ひと息つく暇も無し
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かき氷用シロップの材料確保と、鑑定士による安全性の証明が済んで、シロップ作りも滞りなく完了。
あらかじめもっと材料を確保しておけばよかったかなー、でもあんなに売れるとは思わなかったしなー。
2日目はかき氷の材料確保のためにお休みしてて、お客から不満の声が上がっていたが3日目はなんとか営業再開することができた。
アルマだけじゃなくて、レイナとなぜかラディア君まで手伝ってくれているので問題なくお客に対応できている。
「まさかあんなに売れるとは思わなかったなぁ、ナイマさんの宣伝効果すごいな」
「冒険者ギルドの受付嬢っすから、顔が広いんでしょ。おかげで飛ぶように売れてたっすね」
「すごく忙しかった…」
「アルマが手伝ってくれなかったら、俺過労死してたかもな…」
「あの、赤色の牛乳入りの大サイズを1つお願いします」
「あ、はーい、ありがとうございます。すぐに作りますねー」
箱の中に氷を入れてガリガリとかき氷を作る作業にも大分慣れた。
多分初日の倍近いスピードで用意できてるんじゃないだろうか。
はたから見てると全部自動で箱の中に入れた氷が削れていってるように見えるかもしれないけど、実際は魔力操作による手動でガリガリしてるから俺の実力や経験が削る速さにモロ影響あるっていうね。
「はいどうぞー、急いで食べると頭が痛くなることがあるのでお気をつけて」
「うわぁ、本当に雪みたいなんですね。とっても甘くて、冷たくて美味しいです…」
「恐縮です」
「接客も手慣れてきてるっすねー、他のお店に比べてちょっと口調が丁寧すぎる気がするっすけど」
「自分のパーティ以外の人にタメ口はちょっとな。出し物を買ってくれるお客さん相手ならなおさらだ」
「あー、だからラディアさんにも敬語使ってるんすねー」
「いや、ラディア君はレイナを助けてくれた恩人だからだよ。決して他人行儀にしているわけではないので気を悪くしないでいただけますか」
「ああ、別に気にしてないよ。そっちもそんなに気を使わなくていいのに」
まあ本当は飛行士の口調と全く違う印象をアピールするためなんだけどな。
でもアルマやレイナ相手に普通に話してるから、あんまカモフラージュの意味なくね? …まあいいか。
「今日はこれくらいで店じまいかな、シロップもほとんど残ってないし」
「あんだけ作ったのに、もうなくなっちゃったんすか。ホントに飛ぶように売れてたんすねー」
「開店した途端に、初日の終盤よろしくお客が殺到してたからな。どうも初日のリピーターと口コミが原因であんなすごい客入りになったみたいだ」
「軽く数百人分くらい売れてた。売り上げも余裕で7ケタ超えてる」
銀貨や銅貨を数えながらアルマが呟く。
夏場に氷菓はやっぱ売れるな。初日みたいに正体不明の状態のままじゃほとんど売れなかっただろうけど。
「臨時収入としては悪くない売り上げだな。3日くらい魔獣を討伐すれば稼げるレベルだけど」
「…あんたら普段そんなに稼いでるのか、すごいな」
ちょっと驚いたような顔をしながら呟くラディア君。
あとでバイト代は出すよ、本当に助かった。
店を出すのは今日でおしまいだ。明日からは冒険者としての活動を再開する。
カモフラージュにはもう充分な日数だろうし、これ以上続けても大してメリットは無いしな。
本業の冒険者稼業、というか魔獣討伐屋になりかかってるけど、それをいつまでも休んでいてレベリングが滞るのは良くないしな。
でも、久しぶりに魔獣討伐以外の依頼を受けてみるのも悪くなさそうだなー、どうしよ。
ちょっと帰る前にギルドに寄って、依頼の一覧を覗いてみようか。
はい、というわけで店を畳んだあとにギルドへ到着。
掲示板の依頼書を眺めて、なにか良さげな依頼がないか調べてみる。
「依頼書を見るのは明日からでも良かったと思うんすけど、みんなもうクタクタなのに…」
「依頼を受けるのは基本的に早い者勝ちだからな。皆が狩猟祭の屋台に夢中になってる今はおいしい依頼を受けるチャンスだ。……って言いたいとこなんだがな」
「…他になにかあるの?」
「いや、そういった理由抜きにして、なぜかなんとなーく早めに依頼書を見ておくべきじゃないかって思って」
「なんすかそれ?」
いや、ホント別になんか理由があるわけじゃなくて、なんとなくだ。
で、この『なんとなく』って感覚が、今の俺にとっては無視できないものだったりする。
メニューさんいわく、この感覚は【運】と【感知】のステータスが特に高い者がまれに感じとることができるものらしく、スキルとはまた別の予知に近い感覚なんだとか。
