首刈り幼女
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「うおりゃー! 待てっすー!」
『ゴ、ゴケエエェェ!!』
草原でニワトリ型の魔獣を追いかけ回す幼女。
パッと見、田舎の子供が家畜のニワトリの世話をしている牧歌的な絵に見えなくもない。
…幼女の右手に握られている血塗れのナイフと、周りに首の刎ねられたニワトリの死体がなければの話だが。
はい、おはようございます。
現在、レイナのレベリング兼実戦訓練の真っ最中です。
ニワトリ魔獣を複数相手するのにもすっかり慣れたようで、今では花でも摘むようにニワトリの首を刎ねられるようになってしまった。怖ひ…。
あ、最後のニワトリも追いつかれて首と胴体が泣き別れになったようだ。合掌。
「とったどーっす!」
ニワトリの首をな。スプラッタ。
「あとちょっとでジョブチェンジできそうだな、そうなれば草原の一つ奥のエリアにレイナを連れていけそうだ」
「次のエリアはLv10以上の魔獣しかいないから、このエリアとは文字通りレベルが違う。奥でレベリングする時には気を付けて」
「も、もうそんな強そうな魔獣と戦わなきゃいけないんすか、やっと実戦にも慣れてきたくらいなのに………」
「安心しろ、俺やアルマとの組み手に比べたらまだ楽だ。……油断したら普通に死ねるけどな」
「全然安心できないっすよ!」
ぶっちゃけ、レイナの動きを見る限りLv10台の魔獣相手でも、タイマンならジョブチェンジ前でも割と余裕で倒せそうだけどな。
でもあんまり油断しすぎても危険だから、それとなく危機感を持つように言っておく。
「んー、あと1匹か2匹でも討伐すればLv10になりそうだな」
「やっと見習い卒業っすねー」
「やっとじゃない。レイナのペースは非常に、というか異常に早い。私はジョブチェンジするのに1年近くかかったのに…」
「気力操作と、あとお二人との組み手の効果がモロにでてるっぽいすからねー。討伐する魔獣をカジカワさんが運んできてくれるから、探すのに手間取ってレベリングの時間を無駄にするようなこともないし」
「気力操作はもう俺と遜色ないレベルで運用できてるみたいだな。……ちなみに、魔力操作は?」
「うっ……まだちょっと苦手っす……」
「まあ気力操作が使えるだけでも充分戦えるだろうけど、それに魔力操作が加わればより盤石な強さを得られるし、早く修得しろとは言わんがどんな使い方をするべきかイメージだけでもしといた方がいいと思うぞ」
「は、はーいっす」
気まずそうな顔で答えるレイナ。
まあ気力操作に比べてシビアな操作が必要だし無理もないけど。実戦で使えるようになるのはまだ先になりそうだなー。
うーむ、気力操作が手早く簡単に実戦に使えるから優先的に覚えさせたのは間違った判断じゃないとは思うが、そのせいで気力操作ばかりに頼って魔力操作がおろそかになってしまっているのがなぁ。
気力操作による能力値の強化は、単純なようにみえて割と奥が深いせいもあるが。
気力による能力値の強化には、いくつか振り分ける要素がある。
1:気力の消費量
2:強化を施す範囲
3:どれだけ能力値を上昇させるか
4:強化を持続させる時間
大雑把に言うとこんな感じ。
これらをどう振り分けるかが実戦における気力操作のキモだ。
たとえば気力を10消費して、右腕だけ筋力の能力値を50ほど強化する場合、その強化が持続する時間はおよそ2、3分ほどになると仮定する。
それを消費量と範囲をそのままで、能力値を200ほど強化するという風にアレンジすると、持続時間は数秒~十数秒程度にまで短くなってしまう、といった具合だ。
レイナは気力の消費量と強化する範囲と持続時間を最小限にして、瞬間的に能力値を爆上げする使い方が好みのようだ。
実際、その使い方は非常に燃費がよくなかなかバテないでいられるし、格上相手でもかなりのところまで戦えるだろう。
使い方によっては、下手したらLv20台の魔獣相手でも戦えるかもな。
ちなみにアルマは、魔力操作も気力操作もそのまま使うことはあまりないようだ。
そのまま使えなくはないけど、それらを利用してスキルをアレンジする方が基本的に燃費がいいし高い効果が期待できるからだ。
魔力感知はスキルのアレンジでは使えないからそのまま使っているようだが、なぜか長時間使っているとだんだん頭が熱くなってきてズキズキ痛むらしいのであまり使いたがらない。
俺は魔力感知を使っていてもそんなことないのに、俺とアルマでなにが違うんだろね?
