第20章 「嗚呼、放課後の青春讃歌…守るべき愛しき日々、愛しき友!」
3年前のサイバー恐竜事件解決後に起きた事を、ざっと説明するね。
最重要容疑者である大野博士が死亡した事で、その後の捜査に支障はきたしたものの、河内長野市において暴走したサイバー恐竜は駆逐され、被害は最小限で抑えられたの。
初動段階で大活躍をした私達5人の特命遊撃士と特命機動隊の1分隊は、第2支局の地下にある講堂で、当時の支局長から表彰を受けたんだ。
このうち、ユリカ先輩は適切な指揮を執った功績で、マリナちゃんは一般人の少女と仲間の遊撃士を命懸けで救出した功績で、それぞれ別途表彰を受けたんだけど、講堂にはサプライズゲストが用意されていたんだよね。
そのサプライズゲストというのが、英里奈ちゃん共々マリナちゃんに救出された、あの一般人の女の子だったんだ。
女の子の「遊撃士のお姉さん、ありがとう!」って感謝の言葉と共に、花束を贈呈されたマリナちゃんだけど、「表彰状や金一封よりも、女の子からの感謝の言葉が何よりも嬉しかった。」と、その後しばらく言っていたっけ。
あの時のマリナちゃんの気分は、きっとこんな感じだったんだね。
チラリとマリナちゃんの方を見てみると、マリナちゃんはいつもと変わらない笑みを浮かべていた。
軽く目線を動かしているのは、「私の事はいいから、豊中さんの相手をしてあげなよ。」というアイコンタクトだね。
分かってるよ、マリナちゃん。
「うん…どういたしまして、豊中さん。」
こう言いながら私は、豊中さんの右手を握る手に力を軽く加えたんだ。
私達特命遊撃士は、生体強化ナノマシンで強化改造されているから、握り潰さないように手加減しないとね。
「ところで豊中さん…お礼を伝える場所に、どうして美術室を選んだの?」
「実は私、美術部員なの。美術の授業中に飛び出したという事は、吹田さんは美術の課題を仕上げていないんじゃないかと思ったの。それで、部活中に吹田さんが使用出来るように顧問の先生にお願いしたの。」
なるほど…美術部員である豊中さんなりの感謝の示し方だね。
「助かるよ、豊中さん!美術室の方がやりやすいからね!」
豊中さんと同じように、私も素直に感謝の思いを伝えるよ!
「それにね、すぐに提出だって出来るんだよ!先生、茨木先生!」
豊中さんに促された方を向くと、そこに立っていたのは、私達の美術の授業を受け持っていた、あの年若い美術教師だったの。
「茨木先生はね、美術部の顧問なんだよ。」
豊中さんによる紹介を受けながら、美術教師の茨木先生は、私に向かって静かに歩いてくる。
女子大生の面影を色濃く残した、茨木先生の童顔に浮かぶ笑みは、どうにも不自然なんだよね。
この違和感は私の気のせいかな?
「吹田さん、美術部員の豊中さんを助けて頂き、本当にありがとうございます。それだけでなく、先生への率直な意見をおっしゃって頂き、大変参考になりました。」
意見…?
もしかして、「平和ボケして危機感のない人達だな。」とか、「大人なのに見苦しく狼狽えて、情けないなあ…」とかの、あのくだり?
それに思い至ると、茨木先生の不自然な笑顔の下にある本物の表情が何か分かっちゃったんだよね。
要するに「怒り」だね。
「サイバー恐竜の駆除と捜査への協力に忙殺されているにも関わらず、デッサンの課題を提出しようという吹田さんの熱意に、先生は感銘を受けました。この吹田さんの熱意に、先生は厳正なる目で成績評価をつける事で報いようと考えます。」
「ええ~っ…」
要するに、「辛口評価をするから、生半可なデッサンだと承知しないぞ。」という事だね。手心は加えて貰えないんだ。
「『ええ~っ…』って露骨な反応だね、千里ちゃん。」
「気持ちは分かるけど、滅多な事を言うもんじゃないよ、ちさ。まっ、ちさのそういう正直な所、私は好きだけどね。」
B組のサイドテールコンビが、私の顔を覗き込んでいる。
私って、本音がすぐに出ちゃうんだね。
「やれやれ…難儀な事になったなあ…」
ぼやきなからも私は椅子に腰掛け、おもむろに鉛筆を手に取った。
「そんなに御気を落とされてはいけませんよ、千里さん。私のためにも美しく描いて下さいませ。」
描きかけのデッサンと同じように椅子に腰掛け、膝の上で手を重ねた英里奈ちゃんが、上品な微笑を私に向けてくれる。
「それを言われたら辛いなあ、英里奈ちゃん…」
考えてみれば、もしも私やマリナちゃんがサイバープテラノドンを仕留め損なっていたら、この場に私達は集まっていなかったんだろうね。
そしそうだったら、英里奈ちゃんと豊中さんはサイバープテラノドンに殺されているので、私は英里奈ちゃんをモデルにデッサンをする事もなければ、豊中さんに美術室へ呼ばれる事もない訳で…
そう考えると、美術の茨木先生が厳しく目を光らせている、今のこの状況さえもが、急に愛おしく思えてきちゃったよ。
「やるよ、私は!美しく、可愛く描いてあげるからね、英里奈ちゃん!」
「楽しみにさせて頂きますわ、千里さん。」
構図を決めるために鉛筆をかざした私に、英里奈ちゃんが微笑を投げ掛ける。
「そう!その意気だよ、ちさ!」
「描き上げたら居酒屋が待っているからね、千里ちゃん!」
人をその気にさせるのが上手いよね、マリナちゃん、京花ちゃん。お陰で私の口の中が、もう居酒屋モードになっちゃったよ…
こうして美術室に集まる私達を、窓から差し込むオレンジ色の夕陽が、柔らかく包んでいたんだ。
千里ちゃんの人物デッサンの課題がどうなったかは、第7話「狂信の凶牛怪人 石油コンビナート危機一髪!」の第3章「怪しい都市伝説!暗躍する凶牛人間」において、少し言及されています。