コワマス
「…アンタさぁ、嫌がらせにしてもコレはちょっと悪質じゃないの?」
「はい?」
はい、こんにちは。現在昼食を食べて休憩した後、討伐の報告と薬草の納品に冒険者ギルドに戻ったところです。
で、ヒルカの草やら解毒剤の材料(デポイの草)やら薬草の束をカウンターに乗せたところでゴミでも見るかのような目で受付嬢に睨まれております。ナンデダロウナー。
後ろの二人ばかりに働かせてないで、ちょっとは自分で稼げって言われたからはりきって合計197本も採ってきたのにまだ足りないのかなー?
「今日の朝から採取し始めてこんなに集まるわけないでしょ? 鑑定無しで薬草を見分ける基準とかホントに知ってる? スキルがないヒモ男とか言われたのに腹を立てて適当な雑草を大量に鑑定させようっていうなら仕事の妨害になるからやめてほしいんだけど」
「いえ、キチンと見分けて採取してきましたが」
「アンタがそう思ってるだけでしょ? さっきも言ったけどスキルなしで薬草を見分けるのには結構な時間がかかるもんなのよ? 葉脈の広がり方とか色のわずかな違いとか分かるの?」
「…そうおっしゃるなら、試しに何本か鑑定してみてはいかがですか?」
「嫌よ。一本鑑定するだけでもちょっと疲れるし、大人げないオッサンのイタズラになんかまともに付き合うわけないでしょ。分かったらその『雑草』の山どっかに捨ててきなさいよ」
しっしっ、とハエでもはらうかのようなハンドサインをする受付嬢。
…職員の各自の判断でイタズラだと思ったら、鑑定せずに追い出すことって許されてるんだろうか?
≪今回の場合一本でも鑑定をして、雑草だった場合は残りの薬草を鑑定せず追い出す権利がある。しかしまだ一本たりとも鑑定をしていないので追い出すための条件を満たしていない≫
…この子、ギルドの職員規定とか把握してないのかな。いやまあ短時間でこんだけの量を持ってきたらイタズラだと思われるのも無理はないけどさ。
俺もちょっと大人げなかったかなー。最初は20本くらいに抑えておくべきだったか。
ってアカン! 後ろからなんかすごい怒気が二人分発せられてるのが分かるんですけど!
「おい、後ろがつかえてるんだから気が済んだならさっさと出てけよ。さっきからずっと待って――」
「「あ"?」」
「ひいぃっ!!?」
俺たちの次に並んでいた冒険者の男性が文句を言ってきたが、イライラが頂点に達しキレそうになっている鬼と夜叉に睨まれて悲鳴を上げている。
…アルマはともかくレイナまでものすごく低い声で威嚇したな。女は怖い。
「ちょっと、トラブル起こす前にもう出てってよ。なんならウチのギルマスにチクって追放させてやってもいいのよ?」
「呼んだか?」
「っっ!!? ぎ、ギルマス!」
それを見た受付嬢がさっさとこちらを追い出そうと文句を言ってきたが、いつの間にか後ろに立っていた女性に返事をされて焦ったような声を出した。
…いや、マジでいつの間に居たんだ? 接近してくるのに全く気が付かなかった。隠密スキルでも持っているのか?
この女性がギルマスか。歳は俺と同じくらいか? 赤髪ポニーテールでつり目で迫力があって、女性にしては背が高い。俺と同じくらいの身長だ。
…第一印象からして、今までのギルマスの中で一番おっかないかも。見た目はダイジェルのギルマスの方が怖いけど。
「なにかトラブルか? トラブルだろう? そうだろう?」
「え、あ、は、はい。こ、この人が今朝から薬草採取に行って、今になるまでこれだけの薬草持ってきたって言ってるんですけど、どう考えても多すぎるしイタズラというか嫌がらせにしか思えないんですけど」
急に敬語で話し始めたなこの子。いやまあこんな迫力のある人に後ろに立たれていたらいつもの調子は出せないわな。
「確かに多いな。持ってきたのはそっちの黒髪の男か? …む、黒髪の男、薬草大量、……おい、少し質問していいか?」
「は、はい」
急に話しかけられて思わずビクッとしそうになった。怖ひ。
「お前は、もしかしてダイジェルからヴィンフィートを経由してここまで来たのか?」
「え? は、はい、そうですが」
「………そうか。おい、ナイマ。一本残らずその草の束を鑑定しろ」
「え、ええ!? こ、この量を全部、一人でやれって言うんですか!?」
「やれよ」
「ひっ、は、はいぃっ!!」
質問に答えた後、ギルマスはどこか納得したような顔をして、ナイマと呼ばれた受付嬢に薬草鑑定の指示を出した。
嫌そうに反論していたが、睨まれながら再度促されるとすぐに鑑定にとりかかった。…一見するとパワハラみたく思えるかもしれんけど、今回の場合は難癖つけてサボろうとした職員をたしなめるカタチだからセーフ。
「すまないな、ウチの職員が失礼をしたようだ」
「い、いえ、大して気にしていませんので」
「ヴェルガからの手紙でおおよその経緯は聞いている。近いうちにこの街に来るかもしれないとは思っていたが、予想より早かったな、カジカワ君」
ダイジェルのギルマスからこの人にも連絡がきていたのか。GJ。
てかこの人ホント迫力凄いな。強面のギルマス、略してコワマスとでも脳内で呼んでおくか。……断じて怖いギルマスの略ではないのであしからず。
「おい、ナイマ。この男を鑑定して討伐履歴を確認してみろ。ああ、なにか気になる点があっても決して口にするな、いいな?」
「は、はい……っ!!?」
「見ての通りだ。スキルが無いからといって、あまり舐めた対応をとるもんじゃない」
…ここで初めて俺の討伐履歴を見た受付嬢が、恨めしげな目から一変、まるでバケモノでも見るかのような目でこちらを見るようになった。そんな露骨に表情に出して驚かなくても。
「今回のように、ギルドがらみでなにか困ったことがあったら遠慮なく相談するといい。私も困ったことがあってお前に力を借りたい時は遠慮せず言うから、気兼ねなく訪ねてくれてかまわんぞ」
「え、アッハイ」
思わず生返事してしまったけど、それっていつか面倒事が起こった時に危険な役を押し付けるかもしれんから覚悟しておけってことじゃね?
反論しようにもこの流れでなんか言うのは気が引けるし、なによりこの人怖いからなにも言えねぇ。どうしてこうなった。
飲食を楽しんでいた周りの冒険者たちも、この人が出てきたところで急に緊張したような表情でこちらを見ているし。
「諸君、私が居るからといってそう緊張しなくていい。普段の激務で疲れているだろうし、今は気兼ねなく羽を休めるといい」
そりゃ無理です。アンタがいるだけでこの場の空気が張り詰めているのが分かるもん。
身内だけで和やかに談笑をしながら食事を楽しんでるところに、急に上司が現れたらそりゃ緊張するわ。
「うう、鑑定しすぎてアタマ痛くなってきた…」
「なにか言ったか?」
「あー! 薬草鑑定楽しいなー! 働く充実感が実感できるなー!」
「それはなにより」
受付嬢がちょっと愚痴を漏らしただけでこの有様。…原因を作ったのは俺だしちょっと罪悪感。
まあ初日からあんな態度とられなければ、こんなに薬草持ってくるようなことはしなかっただろうけど。
さて、薬草鑑定と討伐報酬の査定が終わったら、晩御飯の材料を買って宿に戻ろう。
…何を作ろうかな、悩む。
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