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サキ作品集

復活祭の飾り卵

作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)

 バーバラ夫人は、名門の軍人一家に生まれ、当代きっての肝っ玉な女丈夫として知られていた。そして、そんな女丈夫の息子が、隠し立ても出来ぬほどの酷い臆病者だというのは、誰の目から見ても不幸なことであろう。息子のレスター・スラグビイは、魅力的な一面もあれば、良いところも数えるくらいはあるという男だが、勇ましさに限っては欠片も持ち合わせていなかった。

 幼い頃は幼子おさなごにありがちな臆病をわずらい、少年時代になっても少年らしからぬ小心者のままであった。青年になれば理由わけもなく怖がることは無くなったが、その代わりに、深謀に遠慮を重ねてその理由わけを考えるものだから、以前にして色々なことを怖がるようになった。動物を見れば馬鹿正直に怖がり、銃を手にすればビクビクとふるえあがってしまう。英仏海峡を渡る時などは、頭の中で救命胴衣と乗客の数を比べてみなければ、船にも乗れぬという有り様である。馬に乗るにしても、手綱たづなを握るために少なくとも四本、馬の首筋を撫でてなだめすかすためにもう二本と、さながらヒンドゥー教の神のように多くの腕が必要になるだろう。

 そんな息子の目に余る弱点を、もはや見て見ぬふりをすることは出来ぬと、バーバラ夫人は例の如く毅然きぜんとした態度で、目の前の現実に真っ正面から向き合うことにした。ただ、母親として、息子には以前と変わらぬ愛情を注いでいた。


 そんなバーバラ夫人にも趣味と呼べるものがあって、欧州大陸ヨーロッパを旅してまわるのが大好きだった。とりわけ、観光客が大挙して押し寄せて来ることのないような土地を旅するのが好きで、レスターも出来るだけ母親について行った。復活祭イースターの季節になると、夫人はよく、クノバルトハイムという高地の小さな町を訪れていた。中央ヨーロッパの地図の上で、目立たぬように雀斑そばかすを作っている小さな公国がある。クノバルトハイムは、そうした小公国の小さな田舎町タウンシップの一つである。


 バーバラ夫人は、クノバルトハイムの町長ブルゲルマイスターとは昔馴染むかしなじみで、さらに、この小公国を治める大公殿下の御一家とも長年来の浅からぬ付き合いであった。そんな折、町外れの療養施設サナトリウム落成式らくせいしきに大公殿下が直々(じきじき)に出席なさるという話になると、そんな大事な舞台に適任だということで、夫人はあれやこれやと助言を求められることになった。町長殿にしてみれば、その目に映るバーバラ夫人の姿はまさしく一流の名士に違いなかったのである。

 歓迎式典でよくある品や物はすでに手配済みだった。ありきたりで平凡なものも、風変りで面白くて魅力的なものも、全て用意した。あとは、国民が大公殿下に拝謁はいえつするときに、何か目新しく風流ふうりゅうもよおし物でもあれば良い。そこで、この機知に富んだ英国淑女レディならば、きっと妙案を考え出してくれるだろう、というのが町長のはらであった。

 諸外国からすると、大公殿下の印象は少なくとも、木刀でも振り上げるかのように、昨今の進歩主義に正面から立ち向かおうとする時代遅れの頑固者、というものである。しかしながら、公国の民からすれば、親しみの湧く、ある意味、愛らしい威厳に満ちた優しげな老紳士であった。だからこそ、クノバルトハイムの人々は、式典のために出来る限りのことをしたいと心から願っていたのである。

 こぢんまりとした宿舎ホテルで、バーバラ夫人は、レスターや何人かの知り合いと一緒に、此度このたびのことについて意見を交わしていた。しかし、妙案というのは一向に姿を見せてくれないようである。


奥様グネーディゲ・フラウにご提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

 血色の悪そうな、頬骨の高い婦人が、そう尋ねた。その婦人と、英国淑女バーバラとは、何度か言葉を交わしたことがあるくらいの仲で、奥様バーバラの見立てでは、おそらく南スラヴ人だろうということだった。


「歓迎式典について、ご提案したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 少し恥ずかしそうにしながらも、婦人は熱意を持って話を続けた。


「ここに、私どもの赤ん坊がおります。私どもの子でございます。この子に小さな白い外套コートを着せて、小さな翼で飾るのでございます。すると、復活祭イースターの天使みたいでございましょう。そして、この子に、大きくて白いイースター・エッグを運ばせるのでございます。イースター・エッグの中にはかごいっぱいの千鳥チドリの卵を入れましょう。大公殿下は千鳥の卵がたいそうお好きでございますから。そして復活祭の供物のようにして、この子が殿下に卵をプレゼントするのです。昔、シュタイエルマルクで同じような催し物を見たことがありますが、あれはとても可愛らしいものでございましたわ。」


