復できるのは俺だけっぽいし」
「え、自分たちだけで薬草を採りに行かなきゃダメってことっすか?」
「……他に方法は無い。ホントなら今すぐすっ飛んでってパパっと採って戻りたいところだが、その間に院長の状態が悪化したらそれでアウトだ」
「……分かった。ヒカルはここで待ってて」
「り、了解っす! で、でも行くにしても、採取する薬草がどんなものなのか分からないんすけど…」
「んー………中級解毒ポーションの触媒は『アンティド草』って薬草らしい。鮮やかな青い葉っぱで、湖や池の近くに生えてるみたいだ」
「見分けがつくかな……」
いつもならメニュー頼りに薬草採取してるから、間違えて雑草を持ち帰ったりすることはないけど、俺がいない状態で万が一間違った草を持ち帰ったりしたら目も当てられない。
適当に採取しても、その全部が雑草の可能性もあるしな。どうしたもんかね。
「アンティド草なら、おれが見分けられるぜ?」
「え、ホントっすか!?」
「ああ、ガキのころから小遣い稼ぎに時々摘んでたから、見れば一発で分かる。似たような草が周りに生えてることがよくあるけど、100本の中に1本混じってても分かるくらいには見分けられる」
「そうですか、よかった。採取の際はお願いしますね」
「おう、任せてくれ!」
……なるほど、ラディア君を連れていった方がいいと感じた理由はこれか。
ホントに予知能力じみた感覚を手に入れてしまったみたいだな。なんというご都合主義的能力。
まあ自分からこの感覚を使うことはできないっぽいけど。
「う、うぅ……」
院長が、苦しそうに呻く。
……顔に汗がにじんできている。あんまりグズグズしてると手遅れになりそうだ。
「い、院長、待っててっす! すぐに薬草を採ってくるから、それまで死んだりしたらダメっすよ!」
「……この肉……激辛っす……」
「いや、なんの夢見てるんすか!?」
「よし、急げ。色んな意味で症状がヤバくなってきてる」
「う、うん……」
……大丈夫かな、薬草採取も、この院長も。不安しかない。
お読みいただきありがとうございます。
だんだん主人公が人外化してきてそれに対して周囲が恐怖を抱き始めてる件。
謎に強い、とは的確な表現だと思います。ホントなにこの…なに?




