第11章 「青い怒り!枚方京花少尉の激情!」
そんな京花ちゃんの前に、特命機動隊の曹士が運転する武装特捜車の1台が、豪快にタイヤ痕を残して急停車したんだ。
「御無事ですか、枚方京花少尉!」
運転席でハンドルを握った中津麻衣子上級曹長の声が、戦場に木霊する。
「早く乗ってよ!京花ちゃん!」
「えっ!千里ちゃん?」
後部座席の窓から叫ぶ私の声を聞いた京花ちゃんは、一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべて、サイバー恐竜の死体で築かれた山から飛び降りると、開け放たれたドアから伸びる私の手を取った。
「京花ちゃん、1つ聞いてもいいかな?随分怖い顔だけど、何かあったの?」
京花ちゃんが人心地ついたタイミングを見計らって、私は切り出したんだ。
「うん…あのサイバー恐竜達は、大野博士が何もしなければ、冷凍死体や琥珀として博物館に展示される事はあっても、こんな風に暴れなかったよね?」
「え…?」
思いもかけない問い掛けに、一瞬私は答えに詰まってしまった。
「ひどいよね…安らかな眠りを妨害されたかと思えば、人殺しの道具に改造されて、挙げ句の果てに殺されちゃうんだからさ!」
京花ちゃんの口調が、少しずつ激しく、そして感情的になってきたな。
「京花ちゃん、気持ちは分かるよ…でも、あのまま野放しには出来ないよ…」
「分かっている…私達が躊躇したら、沢山の人が犠牲になるって!だから私は許せないんだ!私利私欲で命を弄び、平和に生きる人々の暮らしを破壊する、身勝手な悪党達がね!」
「京花ちゃん…」
正義感が強い京花ちゃんの事だから、大量殺戮兵器開発のために絶滅動物の命を弄んだ大野博士への憤りは、一際激しかったんだろうね。
「もちろん、憎しみの心だけで戦うつもりはないよ。そんなの、特命遊撃士が行う正義の戦いじゃないからね。私達は守るべき物のために戦うんだ。」
少しずつだけれど、京花ちゃんの激情は鎮まりつつある。
京花ちゃんなりの気を鎮めるスイッチワード。
それが、「正義の使者としての特命遊撃士」なんだね。
「ところで、千里ちゃん。これから何処に行くの、私達?」
武装特捜車の後部座席に腰掛けた京花ちゃんは、未だに興奮が鎮まりきっていない様子で私に問い掛けたんだ。
「間もなく到着する支局からの増援に合流するべく、一度集合するんだよ。当初の予想以上に敵の戦力を削る事が出来たみたいだよ、私達。」
「他のみんなは?私、いつの間にかマリナちゃん達と分断されちゃって…!」
戦友の安否を気遣う表情は、いかにも京花ちゃんらしいよね。
サイバー恐竜の死体で築かれた山の頂で仁王立ちしていた時の、鬼気迫る憤怒の顔よりも、よっぽど似合っているよ。
だけど、私としては、普段の明るくて屈託のない笑顔が、京花ちゃんには一番良く似合っていると思うんだよ。
そして何より、そっちの方が好きかな。
「それなら大丈夫だよ。マリナちゃんと曹士さん3人は、南方夢衣里曹長が運転する方の特捜車に搭乗したみたいだし、サイドカーに分乗したユリカ先輩と英里奈ちゃんからも返事があったよ。そんなに気掛かりなら、スマホを見たらいいんじゃないかな?」
私に促された京花ちゃんは、遊撃服の内ポケットからスマホを取り出すと、マリナちゃんのアドレスを呼び出した。
「マリナちゃん、そっちは大丈夫なの?」
『それはこっちの台詞だよ、お京…サイバー恐竜をあらかた射ち殺した所で、ユリ姉からの合流指示に従おうとしたら、お京がいなくなっていたから、本当に焦ったじゃないか…』
スマホ越しに聞こえる、呆れたようなトーンのマリナちゃんが発する声に、京花ちゃんは深い安堵の溜め息を漏らした。
『まあ、サイバー恐竜と戦っている最中だったから、スマホを見られなかったのは仕方ないよね。だけど、1人で何でも背負って突っ走って、その挙げ句に無茶するんじゃないよ、お京。』
「マリナちゃん…」
京花ちゃんの顔から、見る見るうちに険が取れていく。
『正義の使者だって、1人で戦わなければいけない決まりはないだろう?私やユリ姉だっているんだから、頼ってくれて構わないんだよ。あんまり頼りないかも知れないけど、ちさや英里だって、お京の事を大切に思っているんだからさ。』
「ちょっと、『あんまり頼りない』なんてひどいよ!マリナちゃん…」
私は京花ちゃんのスマホを覗き込むと、思わず叫んでしまった。
『あっ、ちさも一緒だったか!すまん、ちさ!別に悪気はなかったんだよ!』
「それは分かっているけどさ…」
いわゆる、言葉の綾と言う奴だね。
よくある話だから、私は気にしないでおくよ。
『その様子から察すると、全員無事そうだね!じゃあ合流ポイントで落ち合おうよ、お京。』
「うん…分かったよ、マリナちゃん。それに、ありがとう。」
こうしてスマホを切った京花ちゃんの表情は、特捜車に乗り込んだ直後からは想像出来ない程に穏やかな物になっていた。
あんまり思い詰めちゃダメだよ、京花ちゃん。
私達が合流した時には、支局からの増援部隊はもちろん、県警本部から出動した機動隊の到着もあって、事態は収束に向かっていたの。
私達の初動対応が身を結んで、敵の戦力を削れたのが大きかったみたいだね。
生き残ったサイバー恐竜の駆除は増援部隊に任せて、新米遊撃士である私達の任務は、警官隊と協力しての市民の避難誘導及び、本隊の取りこぼしたサイバー恐竜の撃破へとスライドしていったの。
要するに、より安全な持ち場に移されたという訳だね。
それにしても、増援として来てくれた特命竜騎隊の強さと勇ましさときたら、本当に格別だったよ。
戦車のような装甲を誇るサイバーアンキロサウルスも、本物の戦車を破壊するべく開発された、装弾筒付翼安定徹甲弾の前にはなす術もなかったね。
戦闘ヘリ「神龍」やVTOL戦闘機「迅雷」の機銃掃射、そして戦闘車両の地対空ミサイルによって、サイバープテラノドンが次々と撃墜されていくよ。
幼いながらに、「あの戦闘ヘリに同乗させて貰って、個人兵装のレーザーライフルで狙撃をしてみたいなあ。」って憧れたなあ…
ドッグファイトの末にサイバー翼竜の後ろを取り、空対空ミサイルを叩き込むジェット戦闘機「旋風」の美しい軌跡も、見逃せないね。
そう言えばユリカ先輩は、特命教導隊御所属の上官殿に指揮権をお譲りすると、そのまま増援部隊に合流して戦闘を続けていらっしゃったみたい。
あの激戦を演じた直後なのに、やるよね。
こうして事態は沈静化しつつあるかと思われたんだけど、この後に今回最大クラスの見せ場があったみたいなんだよね。