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襲来

 

 ギルマスへの報告が済んだ後、とりあえずいつもの素材屋へ。

 ギルドの近くにあるからギルドから帰るついでに寄っていけるのはいいが、狭い路地裏の奥にあるのでちょっと分かりづらい。


 建物の中は薄暗く、オカルトな雰囲気で、インテリアの趣味も決して良いとは言えない。

 見た目どう見ても魔女の店です。本当にありがとうございました。

 まあ、俺としてはこれはこれでアリかなとか内心思ったりしてるが。


 アルマは不気味な店主と店内の雰囲気を物珍しい顔で見ている。怖くはないみたいだな。

 不気味な笑い声を発し、一見醜悪にすら見える深い笑みを浮かべながら店主の婆さんがカウンターに鎮座している。



「ヒッヒッヒェ、いらっしゃいぃ。今日は女連れかい、その子がいつも宿に一緒に入ってる子かねぇ?」


「誤解を招くような言い方はやめろ婆さん。今日は買い物ついでに伝えておくことがある」



 普段、他人に対して敬語で話す癖がついてるんだが、この婆さん相手だと何故か素の口調で喋ってしまう。

 スキルとかの影響じゃなくて、話してると自然にそうなってしまうから不思議なものだ。



「スパークウルフの角と火蝦蟇の油の小瓶を一つずつ頼む」


「またそれかい、もう使っちまったのかいぃ? かけだし冒険者には高い買い物だろうにねぇ。ヒッヒ」


「そう思うなら少しはまけてくれよ。今後も贔屓にすっから」


「駄目だねぇ。こんな店に入ってくる客は少ないから、こんな値段でも結構カツカツなのさぁ。ヒヒ」


「じゃあもうちょっと店の中を明るい雰囲気にしろよ。なんだよこのドクロの飾りは、接客する気あんのか?」


「客が増えすぎると、それはそれで面倒だからねぇ」



 儲けたいのか、それとも単に趣味でやってるのかよく分からんなこの店。

 そう言いながら、注文の品物を包みに入れて渡してくる。



「あいよ、7200エンだよぉ。無駄遣いすると、すぐ家計が火の車だから気をつけなぁ。火が付くのはその油だけで充分だからねぇ、ヒッヒ」


「ジョークのつもりか? つまんねーよ。ほら、7200エン丁度だ。……ああ、あと伝えておくことだが、三日後くらいに魔獣森林でスタンピードが起こるらしいから、避難の準備をしといた方がいいぞ。荷物をまとめるとか早めにやっとけ」


