第8章 「悪夢の生体兵器、サイバー恐竜!」
千里ちゃん達4人がこの状況に至るまでの経緯は、「外伝編Part2『特命遊撃士研修生・和歌浦マリナ少尉』」に詳しく描かれています。
堺県の南端に位置する河内長野市の、とある山あいの町。
この地に建てられた研究所で、大野総一郎博士は学会から追放された憎悪をエネルギー源にして、恐竜を兵器化する研究に打ち込んでいたの。
死の商人やテロリスト共にサイバー恐竜を兵器として売り込んで、自分を受け入れなかった社会に復讐するためにね。
博士の不審な行動に違和感を抱いた地域住民の通報を受けた地元警察は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に協力を要請したんだ。
そうして特命捜査官と地元警察の合同強制捜査が行われたんだけど、進退極まった大野博士が、地下で培養中だったサイバー恐竜を解放しちゃったんだよね。
培養途中だった個体の幾つかは、外気を浴びて1分も保たずに組織崩壊を起こしたみたいなんだけど、完成間近だった個体は元気に暴れ出しちゃったの。
辛くも崩壊する研究所から脱出した警官隊と特命捜査官は、第2支局のオペレータールームに、援護要請の入電を送ったの。
こういう場合は、近隣をパトロール中の特命遊撃士が動員される事が多いんだけど、この時に河内長野地区をパトロールしていた中に、私も入っていたんだ。
私だけじゃないよ。
私の親友である生駒英里奈ちゃんに、今でも変わらず仲良しな枚方京花ちゃんと和歌浦マリナちゃんも、パトロールに参加していたの。
当時中学1年生だった私達は、特命遊撃士養成コースを修了したばかりの新米少尉で、その日は研修の一環としてパトロールに参加していたんだ。
新米少尉だけでは頼りないので、現役の特命遊撃士1名と特命機動隊1小隊が同行し、その上で武装サイドカー2台と武装特捜車2台に分乗するという、何とも物々しいパトロールだったね。
まあ、今にして思い返せば、それだけの充分な準備があったからこそ、あの緊急事態にも対処出来たんだけど。
特命機動隊の曹士さんが運転する特捜車の後部座席に座って、遠足気分で物珍しそうに車窓を眺めていた私達は、サイバー恐竜脱走の入電を聞くとすぐに、浮き足立っちゃったんだよ。
武装特捜車を降りた直後なんて、今から思い返したら、ひどい有り様だったな。
「私達は研修生に過ぎませんのに、いきなり実戦なのですか…?そんな…」
腰まで伸ばした茶髪が印象的な少女が、御嬢様風の幼い美貌に恐怖と不安の表情を浮かべて、手にしたレーザーランスにすがるようにして震えていた。
研修生時代の英里奈ちゃんは、今以上に内気で気弱な御嬢様だったから、見ていて可哀想になる程だったよ。
「落ち着いて、英里奈ちゃん。普段の訓練通りにやれば大丈夫だよ!」
ガンケースから取り出したレーザーライフルを組み上げた私は、英里奈ちゃんを励まそうと声を掛けたんだ。
まあ、本当の事を言うと、英里奈ちゃんを励ますついでに、緊張しつつある自分を落ち着かせようともしていたんだけどね。
「腹を括りなよ、英里。研修生とはいえ、私達は特命遊撃士。遅かれ早かれ、いずれは戦闘に参加する事になるんだからさ。」
黒髪を右サイドテールに結び、右目を前髪で隠した少女が、大型拳銃に装填した銃弾を確認しながら静かに言った。
今と変わらないクールな口調のマリナちゃんだけど、今思い返してみると、初めての実戦に緊張していたのか、声が強張っていたね。
「今こそ私達の正義を示す時!何処からでもかかって来い、サイバー恐竜!」
青い髪を左サイドテールに結んだ少女が、個人兵装であるレーザーブレードを正眼に構えながら叫んでいた。
京花ちゃんったら、無闇矢鱈と勇ましくヒロイックな台詞を繰り返していたね。
それもこれも、初めての実戦に臨むという緊張と恐怖を吹き飛ばし、己を鼓舞するためだったんだろうね。
四者四様に浮足立っていた私達の耳に、手拍子の音が「パンッパンッ!」と軽やかに聞こえてきたの。
まるで、私達の注意を促すようにね。
「はいはい、研修生の皆さん!何の心の準備もないままで、いきなり実戦に臨む事になってしまい、焦ってしまうのはよく分かりますが、まずは落ち着きましょうね。一同、注目!」
「はっ!承知しました、明王院ユリカ准佐!」
ピンク色のポニーテールが目にも鮮やかな先輩遊撃士のお姉さんが放った一声で、瞬時に私達は我に帰り、姿勢を正して敬礼した。
「今回は私こと、この明王院ユリカ准佐が初動対応として臨時に指揮を執らせて頂きます。」
この人こそ、後に堺県第2支局の支局長となる明王院ユリカ先輩だ。
浮き足立っている研修生の私達とは違い、落ち着いているのはさすがだった。
そう言えば今の私達は、果たしてあの時のユリカ先輩のような、落ち着きのある特命遊撃士になれたのかな?
