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エピローグ第11章 「陰になり、日向になり 地域は子供を育む物」

「う~ん…まあ、考えとくよ。今はまだ、あくまでも将来の選択肢の1つとしてだけどね…あっ!」

 英里奈ちゃんに軽い微笑で応じたマリナちゃんは、次の瞬間、小さい叫びを上げると、アヤメ菓子店に繋がる通路の方に向き直ったんだ。

 古びた木製の階段のキシキシと軋む音が、通路の方から聞こえてくるね。

 2階の居住スペースから、誰か降りてくるのかな?

「おや…?マリナちゃんに京花ちゃん、また随分と大きくなったねえ…」

 階段から降りてきた人影は、黒髪をサイドテールに結い上げた赤目の少女の姿を認めるや、こう親しげに呟いたんだ。

「おばさん、元気そうだね!顔見て安心したよ。」

 それに応じるマリナちゃんの口調にも、昔馴染みに会った気安さが込められていたね。

 マリナちゃんは「おばさん」と呼んでいたけれど、深い皺の刻まれた顔や、白い物の目立つ頭髪から察するに、「おばあさん」と呼んだ方が適切な女性だね。

 年の頃は、四捨五入したら70歳に届くんじゃないかな。

 しかし、マリナちゃんと京花ちゃんを見つめる視線は、親戚のおばさんや保母さんみたいに、穏やかで優しげだったね。

「おばさん!お元気そうで、本当に何よりです。術後の経過も良さそうですね。駄菓子屋を再開されたとお聞きした時は、ホッとしましたよ。」

 明るくて礼儀正しい京花ちゃんの挨拶から察するに、この年配女性はアヤメ菓子店の女主人、俗に言う「駄菓子屋のおばちゃん」のようだね。

 それに、どうやら大病を患っていて、少し前まで表の駄菓子屋を休業していたみたい。

「心配されていた後遺症も、この分ですと無さそうですし…」

「いやいや…この年になると、何が起きてもおかしくないからね…去年、心臓を患って入院した時は、店仕舞いしようかとまで考えたんだよ…」

 京花ちゃんに皆まで言わせず、駄菓子屋店主は渋い表情を浮かべ、首を左右に振る事で、自身の急病に起因する苦悩と葛藤を表現してみせたんだ。

「そこで、『愛着深い実家の家業を潰してなるものか!』と家族愛に燃えた御子息様が、北新地の名バーテンの地位をかなぐり捨てて、堺県に堂々と凱旋帰郷。北新地の激戦区で会得したバーテンのスキルに、アヤメ菓子店の駄菓子の仕入れをマッチさせた、『駄菓子バー・アイリス』をオープンさせた所、マリナちゃんを始めとする、アヤメ菓子店で子供時代を過ごした酔客のハートをガッチリとキャッチ!駄菓子バーが繁盛記を綴るうちに、おばさんの病状も回復に向かい、アヤメ菓子店も無事再開して、その後の2店の盛況は言わずもなが…大体、こんな感じですよね?」

「大体そうだけど…少々盛ってないか、お京?」

 マリナちゃんが呆れる程に物凄い早口だったけど、駄菓子バーの開店経緯と2店の関係性はよく分かったよ、京花ちゃん。

 それに、養成コース編入前のマリナちゃんは、アヤメ菓子店の常連客だったという事もね。

 おばさんの優しそうな視線は、マリナちゃんを始めとする三国ヶ丘の子供達の成長を見守ってきた、地域の大人としての視線だったんだね。

「ふう、喉が乾いちゃったな…マスター!生中1つ、お願いね!」

 着席して一息ついた京花ちゃんが、飲み干したグラスを掲げるや、すぐさま立ち上がったんだ。

 底に残された氷が、グラスが振られる度にカラカラと涼しい音を立てている。

 あんな早口で息継ぎせずにまくし立てたんだから、そりゃ喉も乾いちゃうよ。

 すると、ビアジョッキを乗せたお盆を手にしたマスターが、早くもこちらに向かってきたんだ。

 レモンやライムを搾ったりシェイクしたりと、色々と手間のかかるサワーやカクテルと違い、生ビールはサーバーを捻ればすぐに出てくるので、割と早く持って来てくれるんだよね。