「おや、それは穏やかじゃないねぇ。どこからの情報だいぃ?」


「俺ら、さっき街の外で魔獣森林から出てきた10匹近い魔獣に襲われたんだよ。この角と油がなかったらやばかったな」


「ヒヒヒッ! アンタらそれでよく生きてたねぇ。この店の品物が役に立ったようで何よりだよぉ」


「で、ギルマスに報告したらスタンピードの前兆だって言ってたよ。他の地域でも頻発してるみたいだってさ」


「で、今回はグルオーズかい。なら、この街からさっさと避難した方がよさそうだねぇ。わざわざ伝えてくれてありがとよぉ。ヒェッヒェッヒェッ」


「どーいたしまして。あとこれ、菓子だが良かったら食ってくれ。角と油の礼だ。一応あれのお陰で命が助かったんでな」



 油紙に包んだ、俺特製大学芋もどきを渡した。

 芋はサツマイモほど甘くなかったが、揚げた後、加熱して溶かした砂糖を絡めて大胡麻のすり胡麻をまぶしたら程よい甘みと風味に仕上がった。

 本当は今日のおやつにしようと思っていたが、まぁこの店の品物に助けられたしこれぐらいは渡しておこう。

 …なんか最近自炊が趣味になってきた気がするな俺。娯楽が元の世界に比べて少ないからなぁ。



「おやおや、いいのかい? それだって安いもんじゃないだろうに」


「俺が作ったもんだからそんなに高いもんじゃない。自分で作って美味いと感じたもんだから、まぁ不味くはないと思うぞ」


「あんた、冒険者なのに料理も作れんのかい? 芸達者だねぇ、ヒヒッ。ああ、あとアタシからも渡すもんがある。ほらよ」



 そう言いながら何かが入った巾着袋を渡してきた。

 触った感じからして、ビー玉より少し小さいくらいの玉、か? 何粒か入っているようだ。



「これは?」


「餞別さね。スタンピードなんぞに巻き込まれて死ぬんじゃないよぉ、お客が減ると儲けも減っちまうからねぇ」



 袋から出すと、チョコ玉みたいな焦げ茶色の小さな玉が入っていた。

 メニュー表示で内容を確認してみたが、これは…。



「…儲けが欲しいならこんな高価なもん餞別に渡すなよ。1粒500エンは下らないだろこれ」


「先行投資さ、ヒッヒ。今後もどうか御贔屓にぃぃ」


「おう、ありがたく受け取っておくよ。悪いな、婆さん」


「ヒッヒッヒ」



 一見醜悪な、しかし少し優し気な顔でいつもの甲高い笑い声を発しながら見送ってくれた。

 正直、あの婆さんなんだかんだ言ってこの街でアルマの次くらいに気が合うような…。

 フケ専? 誤解だ。






「見た目、少し怖そうに見えるけど、いい人だね」


「ああ、時々見に来る時にも結構親切に商品の内容を教えてくれるよ。一見ちと不気味だが。アルマはあの店で買い物したことないのか?」


「分かりづらい場所にあるし、見つけたとしても高いからなかなか手が出ない」


「あー、まあそうか。俺以外の客があの店にいるところあまり見ないし、やっぱマイナーな店みたいだな。売ってるもんはかなり便利だが」



 店を出てからそんなことを駄弁りながら次の店へ向かっている。


 次は食料品関係も買い溜めしておかないと。

 食料の保存に関しては問題ない。なんと宿に冷蔵庫に該当する物があったからだ。

 魔道具屋が売っている、MPを籠めた分の時間だけ中身を冷やしてくれるというスグレモノだ。

 因みに中に入れられるスペースは一人分ごとに決められており、自分の名前を明記しておく必要がある。

 明記してないと三日経った時点で処分されてしまうので注意が必要だ。

 利用するのに一人一日50エンほど追加料金が必要だが、まあスタンピードが収まるまでしか使わないしさほど痛い出費ではない。



 肉、野菜、穀物、調味料などを必要な分だけ買って、一度宿に戻ることにした。

 まだ昼過ぎくらいだし、飯食ってからスタンピードに向けての訓練や、使えそうな戦術の思案でもしておくか。

 いや、その前に明日アルマの親御さんが来るからその対応も考えておかないと。

 ああ忙しい。


 そんなことを考えながら、宿に二人で帰る途中にある異変に気付いた。




 地面が、ほんのわずかに揺れているような……?

 地震か?







 ~~~~~ギルマス視点~~~~~




 カリカリカリカリカリカリ……


 ガリガリガリガリガリガリ……



 二人分の、筆を紙の上で滑らす音が部屋に響いている。

 なんて不快なBGMだ、聞いてるだけで気が滅入ってくる。くそったれ。

 ああ忙しい。



「ったく、避難する街までの交通手段になる馬車や獣車の手配だけでもどれだけの出費になるやら。あー、やっぱスタンピードってクソだなクソ」


「いつまで愚痴っておるつもりじゃ。他にもやることが山積みじゃろうが、キリキリ働かんか」


「分かっとるわそんなこと。てか手前も手伝えよ! 薬草なんか取りに行く前に避難する住民の受け入れ先の手続きなんかも必要だっての!」


「だから今それを書いとる最中じゃろうが。仕事の遅いお主と一緒にすんなアホゥ」


「ちっ。この仕事量、俺のキャパ軽くオーバーしてるぞ。今回のスタンピードの件が一段落着いたら長期休暇でも取りたいもんだよまったく」



 凄まじいスピードで次々と書類を書き上げ処理していくフィルスダイムに、その書記スキルを少しでいいから分けてほしいと思いながらもひたすら筆を走らせていく。

 ああ、右手が腱鞘炎になりそうだ。



「スタンピードも厄介じゃが、あの二人が来るのもかなりヤバいと思うんじゃが。カジカワと二人で居るところを見ただけでどうなるやら」


「一緒に宿に向かってるとこなんか見られたら最悪だな。どんな暴走の仕方をするか、うぅ、想像しただけで胃が…」


「まあ、なるようにしかならんじゃろうて。ところで、先程から机が揺れとるが貧乏ゆすりかの?」



 カタカタカタ……

 微かに机や箪笥が揺れている音が聞こえる。



「してねぇよ。したい気分ではあるけどよ。……ん、確かに揺れてるな、地震か?」


「いや、さっきから徐々に震動が大きくなっていっとる。地震の揺れとは違うようじゃぞ」



 ……嫌な予感がする。



「まさか、もうスタンピードが始まりやがったんじゃねぇだろうな……!?」


「それはない。前兆の魔獣は今日出没したのじゃ。それから最低三日はスタンピードは起こらんよ。その間、親玉の存在自体が不安定じゃから元凶も叩けんがの」


「そ、そうだよな。……じゃあこの揺れはなんだ?」


「スタンピードのほうがまだ良かったかものー。カジカワ、死ぬでないぞ」


「え? ま、まさか………く、来るの明日って言ってたじゃねぇか…!?」


「あの二人なら自力で1日くらい短縮できるじゃろ。子煩悩じゃのう。ほっほっほ……ちょっと薬草採取行ってくる」


「一人で逃げようとすんな! 行くなら必要な書類書いてから行け! 俺だって今すぐ逃げたいわ!」



 くそ! くれぐれも地雷を踏むんじゃねぇぞカジカワ!

 でないとスタンピードの前にこの街壊滅するぞ! マジで!