≪五感以外の本来あり得ない魔力の感知を行なっているため、脳に過負荷がかかっておりそれが頭痛として表れている模様。HPのダメージに換算して小数点以下の継続ダメージを受け続けているようで、短時間ならすぐに自然治癒されるが、長時間の行使は脳に深刻な損傷を与える危険性があるため非推奨≫
…あとで長時間の使用は極力避けるように言っておこう。
≪ちなみに梶川光流がダメージを受けていないのは、普段身体と連動していないHPが代わりにダメージを受けているためであるが、その仕様上、小数点以下のダメージは無効の判定のため実質ノーリスクで魔力感知が可能な模様≫
ミリ単位以下の小さなトゲが刺さった程度のダメージじゃHPが減ることすらないってことか。便利というかちょっとえこひいきされてるというか。
……なんか思考が変な方向に脱線したな。俺の思考脱線しすぎじゃない? 最近暑くなってきたしそのせいか?
さーて、思考に耽るのはこのへんにしといて、レイナのジョブチェンジにふさわしい魔獣を連れてきますかね。
同レベル帯の魔獣を狩らせてもジョブチェンジは可能だろうが、それじゃちと面白くなゲフンゲフン、……これから格上の魔獣を狩っていくこともあるだろうから、そのための訓練としてちょっと強めの魔獣を持ってきてみるか。
お、黄緑エリアに手ごろそうな魔獣発見。こいつでいいか。
「はい、というわけでレイナのジョブチェンジの踏み台にふさわしい魔獣を連れてきました。遠慮なく糧にするがいい」
『ゴゲェェァァアアッ!!』
「またニワトリじゃないっすか! てかなんか大きいうえにすごく機嫌悪そうなんすけど!?」
「まあ、気持ちよさそうに寝てるところをいきなり拉致されたらそりゃ不機嫌にもなるわな」
「アンタが原因じゃないっすか!」
こいつはこれまで狩ってきたニワトリとは一線を画すニワトリだ。
今までの奴は全身真っ白だったが、こいつは茶色っぽい色合いをしていて体格も一回り大きく、なにより段違いに素早い。
Lv19で、こいつもあと少しで進化するところだ。さあ、レベルが一回りほど違う魔獣相手にどう戦う?
意地悪に思えるかもしれないが、俺とアルマの目が届くうちに格上相手の立ち回りを経験しておかないと、いざ単独行動中にこんな格上相手にいきなり戦うことになったりしたら危ないし。
ヤバいようだったらさすがに助ける。しかしできれば自分の力で乗り越えてほしいが、さて。
『ゴギャアアアアッ!!』
「ギャー!! 早い速いはやいっすー!! こっちは気力操作で素早さ強化してるのに向こうの方が素早いんすけどー!!」
怒りにまかせて突進しながらレイナを追いかけ回すニワトリ魔獣。
啄んでやろうと凄まじい勢いでヘドバンしながら追ってくる様には恐怖を覚えるだろうな。はたから見ててもちょっと怖い。てかキモい。
お、ニワトリの影に潜った。今までと同じように影から腕だけ出して首を刎ねる戦法のようだ。
…だが
首を刎ねようと腕を出した直後、なにかを弾くような金属音が鳴り響いた。
『ゴギャッ!』
「うわわっ!?」
ニワトリ魔獣が攻撃のリーチを伸ばすスキル技能【伸魔爪】を使い、レイナの攻撃を弾いた。
死角からの攻撃に瞬時に対応するとは、このニワトリなかなかやりおる。
素早さだけじゃない、感知能力や戦闘経験もかなりのものみたいだ。ニワトリだからと侮るなかれ。
『ゴギャア!? ……ゴゲエェェェエエ!!』
そのまま反撃に転じようとしたが、再び影の中に隠れられて攻撃をスカり、さらに激高するニワトリ。
ゴゲゴゲうるさいなこいつ、喉痛くならないの?
