第15章 「我が愛しき、和歌浦の君の肖像」
「そういえば私が飛び出した後、美術の授業はどうなったのかな?特に英里奈ちゃん、モデルをすっぽかしちゃってゴメンね!大丈夫だった?」
私はのっぺらぼうな人物デッサンに思いを馳せながら、3人に問い掛けたの。
話題の切り替えが少し強引だったかな?
だけど今のまま口を滑らせ続けて、憶測混じりの仮説をだだ漏れさせるのも良くないよね。
「それにつきましては御心配なく、千里さん。京花さんと御一緒に、マリナさんをモデルにさせて頂きましたので。」
それを聞いて安心したよ。
下手に気を遣って、私が戻って来るのを待ちぼうけてでもいたら、余計に私が気まずい思いをするからね。
下手な義理立ては、相手に余計なプレッシャーと気まずさを与えるから、気をつけないといけないよね。
「私や英里奈ちゃんだけじゃなく、特命機動隊の子達までがマリナちゃんをモデルにしたがっちゃってね。教室の角でポーズを取ったマリナちゃんを、私達が半円状に取り囲んでデッサンをしたんだよ。」
英里奈ちゃんの後を受けた京花ちゃんが、私が抜けた後の授業の顛末を冗談混じりに語ってくれた。
クールな立ち振舞いから女の子のファンが多いと噂のマリナちゃんだけど、さすがにそこまでは想像しにくいな。
それだと、まるで昔の少女漫画に出てくる「何とかの君」みたいだよ。
御嬢様系の私立女子高を舞台にした漫画だと、時々そういう人が出てくるよね。
地元の図書館のヤングアダルトコーナーに並んでいる漫画文庫で読んだ「イゾルデの学び舎にて」、懐かしいな。
そう言えばマリナちゃんって、つつじ祭の公開射撃演習の時には「和歌浦の君」って呼ばれてたっけ…
「本当?私がいない間にそんな事になっていたの、マリナちゃん?」
「あれには本当に参っちゃったよ…最初は普通に座ったポーズだったのに、お京や機動隊の曹士達の注文に応じてポーズを変えていたら、気付いた時には片膝立ちで個人兵装を構えていたんだからさ。」
ああ、本当だったんだ。
何だか疑ったみたいでゴメンね、京花ちゃん。
まあ、人類防衛機構も、少女漫画の女子校と同様に女所帯だから、そういうムードが生じても無理はないのかも知れないよね。
私の質問に答えながら大型拳銃をホルスターから抜いたマリナちゃんは、「こんな風にね。」と言いながら、その通りのポーズを取って示してくれたんだ。
右手で大型拳銃を横向きに構え、左手は立てた左膝に乗せている。
ピンと張った左の太ももと、右に流した目線が、実に色っぽい。
いかにも銃使いのクールビューティーだね。
「だって、後々残る美術の課題だよ?マリナちゃんだって、カッコよく描いて欲しいでしょ?」
全く悪びれた様子がないね、京花ちゃん。
「えっ?カッコいいのかな、このポーズ?って、英里!そんなに頷くなよ!」
マリナちゃんの視線の先では、腕組みをした英里奈ちゃんが、しきりと首を縦に振っている。
エメラルド色の瞳は軽く閉じられ、長い睫毛が瞼に紫色の影を作っていた。小刻みに頷く度にサラサラと揺れ動く、癖のない茶髪のロングヘアーも美しい。
こっちはこっちで、なかなか絵になるよね。
前述した「イゾルデの学び舎にて」みたいな少女漫画だと、英里奈ちゃんみたいな子が主人公を張るんだよな。
内気で気弱な主人公が、同級生との人間関係に悩みながらも、カッコいい先輩や親友に支えられて、少しずつ精神的に成長していくの。
私達の場合だったら、ユリカ先輩とマリナちゃんが先輩ポジションで、京花ちゃんが快活な親友ポジションかな。
私はきっと、ギャグ顔の友人枠だろうな。
いいよ…どうせ私は三枚目だよ。
「少なくとも、曹士の皆様と京花さん、そして私めが満足する程には。」
「止してくれよ英里…気恥ずかしいじゃないか…」
そうは言いながらも、ノリノリでポーズを再現するあたり、案外マリナちゃん自身も満更ではなく思っているのかもね。
もうそろそろ、そのポーズを崩してもいいと思うよ、マリナちゃん。