「いよっ!仕事が速いね、さすがは孝行息子!」

「ヤだなあ、枚方さんは…僕、そんなに誉められた奴じゃないですよ…」

 京花ちゃんの囃し立てる声を受けて、年若いちょび髭のマスターは、照れ臭そうな表情を浮かべている。

「そうですよ…!この馬鹿息子は、誉められたらすぐに天狗になるんだから、あんまりおだてないで下さいよ…」

 口ではそう言っているけど、マスターを見つめるおばさんの視線には、母としての穏やかな愛情が込められているのは確かだった。

「まあ…小銭を握り締めて酢漬けイカや麩菓子を買いに来てくれた子達が大人になって、大きくなった姿を駄菓子バーに見せに来てくれるのは、本当にありがたいけどね…」

「その中には勿論、私も入っているんでしょ、おばさん!」

 このように問い掛けるマリナちゃんには、クールで凛々しい和歌浦少佐しか知らない人が見たら驚くような、無邪気な笑顔が浮かんでいたの。

 人類防衛機構に所属する以前、普通の小学生として駄菓子を買いに来た時のマリナちゃんは、こんな表情をしていたんだろうね。

「私から見たら、マリナちゃんはまだまだ子供だよ。そんなに大人ぶった口を叩いちゃ駄目だよ…」

「ハハハ…それは何とも手厳しいね、おばさん。」

 軽く肩をすくめると、ジョッキを一気に空にしたマリナちゃんは、マスターにお代わりを所望したの。

 いくら特命遊撃士に任官されて、成人年齢を待たずにお酒が飲めるようになっても、成長を見守ってきた大人からすれば、小さい頃の姿がどこかに見つけられちゃうんだろうね。

「でも、こうして京花ちゃんみたいな友達を連れてきてくれるんだから、ありがたく思っている事は確かだよ。そっちの2人の子達も、マリナちゃんのお友達だね?」

 駄菓子屋のおばさんに視線を向けられた英里奈ちゃんは、細身の肢体をピクンと震わせたんだ。

 自分にとっては初対面の相手だけれど、仲良しな親友の昔馴染み。

 こういう相手って、確かに緊張しちゃうよね。

 英里奈ちゃんのその気持ち、確かに分かるよ。

 もっとも、准佐に過ぎない身上の私としては、身体の震えに合わせて細かく揺れる金色の飾緒が、何とも羨ましかったけれど。

「はっ…は、はい…」

 緊張のせいか、線が細くて上品なソプラノの美声は、震えと吃音が相当に混ざっていて、本来の持ち味を著しく損なっていた。

「あっ、あの…わっ、(わたくし)は、みっ…御子柴高等学校1年A組在籍、生駒…」

 その惨憺たる有り様を見るに見兼ねてか、駄菓子屋の老店主は染みと皺に覆われた手を軽く振って、華族令嬢によるノイズだらけの自己紹介を打ち切らせたんだ。

「ああ…よく知ってるよ、生駒英里奈ちゃんだね。マリナちゃんからは、『英里』って仇名で呼ばれてるんでしょ?」

「は…はい…」

 震える声で応じながら、英里奈ちゃんは小さく会釈した。

 後ろから見つめれば、少女の肩から腰までをほとんど包み隠してしまう程に豊かで長い茶髪が、その動きに合わせて軽く揺れる。

 戦国武将の血脈を継ぐ名家の跡取り娘にして、誉れ高い「防人の乙女」の異名を持つ特命遊撃士。

 物々しい2つの肩書きが不釣り合いな程に、少女の仕草は弱々しい。

「そっちの子は、確か『ちさ』って言ったっけ?」

 噛み砕いた魚肉ソーセージを杏シロップサワーで流し込んだのを見計らって、老店主が私に水を向けた。

「はい!フルネームは『吹田千里(すいたちさと)』って言うんですよ。よく御存知ですね?」

 明るく屈託のない私の応答を見て、老店主は実に満足そうに、何度も繰り返し頷いたんだ。

「そりゃそうよ…ここに来てマリナちゃんが話す事と言えば、いつもお友達の事ばかり。貴女達の事を話す時は、とっても楽しそうな顔をしているから、『大切なお友達なんだろうな…』って想像していたけど、思っていた通りの素敵な子達で安心したわよ。」

「ああっ…かっ、買い被りで御座います…!『素敵な子達』だなんて…千里さんなら()(かく)(わたくし)如きが、そ…そんな…」

 ここまで大袈裟に謙遜しなくたって良いのに。

 英里奈ちゃんって、御自宅では誉められる機会に恵まれなかったみたいだね。

 そりゃ、無闇に子供を誉め過ぎると、増長して「井の中の蛙」になっちゃうかも知れないけれど、英里奈ちゃんがされてきたような、ガミガミと口喧しく欠点をあげつらって長所を少しも誉めない育児方法も、良くないよ。

「ああ…やっぱり、マリナちゃんが言っていた通りの子だね。『いい所のお嬢さんだというのに少しも驕った所のない、謙虚で控え目な性格の子』って話の通りだよ。それに、そっちの『千里ちゃん』って子の事が大好きな、友達想いの優しい子だって事もね。それはとっても良い事なんだから、もう少し堂々としてもいいのよ。」

「は…はいっ!」

 B組のサイドテールコンビからの又聞き情報位しか判断材料がないのに、会って間もない英里奈ちゃんの長所を、こうも的確に見つけられるんだね。

 さすがは駄菓子屋の店先で、やってくる子供達の相手を長い間してきただけの事はあるよね。

 それにしても、駄菓子屋のおばさんの話を聞いていると、マリナちゃんが英里奈ちゃんの事をどのように評価しているのか、そして、その評価を第三者にどう伝えているのかが、手に取るように分かっちゃうね。

「おっ、おばさん…!そういう事は、あんまり言わなくても…」

 マリナちゃんったら、随分な慌てようだね。

 マスターである息子さんが、ドリンクメニューをサービスしに来たのにも気付かないんだから、これは相当なレベルだよ。

「あら、良いじゃないの…?マリナちゃんが日頃から、お友達を大切に思って気にかけている、何よりの証じゃない?」

 おばさんったら、ちっとも悪びれないね。

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[一言] 仲が良き事は良き事だよ( ´∀` )
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