影に潜っている間は安全だが、その間みるみる魔力が減っていってしまうため、このままじゃMPが尽きてしまう。
そうなる前になにか手を打たなければ敗北は必至。さあどうする?
10秒ほど経っただろうか、ニワトリはあたりを警戒し続けている。
隙など微塵も感じられない。死角からの攻撃でも即座に対応できるように五感を研ぎ澄ませているのが見ているだけでも分かる。
ゆえに、このあとのレイナの策にまんまとかかることになった。
パァンッ! と大きな風船が破裂したような音があたりに響いた。
『ゴゲェッ!?』
驚いて思わず一瞬、身体を硬直させるニワトリ。
さっきの音はこないだ買った爆裂サンゴだな。影の中から取り出して破裂させたのか。
緊張しながら五感を研ぎ澄ませている時にあの爆音はビックリするだろうな。
で、その硬直しているわずかな隙を突いて、ニワトリの顔に向かって影からなにかが放たれた。
咄嗟に先ほどの奇襲の時のように、伸魔爪で弾き落とそうとしたようだが無意味だ。投げたものは粉状のなにかで、すり抜けるように爪を通り抜けニワトリの顔面に直撃した。
『グゴゲギャァァァアア!!?』
顔面に粉が直撃したニワトリが絶叫を上げる。
投げたのは、素材屋でレイナが買っていた【ライトニングペッパーパウダー】と呼ばれる刺激調味料だ。
ヴィンフィートでロリマスが神父様の鼻に突っ込んだものと同等の刺激があり、そんなものが目やら鼻やら口に向かってモロにぶちまけられたらたまったもんじゃないだろう。
なんで食材屋じゃなくて素材屋でこんなもんが売ってたんだろね…。
阿鼻叫喚のニワトリの首を刎ねようと、再び背後から斬りつけようとしたが
「ちょっ、か、硬っ…!?」
ナイフが首に触れる寸前に、【気功纏】を発動して能力値を上昇させて、レイナの攻撃を通さないようにしおった。
やっぱ鉄のナイフじゃ厳しいか。熊牙の短剣なら、さっきので勝負はついていたかもな。
レイナも負けじと気力操作で能力値を上げて無理やり首を刎ねようとするが、鉄のナイフの切れ味じゃそれでも厳しいようだ。
「このおおおおお!!」
さらに短剣術スキル【魔刃】を発動して、切れ味を強化したがそれでも首から血がにじむ程度で、首を切断するには至らない。
……こりゃ手詰まりかな。レベルが一回り上の魔獣の相手をさせるのはやっぱまだちょっと無理があったか。
って、やばい! 伸魔爪でレイナの胴体を狙って反撃しようとしてやがる! 縮地モドキで接近して庇わないと――
「コンチクショウが――――!!」
レイナの絶叫のあと、鮮血があたりに撒き散らされた。
血を噴き出しているのはレイナ、ではなくニワトリ魔獣の首の断面。
反撃される寸前で、ニワトリ魔獣の首をナイフで斬り落としたようだ。
こいつ、あの土壇場で魔刃を魔力操作で強化しやがったよ……! これまで魔力操作は苦手で使い物にならなかったのに。
この子、追いつめられると壁を乗り越えるタイプみたいだな。なにこの主人公気質。
「ひ、ひいぃ……! 死ぬかと思ったっす……!」
涙目で尻もちをつきながら呟くレイナ。
まああのタイミングだったらギリギリ俺が庇うのが間に合っただろうが、それでも怖かったようだ。
「お、おお!? おおお!!」
かと思ったら、なにかに驚くように声を上げる幼女。
どうした、なにか頭の中に降りてきたりでもしたか?
「なんすかその怪訝そうな表情は! レベルが上がっていきなりジョブチェンジの選択肢が頭に浮かんできたから驚いただけっすよ!」
サーセン、メンゴメンゴ。
これでレイナも見習い卒業か。ようやく次の段階に進めそうだ。
…しっかし、無茶させないとか言っときながら結局こんなことさせて、そのうち嫌われそうだな俺…。
その無茶振りをなんだかんだでクリアするレイナもレイナだが。
お読みいただきありがとうございます。