 ~~~~~~~~~~~カジカワ視点~~~~~~~~~~~







 ドドドドド………




「な、なんか揺れが段々大きくなってないか?」


「……明日来るって話だったのに」


「え、なんだって?」




 ドドドドドドドドドド…………!




「来るのが早すぎるよ、()()()()()()()()



 ……はい?





 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!





「アルマちゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああんっっ!!!」


「娘よぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおあああああっっ!!!」





 アルマの呟きの意味を理解する前に、盛大に土煙を上げて走りながらその二人は現れた。


 なんだあれは。


 なんだあれは。



 ブロンドヘアーでナイスバデーな美人の女性と、黒髪の筋骨隆々な男性が大声を上げながら凄まじいスピードでこちらに向かってきている。

 あれが、アルマの親御さん? わーげんきなひとたちだなー。

 逃げていいかな?


 半ば現実逃避しそうになっている間に、とうとう目の前まで近づいてきた。




「アルマちゃんっ!! 元気だった!? ごはんちゃんと食べてる!? 大きな怪我とかしなかった!?」


「アルマっ!! しばらく見ないうちにますます美しさに磨きがかかって!! 悪い虫が付かないか父さん心配なくらいだよっ!!」


「声が大きい。もっと小さな声でお願い。あと、外でそのノリはやめてほしい」




 ハイテンションで詰め寄る両親と、無表情で淡々と対応する娘の図が目の前で展開されている。

 温度差で風邪ひきそう。



「だって、久しぶりの親子の再会ですもの!これが気分が上がらないわけないでしょう!?」


「そうそう。私もこうしてお前の姿を見られるだけで嬉しすぎてもう泣けてくるよ! うぅっ…!」


「大げさすぎ。とりあえず話はゆっくりできるところでしたい。ヒカル、この二人が、私のお父さんとお母さん」


「お、おう?」



 テンションの違い過ぎる親子の会話に困惑しつつ、名前を呼ばれたので返事をした。





 その瞬間、俺の全身が凍り付いた。

 そう錯覚するほどの悪寒が、背筋を爆走していった。


 ギギギ……と変な音が聞こえそうな動きで、俺の方を向く親御さん方。

 その顔を、まともに見られないくらい、視線がピリピリしてる。

 こわい、こわすぎる。




「どちら様?」

「誰だね君は?」




 お二人の声があまりに低く、ひぃっ! と思わず悲鳴を上げそうになった。

 話しかけられただけでこのプレッシャー。今にも体が潰れそうです。だれかたすけて。



「あ、あの、アルマさんの友人の、梶川光流と申します」



 声が裏返りそうになったが、辛うじて多少どもる程度で済んだ。

 そう返答をすると、アルマのお母さんが口を開いた。



「友人? お友達?」


「は、はい」


「確認しておくけど、恋仲とかではないのね?」


「はい。半月ほど前にこの街に来た時に、色々手助けをしていただいて以来、一緒に行動するうちに友達になりました」


「お母さん、発想が飛躍しすぎ。ヒカルとは恋仲とかそんなんじゃない」



 アルマがそう言うと、二人のプレッシャーが幾分か和らいだ気がした。ナイスフォロー、アルマ。

 死ぬかと思った。この二人に比べたらホブゴブリンとか怪鳥が蟻に見えるくらい怖い。



「なぁんだ。お母さんてっきりアルマちゃんって実は年上好きだったのかと思っちゃったわぁ。孫の顔はまだ先になりそうねぇ」



 なんかがっかりしたような顔してますけど、いやお母さんアンタむしろ恋仲だったことを期待してたんですか? てか孫の顔って、オイ。

 さっきのプレッシャー、どう見てもこちらに敵意剝き出しに見えたんですが。



「ルナティ! 何を言ってるんだ! アルマに恋人などあと一世紀は早い!!」



 一世紀って。

 一生独身でいろと? それはそれで悲しいよ?



