エピローグ第8章 「防人乙女希望進路~生駒英里奈少佐の場合~」
「千里さんは、人類防衛機構に強い誇りと愛着をお持ちなのですね。私の場合ですと、恐らく…特命遊撃士としての条件を満たせなくなれば、人類防衛機構からお暇を頂いて、実家を継ぐ事になりそうです。」
英里奈ちゃんの御実家は、家系図をずっと辿れば、織田信長に仕えた戦国武将の生駒家宗にまで遡る事が出来るんだよ。
そんな由緒正しい名家の長女として生まれた英里奈ちゃんにとって、「家を継ぐ。」という事は、疑問を抱く余地もない決定事項なんだ。
それは英里奈ちゃんが産まれる前から決まっていたようで、私達がとやかく言う事ではないし、また、口出しするのも許されない事だと思うの。
本当の事を言えば、「明治時代ならいざ知らず、元化の御世に『家を継ぐ』なんて、随分とアナクロだな…」って意見はあるんだけどね。
まあ、私達に出来る事があるとすれば、英里奈ちゃんが気分よく御実家を継げるよう、友人として支えてあげる事位かな。
「じゃあさ…もしも、英里奈ちゃんの『サイフォース』が弱体化しなかったら?」
おっ!京花ちゃんったら、なかなか鋭い質問だね。
「はあ、そうですね…その場合は多分、分家に産まれた子を私の養子として引き取らせ、世継ぎに据えるのではないでしょうか?かつて父と母が、私の妹を分家に送り出したように。」
ほんの少しだけ目を伏せた後、英里奈ちゃんは静かに答えたの。
実は英里奈ちゃんには、京都の分家に養女に出された、美里亜ちゃんっていう双子の妹さんがいるんだ。
この京都の親戚のお家というのが、牙城大社っていう有力な神社の宮司さんの家系で、京都でも有数の資産家なんだ。
ただでさえ氏子からの御布施で儲かっているというのに、温泉旅館や料理旅館といった観光産業を展開し、牙城門学園という学校法人までも運営しているんだから、大したもんだよ。
ところがこの分家さん、どうした物やら、女の子に恵まれなかったようで。
どれだけ「次こそは女の子を…」と祈っても、男の子ばっかり、立て続けに産まれちゃったの。
男の子達は温泉旅館や学校法人の跡継ぎにすればいいけれど、大社の大巫女候補である女の子が産まれなくては一大事。
そうして頭を抱える分家の人達に、吉報が舞い込んで来たんだ。
-堺県の本家に、女児の一卵性双生児が誕生した。
要するに、英里奈ちゃんと美里亜ちゃんの事だね。
分家の人達にとって更なる幸運だったのは、本家が運営している鹿鳴館大学は新学部設立を控えていて、まとまった額のお金が必要としていたって事なの。
生駒本家に女児の双子が産まれてから数日後、大道筋で軒を連ねる料亭の一軒で、生駒本家当主と牙城大社の宮司との間で会談が行われたらしいんだ。
会談の詳細は、部外者である私には分からないよ。
しかし、牙城大社から鹿鳴館大学理事会に多額の寄付金が寄せられ、その直後、生駒本家に産まれた双子の次女が、京都の分家に養女として引き取られたという事実から察するに、両者の間に交換条件が成立した事は明白だね。
かくして、双子の姉妹である英里奈ちゃんと美里亜ちゃんは、別々の家で育つ事になったの。
待望の大巫女候補にして本家の血統という事もあって、美里亜ちゃんは分家の人達に充分な愛情を注がれて育てられたみたい。
そのお陰で、金銭絡みの養子縁組という些か複雑な境遇をまるで感じさせない、明るく強気で自信満々な気質の持ち主に成長出来たんだ。
本家の跡取り娘として恥ずかしくないよう、御両親や使用人に厳しく育てられた事が災いして、内気で気弱で自己評価の低い性格になってしまった英里奈ちゃんとは大違いだよ。
「いずれ、美里亜さんが子宝に恵まれたとして、その内の御1人を養子として迎える事が出来れば、割合丸く収まるのではないか。私としては、そう存じ上げるのですが…」
確かに美里亜ちゃんは元々、本家の出身だからね。
オマケに一卵性双生児だから、遺伝子的には英里奈ちゃんと同一人物。
英里奈ちゃんの御両親としても、紛れもない自分の孫を後継者にした方が、納得出来るだろうね。
この章で名前のみが登場した生駒美里亜さんは、外伝編Part6「皐月の茶会 生駒姉妹京洛夢紀行」で正式に登場します。