そんな私も階級だけは、あの時のユリカ先輩に追い付いたんだけどね…
「特命捜査官の方による援護要請は、支局のオペレータールームでも確認済です。先程の入電では、支局からの増援は5分で到着するとの事です。」
今でこそ大佐で支局長だけれど、当時のユリカ先輩はまだ准佐に過ぎなくて中学2年生。真っ白な遊撃服姿が、今思うと本当に初々しかったな。
「明王院准佐!5分持ち堪えれば、支局から援軍が来るのですね?」
すがるような英里奈ちゃんの視線に、ユリカ先輩は穏やかな微笑を静かに浮かべる事で応じたんだ。
「その通りです、生駒英里奈少尉。それまでは私達だけで、力を合わせてこの場を乗り切りましょうね。攻撃対象はサイバー恐竜。作戦目標は、可能な限りの敵対勢力掃討。これより作戦と各自の配置を説明します。」
浮足立った新米遊撃士4人組を瞬く間に落ち着かせたユリカ先輩は、直ちに持ち前のリーダーシップを発揮して、沈着冷静にその場の指揮を執り始めたの。
こちら側の戦力は、ミサイル砲とレーザー砲を搭載した武装特捜車が2台に、レーザー砲を搭載した武装サイドカーである側車付地平嵐が2台。
特命機動隊の装備一式が人数分と予備分2セット。
後は特命遊撃士各自の個人兵装。
人的資源は特命機動隊1小隊8名に、特命遊撃士5名。
ところが、特命遊撃士5名の中で実戦経験を持っているのは、明王院ユリカ准佐ただ1人で、私達4名は養成コース修了直後の研修期間中。
研修生4名の弱点である実戦経験の乏しさを如何にして補い、増援が到着するまで持ち堪えるかが重要な課題になってくるね。
各自の配置は、こんな具合になったよ。
ユリカ先輩は全体の指揮を執るためにも、特命機動隊の曹士が運転する武装サイドカーに搭乗しての遊撃戦闘。
武装サイドカーなら、ユリカ先輩の個人兵装である可変式大鎌・ギロチンサイトも自由自在に扱えるし、機動性も充分だしね。
レーザーランスを操る英里奈ちゃんも、もう1台のサイドカーに乗り込んでサイバー恐竜への遊撃戦闘にあたる事になったよ。
サイドカーに乗り込んだ2人の主要標的は、サイバートリケラトプスやサイバーパキケファロサウルスといった中型サイバー恐竜。
大鎌や槍などの長物でダイナミックに攻撃するのが最適な相手だね。
そして、英里奈ちゃんが乗り込むサイドカーは、江坂芳乃さんっていう経験豊かな曹長の人が運転する事になったの。
内気で気弱で何とも頼りない英里奈ちゃんを、その曹長さんの励ましでフォローさせようという配慮だろうね。
「生駒英里奈少尉。自分は、江坂芳乃曹長であります。貴官の安全は、自分が必ずお守り致します。どうぞご安心を。」
紅蓮の炎を彷彿とさせる、カールした赤いセミロングを靡かせた妙齢の美女が、英里奈ちゃんに向けて美しい敬礼の姿勢をビシッと決める。
「おっ…お願い致します!江坂芳乃曹長!」
ヘルメットの裾から美しい赤毛を覗かせ、何とも頼もしげな表情でハンドルを握る曹長さんに、恐縮した面持ちでペコペコと頭を下げる少尉の英里奈ちゃん。
どっちが上官だか分からないよね、あれだと。
まあ、戦記物の漫画や戦争映画でも、新米将校よりもベテラン鬼軍曹の方が頼りになると相場は決まっているんだけどね。
曹長の江坂さんも、手の掛かる妹をあやすようで大変だったろうな。
「私のレーザーブレードとマリナちゃんの大型拳銃。この連携に曹士の皆様のコンビネーションが加われば、まさに死角なし!」
「お京の奴も、いつものペースに戻ってくれたみたいだな!」
近接戦に長けた京花ちゃんとマリナちゃんは、サイバーラプトルのように動きの素早いサイバー恐竜を撃破する最前線での戦闘にあたるの。
特命機動隊も3人1チームで、2人の援護にあたるよ。
武装特捜車は高射砲や迫撃砲の代わりにして、大型のサイバー恐竜やサイバープテラノドンの撃墜を担当。
これには機動隊曹士が1人ずつ分乗して運用するんだ。
そして、個人兵装がレーザーライフルな私も、遠距離からサイバー恐竜を狙撃するべく、武装特捜車に同行する事になったんだよ。
「我々がついておりますので、大船に乗った御積もりでいて下さい!」
「頼りにさせて頂きます、中津麻衣子上級曹長!私も皆さんに負けないように、サイバー恐竜をジャンジャン撃ち殺してやりますよ!」
頼もしくて気さくな曹士のお姉さんに元気付けられたのか、レーザーライフルを構える私の声にも余裕が出来てきた。
「おっ!その意気ですよ、吹田千里少尉!この西田辺にこ一曹、貴官の御噂は御母様から兼ね兼ね御伺いしております。今日は一つ、お手並み拝見といきますか!」
もう1人の曹士のお姉さんが、囃し立てるように手を叩いている。
この曹士さんはどうやら、特命機動隊の予備役に入っている私の母と、何度か顔合わせをした事があるみたいだね。
いずれにせよ、私達を励まそうとしてくれているのが、ひしひしと伝わるよね。
こうして各々の配置に着いた私達は、サイバー恐竜との戦いに身を投じていくのであった。