第12章 「強襲、サイバープテラノドン!轟け、友情の銃声2発!」
この「サイバー恐竜事件」の、終盤のハイライトシーンというべき出来事が起きた時、私は別の場所に配置されて、警官隊と一緒に民間人の避難誘導をしていたから、直接見てはいないんだよね。
だから、詳しい事情は、当事者からの又聞き情報になってしまうの。
その点を、よく理解して欲しい所だね。
廃墟と化した大野生物学研究所に程近い、河内長野市のとあるニュータウン。
サイバー恐竜によるバイオハザードで避難指定地域に指定されたこの町に、マリナちゃんと英里奈ちゃんは、住民の避難完了確認のために、特命機動隊と警官隊を伴い現れたの。
当初は避難が完了したと思われていたんだけど、小学5年生の女の子が取り残されていたの。サイバー恐竜に怯えた飼い犬を追いかけていたら、大人とはぐれちゃったんだね。
微かな犬の鳴き声を聞き付けた英里奈ちゃんは、廃材置き場で逃げ遅れていた女の子を発見したんだ。サイバー恐竜との戦いを経て、少しは英里奈ちゃんも勇敢になったんだね。
ところがそこで英里奈ちゃんは、少女もろともにサイバープテラノドンの襲撃を受けてしまうの。どうやら、戦闘ヘリや地対空ミサイルの攻撃をかい潜った個体がいたみたいだね。
両手で少女を抱き寄せたのが災いして、英里奈ちゃんは愛用のレーザーランスをすぐには動かせない。さらに始末の悪い事に、この廃材置き場はちょうど警官隊の死角にあったもんだから、誰もすぐには駆け付けられなかったんだよ。
「お父様、お母様、先立つ不孝をどうかお許し下さい…私は今、特命遊撃士としての任務に殉じます…」
英里奈ちゃんが死を覚悟した、まさにその時だった。
「大丈夫か、英里!?」
「マリナさん!」
万事休すと思われた2人の少女と1匹の犬を救ったのは、牽制のためにマリナちゃんが大空目掛けて撃った空砲だった。
一瞬、「よくぞ辿り着いた!」と思ったけど、英里奈ちゃんのスマホに搭載されたGPS情報を辿れば、居所を突き止めるのは簡単な話だよね。
拍手喝采には、まだ早いかな。
「英里、その子についていてやれ!こいつは、私がケリをつける!」
見事に注意を引き付けられたサイバープテラノドンは、マリナちゃんにターゲットを移し、真っ直ぐに降下してくるの。
「私を食べたいのね…?その前に、もっと美味しい物を御馳走してあげるよ!」
女子中学生にしては随分と不敵な笑みを浮かべたマリナちゃんが、愛用する大型拳銃のトリガーに力を加えた。
銃声が轟き、すぐさまサイバープテラノドンの放つ絶叫が木霊した。
「ほら!遠慮しないで、食らいなよ!」
2発目の銃弾が、サイバープテラノドンの頭部に吸い込まれていく。
的確に撃ち込まれた2発のダムダム弾が、サイバープテラノドンの動力機関と脳髄を完膚なきまでに引き裂いて破壊する。
動力機関と脳髄を致命的レベルで破壊されたサイバープテラノドンは、至る所から黒煙を吹き出し、コントロールを失って滅茶苦茶なフライトを始めたんだ。
「遊撃士さん!私、怖いよ!」
飼い犬を探して逃げ遅れてしまった少女は、見苦しく泣き叫び、英里奈ちゃんに思わずしがみついてしまったの。
こんな真似をしたら、英里奈ちゃんの身動きが取れなくなるよね。
危険を回避する可能性を自ら潰しに掛かっている愚行のようだけど、恐慌状態に陥った民間人風情なんて、所詮はこんな物だよね。
まあ、女の子を力ずくで振りほどくのも、最後の手段として考えられるね。
そうすれば、枷のなくなった英里奈ちゃんは自由に行動出来るよね。
でも、生体強化ナノマシンによって身体を遺伝子レベルで改造されている英里奈ちゃんが、全力を出しちゃったら、女の子の身体は致命的に破壊されちゃうんだ。
防人の乙女としては、それはちょっと取れない選択肢だよね。
「その子と一緒に伏せるんだ、英里!」
「心得ました、マリナさん!」
その言葉に従った英里奈ちゃんが見た物は、廃材をロイター板代わりにして、高々と跳躍するマリナちゃんの姿だった。
跳躍するマリナちゃんは、そのまま上昇を続け、フラフラとさ迷うように飛ぶサイバープテラノドンの高度を軽々と追い越した。
次の瞬間、空中で右足が真っ直ぐに伸ばされ、綺麗な飛び蹴りの姿勢を形作り、一直線に落下する。
それはまるで、巨大な白い弾丸のようだった。
「ふんっ!」
マリナちゃんの飛び蹴りが、サイバープテラノドンの背中に突き刺さるように叩き込まれて、サイバープテラノドンが真っ逆さまに墜落する。
英里奈ちゃん達の正面に、静かに美しく、立ち膝の姿勢で着地したマリナちゃんの背後で、サイバープテラノドンが大地に叩きつけられた。
各所に埋め込まれた機械類があちこちでショートし、火花と黒煙を上らせる。
立ち膝になったマリナちゃんが静かに立ち上がった次の瞬間、サイバープテラノドンは大爆発を起こして消滅した。
「風が…熱いね…」
物憂げに呟くマリナちゃんの頬を、爆発の炎が赤々と照らしていた。
その時のマリナちゃんの雄姿を直接拝む事が出来なかったのが、未だに悔やまれちゃうんだよな。
だって、映画館で上映される「ガーディアン特報」の、本人による再現フィルムでさえも、あれだけのカッコよさだよ。
本物はどれだけ凄いんだか。
何しろ、あの後しばらくは、マリナちゃんを見つめる英里奈の視線が、まるで白馬の王子様を見つめるかのような、切ない憧れを帯びた物になっていたからね。
とはいえ、私の大切な親友である英里奈ちゃんを助けてくれたマリナちゃんには、私も深く感謝しているんだよね。
こうして河内長野地区を震撼させた「サイバー恐竜事件」は、新米の特命遊撃士だった私達に、大きな成長を促す初陣としての役目を果たした後、無事に終幕の時を迎えたのだ。