 ああ、うん、話には聞いてたけど、この二人やべーわ。完全にアカンやつですやん。

 予想してたより、ずっと怖い。話しかけられただけで殺されるかと思うくらいに。

 予想してたより、ずっと強い。ステータスなんか確認しなくても分かるくらいに。

 自分の想像力が如何に貧弱か再認識させられた気分だ。

 濃ゆいわー、この二人。キャラがアルマとは違い過ぎるでしょう。

 それでいて、外見はしっかりアルマの面影があるのがなんとも。




「明日来るってギルマスが言ってたのに、来るのが早くない?」


「愛しい娘のためなら全力で走って時間短縮よ」


「ぶっちゃけ馬車に乗るより私がルナティを抱えて走ったほうが速いしな」



 馬車より速い…?

 さっき走ってきた時の速さを考えると、あながち大げさでもない気がする。

 この人たちどんな身体能力してんだ。完全に人外の域じゃないですか。



「ヒカルの自己紹介聞いたなら、そっちもするべきだと思う」


「ああ、ごめんなさい。娘との再会が感動的過ぎてつい。初めまして、アルマの母のルナティアラと申します。娘がお世話になっているようですね。今後ともよろしくお願いします」


「同じく、アルマの父のデュークリスという。よしなに。…くれぐれも娘に対して邪な感情を抱かないように頼むよ?」


「よ、よろしく、お願いします…」



 アルマママの方は比較的フレンドリーに見えるが、アルマパパの方が怖い、怖すぎる。

 表情と声は物凄く穏やかなのに、『娘に手を出したら殺す』オーラがバリバリ出てるやん。


 てか、思ったけどこの世界の人って家名がない分やたら名前が長い人ばっかだな。



≪この世界の人間は父親と母親の両方が名前を考え、二つを繋げたものを子の名前とするのが一般的。愛称、略称は双方の名前が混じる呼び方が好まれる≫


 ファーストネームとミドルネームを繋げてるようなもんか。

 ん? アルマはアルマ・ティナだと思うんだが、呼び方混じってなくね?


≪名前の頭の方は略しやすいように短めにすることが多く、アルマティナの場合はアル・マティナであると推測≫



 あ、区切り方そうなんのね。ちょっとややこしいな。



「今日は二人でお買い物してたの? 仲が良いわねぇ」


「うん。買い物は済んだから、今、二人で宿に帰るところ」


「ふ、二人で宿、だって……? おい君これはどういうことだね返答次第では―――」


「泊っている宿が同じなだけですよ。……お願いですから剣に手をかけるのをやめてください」



 アルマパパいちいち突っかかってくるのなんとかならんのかなぁ。

 近いうちに俺、斬られそうなんですが。


 ……とりあえず昼飯を奢って機嫌をとっておこう。餌付けムーブで好感度を稼がねば。

 食料のストック、スタンピード騒ぎが収まるまでもつかなぁ……。

お読み頂きありがとうございます。

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 9/5から、BKブックス様より書籍化!  あれ、画像なんかちっちゃくね? スキル? ねぇよそんなもん! ~不遇者たちの才能開花~
― 新着の感想 ―
[気になる点] 不遇職の娘を一人で冒険者にしてるのに、両親の対応が変すぎる。実際、いじめ描写をいれていて、ギルマスは肩入れできないと宣言している。なんでこの村、この両親につぶされてないんだろう?知らな…
[気になる点] 避難する街までの交通手段になる馬車や獣車の手配だけでもどれだけの出費になるやら、とありますがこれを考えるのは領主であってギルマスの仕事ではないと思っちゃった
[一言] やっぱり主人公は婆さんとの砕けた言い方の方が良い。 何もかも敬語で話す主人公はまるで腰の低い、ぺこぺこする社畜みたいで気持ち悪かった。
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