ギャンブルとかでどの目やカードを引くべきかとか、そういったものを決定するのに重要なファクターで、この感覚に従って行動していれば本人の望む結果が得られる可能性が高くなる、らしい。
……まあいつでもこの感覚をあてにできるわけじゃないし、ヴィンフィートの暴食スライムの時みたいに、大きなトラブルを必ず回避できるわけでもないんだが。
依頼書を手分けして読み漁っているが、どうもビビッとくる依頼がない。
一応、目を引く依頼もあるにはあるんだが、どうにもしっくりこないというか。
「地下遺跡の探索、人探し、魔獣の駆除、……どれもやってみたくはあるんだが、なーんか違うんだよなー…」
「どんな依頼を探しているの?」
「いや、俺にも分からん。ホントになんとなく覗いてみたくなっただけだし」
「ウチのリーダー自由過ぎるんすけど。せめて大雑把にでもどんな依頼を受けたいとか決めて―――」
レイナが不満げな声を漏らしている途中で、言葉を失い、依頼書を見ながら固まった。
「……レイナ?」
「ど、どうしたんだ?」
アルマとラディア君が心配そうにレイナに声をかけるが、反応がない。
みるみる顔色が悪くなっていって、泣きそうな表情を浮かべ、脂汗が顔を濡らしていってる。
「……なにか、気になる依頼があったのか?」
「……い……!」
「い?」
「院長っ……!!」
涙を流しながら、レイナが呟いた。
…院長?
もしかして、孤児院にいたころに世話になっていた人になにかあったのか?
ちょっと依頼書の内容を確認。
解毒剤の材料収集
ギルド判定ランク:C
依頼元:【ニューシーナ】の仮設ワットラーン孤児院 院長代理・ファランナム
ウチは身寄りのない子供を預かる小さな孤児院を運営しています。
先日、うちの院長のヘーキミートが、街の中に侵入してきた魔獣に襲われて怪我を負ってしまいました。
怪我自体は大したものではなかったのですが、その際に毒を受けてしまい、それ以来寝たきりの状態になってしまいました。
鑑定士が言うには自然に回復する類のものではないらしく、また並の解毒剤では効果が薄く根治することができません。
近くの魔獣のテリトリーにこの毒を治す解毒剤の材料となる薬草があるらしいのですが、かなり強力な魔獣が闊歩しているので我々では採取ができません。
どうか、早急な対応をお願いします。
……なるほどね。
世話になってた院長が魔獣の毒で死にかけてるから、その毒を治す薬草を手に入れてこいってか。
依頼料は決して高くない。23410エンって、Cランクの依頼ならその数倍はないと割に合わないだろう。
こんな依頼を受けるのはよっぽど酔狂な人間か、根っからの善人か、あるいは
「か、カジカワさん! アルマさん! どうか、どうかこの依頼を受けさせてくださいっす!!」
レイナみたいに、院長になんらかの関わりがある人ぐらいなものだろうな。
「……レイナ」
「この依頼に書かれてる、毒で寝たきりになってる院長は、家を出たあとの自分を世話してくれた大切な恩人なんです! この人がいなかったら、この人がいなくなったりしたら、自分は、自分はっ……う、うぅ、ふえぇ……!!」
必死の表情で、懇願してくるレイナ。
……このシチュエーションで断れる人いるのかな。
まあ、レイナの恩人ならタダでも助けてやるけどな。俺も暴食スライム戦でレイナに命を救われてるし。
「……分かった、すぐに向かおう」
「うん、レイナの大切な人なら、私たちにとっても大切なひとだから、助けるのは当然」
「うぅ、あ、ありがとう、っす……!」
「な、なぁ、なんだか分からないけど、レイナにとって大事な人を助ける依頼だっていうなら、おれも手伝うよ」
ラディア君がレイナをなだめながら、協力の意を示してきた。
……どうしよう、ありがたいけど、これ以上一緒に行動していると本格的に飛行士の正体がばれかねない。
毒を受けてるって書いてあるし、事は一刻を争うかもしれない。となると魔力飛行でひとっ飛びするのが一番手っ取り早く依頼主のところへ行けるんだが。
だが、まずいと思いながらもラディア君も連れていった方がいいと、俺の勘が囁いている。
……信じるぞ、ラディア君。
「じゃあ、今すぐ行くとするか」
「…へ? もうこんな時間だし、馬車はもう出ないと思うぜ? まさか歩いていく気なのか? さすがにそりゃ無茶だろ、それなら朝まで待って馬車で行った方が早くて安全だろ?」
「馬車は使わない、飛んで行く」
「……え?」
……やれやれ、どうか言いふらさないでくれよラディア君。
そしてどうか魔力飛行の速さと恐怖に耐えてくれ。大丈夫、男の子なら大丈夫だ。多分ね。
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