第1章 「堺県立御子柴高等学校、朝の通学風景」
それらのデメリットを補って余りあるのが、一緒に机を並べる一般生徒の子達の存在じゃないかなと、私としては思うんだよね。
人類防衛機構に所属する私達は、ついつい同じ特命遊撃士や特命機動隊の子達とばかりで寄り集まってしまうんだよね。
もっとも、傾向の似た者同士で集まっちゃうのは人間の本能だから、ある程度は仕方ないんだろうけどね。
そのため、人類防衛機構のコミュニティーでの感覚が普通になって、同世代の一般人の感覚とズレてしまう危険性を、常に孕んでいるんだ。
これってよくよく考えてみると、とっても危ない事なんだよね。
私達は、か弱くて善良な一般市民を守るために戦っているのに、その人達の感覚からズレていってしまうなんて。
そう言う私だって、アサルトライフルで捧げ銃をしている特命機動隊の子達に、個人兵装であるレーザーライフルを用いた銃礼で応じて、スクランブル出動要請が来れば個人兵装片手にテロリストやカルト教団相手に死闘を演じる日常を過ごしていたら、段々それが当たり前の事だと思えてきちゃうんだ。
同年代の子達はみんな、私達と同じような日常を過ごしていると錯覚しちゃうんだよね。
だからこそ、そんな私達の日常に、戦闘とは無縁な一般人の子達が混ざってくると、色々な事に気づかされるんだよね。
アサルトライフルやレーザーブレードを携行しない通学風景だってある。
名前の下に、「上等曹長」とか「少佐」といった厳めしい肩書きを付けずに呼び合える青春だってある。
倒した敵の血臭と自分の手に染み着いた硝煙の匂いにすっかり慣れ親しみ、敵とあらば躊躇なく銃のトリガーを引き、容赦なく刃を振り下ろせる私達も、特命遊撃士養成コースに編入となる前までは、こんな感覚を持っていたんだ。
こういう事が再確認出来る点と、守るべき存在を身近に感じる事で、「この子達のためにも、悪の脅威に屈する訳にはいかない!」という具合にモチベーションを高められる点が、私が考える共学校の長所なんだよね。
と言う訳で、堺県立御子柴高校の登下校風景は、一般生徒と人類防衛機構所属メンバーとが入り交じったカラフルな物になっているよ。
その見分け方は、とっても簡単なんだよ。
まず、黒いセーラーカラーと赤いネクタイが印象的な白い遊撃服を着て、黒いミニスカとニーハイソックスを履いているのが、私を始めとする特命遊撃士なの。
次に、紺色のジャケットとミニスカに、黒いタイツを合わせているのが、特命機動隊の曹士。
作戦で出動する時は、この制服の上にボディアーマーやプロテクターを装着してヘルメットを被るんだよ。
最後に、御子柴高校の制服である赤いブレザーとダークブラウンのプリーツタイプのミニスカを着ているのが一般生徒なの。
もっとも、遊撃服と同じ特殊繊維で一般生徒用の制服を特注した個性派な特命遊撃士もいるけど、特命遊撃士は個人兵装を持っているから、一般生徒とは一目で見分けがつくんだよ。
それに、肩にも階級章がついているしね。
青い制服の特命機動隊に、白い遊撃服の特命遊撃士。
そして、赤いブレザーの一般生徒。
まるで、フランスの国旗みたいにカラフルだよね。
もっとも、ここは日本だけど。
まあ、フランスの国旗の三色の意味は自由・平等・博愛だから、私達人類防衛機構の理念とも通じる所は大いにあるけどね。
こうして御子柴高校の朝の通学シーンを見つめながら、何気なく物思いに耽っていた私の思考は、次の瞬間には現実に引き戻されることになるの。
「何か面白い事でもございましたの、千里さん?」
出ました!平等の白!
