閑話 黒い竜の背に乗って
今回はブラックドラゴンの飼い主視点です。
『おい、今回の散策はこれで終わりか?』
城が見えてきたあたりで、乗っている黒竜から不満げな声をかけられた。
「ああ、そろそろ軍議の時間だからな。なんとか間に合いそうでよかった」
『軍議など放っておいて、もう少し空の旅を楽しまぬか? たまには息抜きでもせんと脳の血管切れて死ぬとリョータも言っておったぞ』
「お前が強い奴と戦いたいなどとゴネるから時間の余裕が無くなってるんだろう…」
『ああ、ちなみに過労で脳の血管切れて死ぬというのはリョータの前世での体験談らしいから、頭の片隅にでもおいておけ』
「…お前の奔放さを見てると、こちらの世界でも脳の血管切れて死んだんじゃないかと疑いそうになる」
『魔王を倒した後は生き返れないし、死なれるとまずいから自重しとったぞ。おかげで人間にしては珍しく90を超える大往生だった。…魔王倒す前は時々怪我もしとらんのに血を吐いて倒れることがあるにはあったが』
「それ胃潰瘍だろ! 原因はどう考えてもお前だろうが!」
…もう20年近い付き合いになるのに、いまだにコイツと会話をするたびに疲れを感じる。
狩猟祭の話題なぞ出すべきじゃなかった。東の港町から他の大陸へ運航する船がどこへ向かっているのか尋ねられて、ランドライナムの話題になった時につい口が滑ってしまった。
おかげで隣の大陸にまで飛ばされることになるとはな。……下手にそういった話題を出すのは控えようとしているのに。
『ふーむ、それにしても狩猟祭には手練れが揃っているという話であったが、大して目を引くような者はおらんかったな。期待外れだ』
「普通の戦闘職から見れば、あれでも相当強い部類に入る。草原の奥でテイムした魔獣を倒せるだけでも大したものだぞ」
『その草原の奥で狩りを進めておった者たち相手なら、少しは楽しめそうだったのにのぅ』
「やめておけ。隠蔽工作もせずに喧嘩を売って、冒険者ギルド相手に敵対するような事態になるのは避けたい」
『何故? 敵対すれば、強い相手が入れ食い状態だろうに』
「…また、あの『剣王』と『大魔道師』に灸をすえられることになるかもしれんと言ってるんだが。あの二人もSランクの冒険者だぞ」
『…………あやつらとは、もう戦いたくないのぅ。魔王相手に戦った時以来の命の危機を感じたわ』
若干、上擦った声を発しながら身震いする黒竜。
…あの時、こいつが一方的にのされる様は圧巻だったな。
悪いとは思ったが、普段のわがままが酷い分少しスカッとした気分になってしまった。
『剣王』の振るう剣の刃は、並の装備では刃が立たないはずの竜鱗を当たり前のように斬り裂き、『大魔導師』の放つ魔法は天変地異と見紛うほどの破壊を撒き散らしていた。
こいつが暴れまわった時より、あの二人が攻撃を繰り出した時の方が周りへの被害が大きかった。もしも城の周りであんな戦いを繰り広げようものならこの国は終わるかもしれんな…。
「あまり騒ぎを大きくしたくない。今日は様子見程度で我慢しておけ」
『むぅ…』
「それに、大して目を引く者がいないと言っていたが、中にはAランクの魔獣とサシでやりあって勝利した者もいたぞ。そいつが成長した時にでも準備を整えて喧嘩を吹っ掛ければいいだろう」
『ほぉ、そりゃ今すぐにでも戦いたいのぅ』
「やめろと言ってるだろうが。それにそろそろ軍議の時間が近付いてるし、またランドライナムに戻る時間などない」
『軍議軍議と忙しないことだのぅ。いったいなんの軍議だ?』
「…世界各地で魔族が活動を開始してから、既に甚大な被害が出始めている。特に第三大陸など主要な都市がいくつか滅ぼされて、大陸全体が滅亡の危機に瀕しているそうだ」
魔族。
全ての思想・行動を人類を殺戮するために費やし、厄災を撒き散らす悪魔ども。
それらを統べる魔王と呼ばれる存在は、何度倒しても一定周期で再び産まれ落ちてくるため根本的な解決は実質不可能。
一応、一度倒してしまえば全ての魔族は活動を停止し、魔王が復活するまでの百余年間は魔族による破壊活動は行われないので、倒しても全くの無駄というわけではないのだが。
『ふん、魔族如きが調子に乗りおって。今すぐその大陸に出向いて一匹残らず食い尽くしてやろうか』
「その前に、この大陸にある魔族の拠点の攻略が先だ。今回の軍議ではその準備のそのまた準備のための打ち合わせが主になる。お前の出番はもう少し先だ」
『まだしばらく退屈な日々が続くのか…』
「我慢しろ。……トラブルを起こさずおとなしくしていれば、会わせてやれるかもしれんぞ」
『会わせる? 誰と?』
「今代の勇者とだ」
『!』
コイツは、いまだに自分を手懐けた勇者のことを忘れられずにいる。
何度、過去の勇者『リョータ・ソウマ』の話を聞かされたか分からない。
勇者への未練があるからこそ、勇者との約束があるからこそ、コイツはいまだに我が国に受け継がれ、力を貸している。
…そうでなければ、私の指示など毛ほども耳を貸さずに好き放題していることだろう。
もしも、今代の勇者が過去の勇者の同郷ならば、共通の話題くらいはあるかもしれない。それは、コイツにとってはこの上ない無聊の慰めになるだろう。
「……私にも立場があるから、勇者についていかせることはできん。だが、会って話をする機会くらいは設けてやれると思う。だから、それまで大きな騒ぎを起こすのは控えろ」
『…あい分かった』
思った通り、あっさりと了承してくれた。
いつもこれくらい聞きわけが良ければいいのだが。
勇者の存在が、どれだけコイツにとって大きな意味をもつかよく分かる。
…本当は、我が国に縛られることなく、共に魔王討伐に向かいたいだろうに。
『ラーナ、勇者についていくつもりなんぞ無いから安心しろ。リョータとの約束は『この国に力を貸すこと』であって、勇者の力になってやることではない。我が従うのは勇者ではなく、お主だ』
「っ……」
無駄に長生きしているせいか、コイツは時々こちらの心情を的確に見透かしてくる。
普段は我儘ばかりだというのに、たまにこういった気遣いをかけてくるから質が悪い。
……こういった人たらしな面さえなければ、こいつのことはただの兵器として割り切れただろうに。
「…城が近い、そろそろ高度を下げろ」
『応。軍議が済んだらまた呼ぶがいい。次はどこへ行こうかのぅ』
「今日はもうどこへも行かん。お前もさっさと休め」
『退屈じゃー…』
とか思った途端にこれだ。ああ、胃が痛い…。
…さっさと軍議へ向かうか。やれやれ、仕事もプライベートも気が休まる時がないな…。
お読みいただきありがとうございます。




