第10章 「戦場と化す河内長野地区!華麗に舞え、人類防衛機構の若獅子達よ!」
修羅の巷に一変した河内長野地区を駆け抜ける、1台の武装サイドカー。
その側車に腰を下ろした少女は、血風吹き荒ぶ戦場には似つかわしくない程に美しく、そして可憐だった。
アイドル歌手と見紛うような愛らしい美貌に、目が覚めるように鮮やかなピンク色のポニーテール。
遊撃服の上からでも判別出来るメリハリの利いた美しいプロポーションは、青少年は勿論だけど同年代の少女達も憧れてしまうだろうね。
だが少女が携えている個人兵装は、その愛らしい印象を裏切るかのように禍々しく、そして凶暴だった。
鋭利で巨大な刃を備えた可変式の大鎌は、「ギロチンサイト」という名前に相応しく、罪人の処刑に用いられてもおかしくない剣呑な風格を備えている。
死神を思わせる大鎌を携えた防人乙女。
彼女こそ、明王院ユリカ先輩だ。
「むっ!」
好機来たりとばかりに、ユリカ先輩がサイドカーの側車からサッと立ち上がる。
両手で携えられたギロチンサイトは、刃を陽光に鈍く光らせ、必殺の時を今か今かと待ち構えていた。
「はあっ!」
ユリカ先輩が裂帛の気合いと共に振るったギロチンサイトが、さながら死神の大鎌のようにサイバーパキケファロサウルスの首を刈り取っていく。
首を刈り取られた胴体は、勢いはそのままにコントロールを失い、他のサイバー恐竜と激突して大爆発を起こした。
そうして切断されたサイバーバキケファロの首は、砲弾のように宙を飛び、サイバーステゴサウルスの胴体に命中する。
鋼鉄をも粉砕する強固な頭蓋骨が災いして、サイバーパキケファロの頭部が命中したサイバーステゴの腹部は原型を留めず、間もなく息を引き取った。
どうやらユリカ先輩は、この方法を使って効率的に敵の手駒を減らして来たんだろうね。
首を失ったサイバーパキケファロの残骸と、サイバーパキケファロの生首を直撃されて事切れたサイバー恐竜の残骸が、そこいらにゴロゴロと転がっているよ。
その巧みな鎌の取り扱いを見ていると、「桜色の死神旋風」の異名は伊達じゃないね。
「お見事です、明王院ユリカ准佐…」
「貴女こそ見事な操縦技術ですよ、西中島伊代一曹。お陰様で、1滴の返り血も遊撃服に浴びていませんから。」
感嘆の溜め息を漏らす曹士さんへ、サイドカーに腰を降ろしながら朗らかに笑いかけるユリカ先輩。
決して偉ぶらずに、相手の長所を見つけて伸ばそうとする。
こんな上官に私も早くなりたいよね。
これがもう1台の武装サイドカーだと、将校と下士官における上下関係とパワーバランスが見事なまでに逆転していたんだから、本当に面白いよね。
「生駒少尉、今です!」
「あっ…はい!」
頭部のトサカから超音波攻撃を放とうとするサイバーパラサウロロフスに、武装サイドカーが爆音を上げて肉薄する。
「はあああっ!」
ハンドルを握る江坂芳乃曹長に促された英里奈ちゃんが、サイドカーのシートから立ち上がり、レーザーランスの白熱する先端を突き出した。
「グオオオォォォッ!?」
トサカから脳天にかけた辺りをレーザーランスでぶち抜かれたサイバーパラサウロロフスが、断末魔の凄まじい絶叫を上げる。
そして、血飛沫と脳漿のブレンドされた液体を辺り一面に撒き散らして倒れると、そのまま動かなくなった。
「は…はあ…」
緊張の糸がプッツリと切れたのか、虚脱した英里奈ちゃんが、そのままサイドカーのシートに座り込んでしまったの。
「生駒少尉…ご自分のお力をもっと信じてあげて下さい。」
「え…」
江坂芳乃曹長の声を聞いた英里奈ちゃんが、パッと顔を上げた。
「貴女はお強い…もっと自信をお持ち頂けたら、何も恐れる物はありません。貴女と貴女が愛する者の力を信じてあげて下さい…」
まともに会話をするのはこの日が初めてなはずの英里奈ちゃんの事を、ここまで見抜いていたなんて、さすがは経験豊富な曹長さんだよね。
「はい…江坂芳乃曹長!それでは私、まずは江坂芳乃曹長の御力を信じさせて頂きます!」
笑って頷く英里奈ちゃん。
誉められて悪い気がする人なんて、いないよね。
「これは光栄ですね…それではもう少し付き合って頂きますよ、生駒少尉!」
こう言って軽く微笑んだ江坂曹長は、強く激しくエンジン音を轟かせて、血臭漂う戦場にサイドカーを走らせるのだった。
「撃ち方、始め!」
「はっ!承知しました、御堂朱美准尉!」
大型拳銃とアサルトライフルの銃声が轟き、血に飢えたサイバーラプトルが次々に肉塊となって、そこいらに倒れ伏す。
「好きなだけ相手になってあげるよ、私達が怖くないのならね!」
大型拳銃が右手に伝えてくる重量感に微笑みながら、マリナちゃんが小型のサイバー恐竜を相手に啖呵を切る。
同胞の仇と認識したのか、或いは単なる餌としか認識出来なかったのかは不明だけど、生き残りのサイバーラプトルがマリナちゃんに目掛けて殺到する。
無謀な襲撃者を出迎えた洗礼は、大型拳銃によるヘッドショットと、アサルトライフルの3点バーストだった。
小口径高速弾で黒く穿たれた銃創から、鮮血が勢いよく吹き出していく。
それはまるで、間欠泉のようだった。
鮮血と共に生命までも抜けきってしまったのか、サイバーラプトルは次々と倒れていった。
その死角から凄まじい勢いで迫るのは、鋭利な3本の角を持つサイバートリケラトプスだった。
角から放たれる分子振動波と突進を武器にして、天敵を粉砕しようとしたサイバートリケラトプスは、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべて硬直した。
自慢の角は3本残らず切り落とされ、空しく地面に突き刺さったのだ。
その次の刹那、彼の意識は永遠の闇に閉ざされる事になる。
「はあっ!」
深紅に輝くレーザーブレードの刀身が、サイバートリケラトプスの戦車のように重厚な肉体を、横薙ぎにザックリと両断していたのである。
深紅に輝く光の刃を振るった白い影は、目映い遊撃服を纏った少女の姿を取って向き直った。
揺れる青いサイドテールと、明朗にして快活な童顔は、死臭と血風が立ち込める戦場でも爽やかだった。
「次に斬られたい奴は誰?そう言っても、分からないよね!」
レーザーブレードを両手で持ち直しながら、京花ちゃんは独り言を呟いた。
まあ、仮にサイバー恐竜が人間の言葉を理解出来たとしても、返事は来ないだろうね。何しろ、辺りに転がっているのは、既に命を失った生首と首無し死体しかないんだから。
「可哀想だとは思うよ!人間の都合で眠りを覚まされて、生体兵器に改造されて、挙句の果てにはこうやって殺されちゃうんだから!」
何匹目かのサイバーラプトルの首を切り落とした京花ちゃんの、正義の怒りに満ちた叫びが、戦場に木霊する。
「本当、許せない奴が多すぎるよね…君達の命を弄んだ奴も、君達に人殺しをさせようとした奴もね!」
無数のサイバー恐竜を切り捨てて、その死体で築かれた山の上に立つ京花ちゃんは、随分と鬼気迫る悽愴な表情をしていたな。