私と同じく、真っ白な遊撃服に身を包んだ茶髪の女の子が、まじまじと私の顔を覗き込んでくる。
シャギーの入った茶色い前髪の下では、内気で気弱な御嬢様風の幼い美貌が、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「いやね…『うちの高校の通学風景は、実にカラフルだな…』って、改めて思ったんだ、英里奈ちゃん!」
私は黒いツインテールを揺らしながら、茶髪の子に笑いかける。
そう。この癖のない茶髪のロングヘアーと、上品だけれども何処か気弱そうな幼い美貌の特徴的な子こそが、特命遊撃士養成コース時代以来の私の親友である、生駒英里奈ちゃんだ。
私と同じ1年A組で、右肩には佐官の証である金色の飾緒が、左肩には少佐を表す階級章がついている。
准佐である私は、厳密には英里奈ちゃんの部下になるんだ。
ちなみに、英里奈ちゃんが肩から下げている黒革製のショルダーケースに入っているのは、個人兵装であるレーザーランスなの。
私のレーザーライフルもそうなんだけど、大型の個人兵装を選択した子は、どうしても荷物が嵩張ってしまって物々しくなるのが難点だよね。
まあ…今では、もうすっかり慣れちゃったけどね。
「んっ…」
「あら…?」
と、ここで私と英里奈ちゃんは、思わず振り返ったの。
それも、示し合わせたかのように同じタイミングでね。
何しろ、とっても馴染み深い気配がしたもんだから…
「ちさ、そりゃそうだよ。御子柴高は私達と一般生徒の共学方針を取っているからね。まあ、3タイプの制服姿が一同に会するのは、確かに壮観だけどさ。」
私と英里奈ちゃんが振り返った先では、私達と同じ遊撃服に身を包んだ少女が両手を腰に当てて微笑んでいた。
風を受けて重たげに揺れる黒い右サイドテールと、切れ長で釣り上がり気味な赤い瞳の右片方を隠した長い前髪が、少女にクールな印象を付与している。
「マリナさん…」
英里奈ちゃんが黒い右サイドテールの少女に、そう呼び掛けた。
そう。このクールな立ち振舞いが印象的な子は、和歌浦マリナちゃん。
階級は英里奈ちゃんと同じ少佐だから、やっぱり私の上官にあたるんだ。
クラスは1年B組で、出席番号は一番後ろ。
名字が「わ」で始まる人の、生まれ持った宿命だね。
私や英里奈ちゃんと違って、手荷物が通学カバンだけで済んでいるのは、マリナちゃんの個人兵装が大型拳銃で、遊撃服の内側に吊り下げた肩ホルスターに収納しているからなんだ。
「おはよう、英里!ちさ!朝から仲良しだね。」
軽く右手を掲げたマリナちゃんの挨拶に、私と英里奈ちゃんは直ちに応じた。
「おはよう、マリナちゃん!マリナちゃんも元気そうで何よりだよ!」
「御早う御座います、マリナさん。」
挨拶一つ取っても、英里奈ちゃんは礼儀正しくて優雅だよね。
これが奇を衒った物じゃなくて、ごく自然と出てくるんだから、本当に恐れ入るよ。
「あれっ…?マリナちゃん、京花ちゃんとは一緒じゃなかったの?」
「おっしゃる通りですね、千里さん。マリナさん、京花さんはどちらに…」
私の質問に反応した英里奈ちゃんが校門の辺りで立ち止まり、校庭や通学路に視線をさ迷わせる。通学中の生徒達の中に見知った顔を探そうとしているようだけど、その成果は芳しくないようだね。
今、名前だけ出て来た「京花ちゃん」っていうのは、私達3人共通の親友である、枚方京花少佐の事なんだよ。
同じ1年B組のクラスメイトであるマリナちゃんとは特に仲良しで、2人とも南海高野線を利用しているから、いつもは電車に乗る時間を予め合わせて、高校への通学や支局への登庁をしているんだ。
京花ちゃんの御自宅の最寄り駅は百舌鳥八幡駅で、マリナちゃんの御自宅の最寄り駅は三国ヶ丘駅だから、各停に乗れば車内で合流できるね。
「お京とは、途中までは一緒だったんだけどね…」
この「お京」っていうのは、マリナちゃんが京花ちゃんをプライベートで呼ぶ時に使うニックネームなんだ。
マリナちゃんには仲良しの友達をニックネームで呼ぶ習慣があって、そのネーミングセンスは、私の場合が「ちさ」、英里奈ちゃんの場合が「英里」という具合に、下の名前を短くアレンジする傾向にあるよ。
「もしかして、京花ちゃんと喧嘩しちゃったの?」
不安そうに声のトーンを落とした私の問い掛けは、軽く笑ったマリナちゃんに一蹴されちゃったんだ。
「まさか。お京と朝から揉めていたら、さすがに私も、こんな悠長な顔はしていられないよ。もうじき追い付くんじゃないかな…ほら、噂をすれば影だよ。」
マリナちゃんが顎で示した方向に、私と英里奈ちゃんが視線を向ける。