 婦人がしてすすめる復活祭イースターの天使を、バーバラ夫人は疑わしげな眼差しで見つめた。四歳くらいだろうか。明るい髪に白い肌の、無表情な幼児おさなごである。


 昨日、バーバラ夫人は、ホテルでこの夫婦に出会ったとき、気になったことがあった。いや、むしろ疑問に思ったと言うべきだろう。どうしたらこんな浅黒い肌の夫婦から、こんな亜麻あま色の髪の子供が、生まれるというのだろうか。いや、きっと多分、この子は養子なのだろう。とりわけこの夫婦は若くはないようだし……とバーバラ夫人は思った。


「もちろん、奥様グネーディゲ・フラウには、大公殿下の御前までこの子の付き添いをお願いしたいと思っております。」

 婦人はそう言うと、念押しをするように、最後にこう付け加えた。

「大丈夫でございます。この子にはよく言って聞かせておりますので、首尾よく上手うまくやってくれるはずでございます。」


「私たち持てきマス、干鳥ヒトリの卵、ウィーンから新鮮なの来ますデス。」

 なまりのある英語でそう告げるのは、婦人の夫であった。


 小さな子供の方はというと、この名案に乗り気ではない様子で、バーバラ夫人も同様で、レスターに至っては大っぴらに反対していた。だが、この話が町長の耳に入ると、町長は大いに喜んだ。風流な感じと千鳥チドリの卵との組み合わせが、町長がいだくゲルマン人の精神こころに強く響いたのである。

 

 式典当日という大事な日、大公殿下を歓待するために、多くの人々が式典にこぞり集まっていた。そんな中、古めかしい衣装をまとった、まこと可愛かわいらしい復活祭イースターの天使が現れると、お祭騒まつりさわぎの群衆たちの微笑ほほえましい視線が一斉にその天使に向けられるのであった。そんな場面を目の当たりにすれば、世の親は五月蝿うるさく騒ぎ立てるものだが、くだんの天使の母親はというと、そんな様子はなく、慎ましやかな態度で、「イースター・エッグは私が自分で子供に手渡しますわ。大事な品物でございますし、この子にも持ち運び方をしっかりと教えておりますので。」と約束事を述べるだけだった。

 バーバラ夫人が前に歩み始めると、子供の方もノソノソと行進を始めた。向こうで待っている優しげな老紳士に、イースター・エッグを無事にちゃんと届けることが出来たら、ケーキやお菓子を山ほどあげるわ、という約束だったので、小さな天使は厳然たる決意を胸に抱き、夫人の横に並び立っていたのである。レスターもこっそりと「なんか粗相そそうでもしようもんなら、ご褒美にとんでもなく痛い目を見せてやるからな」と幼い天使に忠告していたが、レスターのドイツ語力では、その場しのぎの脅し文句くらいにしかならず、それ以上の効き目があるとは到底思えなかった。ただ、子供というのは気紛きまぐれで、報酬がすぐに得られない取引にはあまり乗り気にはならぬ生き物である。バーバラ夫人は機転を効かせて、万が一にと、甘いチョコレート菓子をふところに忍ばせていた。

 大公殿下の高座に近づくと、夫人は花道の脇の方へそっと身を寄せた。無表情なままの幼子おさなごは、大人たちの好意的なざわめきに後押しされて、ヨチヨチとしつつもしっかりとした足取りで前に進んでいった。

 この天使の両親は、きっと幸せそうな満面の笑みを浮かべていることだろう。そう思い、見物客の最前列にいたレスターは、振り返って群衆の中にいる二人をさがし始めた。その時、駅へと続く細道にまる一台の辻馬車がレスターの目にまった。その辻馬車に、肌の浅黒い一組の男女が、人目につかぬよう大急ぎで飛び乗ろうとしていたのだった。それは、あの「素晴らしい妙案」について至極しごくもっともらしく、熱弁をふるっていた、あの夫婦である。

 その瞬間、臆病者のするどい本能が閃光せんこうの如くきらめき、レスターは全てを悟ったのだった。身体中からだじゅうの血液が、幾千いくせんものせきを切り、うなりを上げてレスターの頭頂あたまに流れ込む。血潮が静脈と動脈を押し広げ、全身を流れる血が、脳という水門で一所ひとところに交わった。まわりはかすみ、何も見えない。けれど、血潮は速波はやなみとなって流れ去り、すっかり血をしぼくした心臓は、まるで空っぽになってしまった。

 無関心になったように気分が落ち着くと、どうすることもできず、ただ黙って幼児おさなごを見つめて立ち尽すしかなかった。幼児おさなごの方はというと、怪しげな荷物を運びながら、ゆっくりと、それも情け容赦の無い足取りで、一歩一歩、羊のように子供を待つ大公殿下の方へと近づいていった。

 レスターは、逃走をはかっていた夫婦の方に目を向ける。連中は乗った辻馬車は駅の方へ向かい、火の如くしていた。


 次の瞬間、その場にいた誰も見たことのないほどに速く、レスターは一目散に駆け出した……だが、逃げ出したのではない。気が動転して謎の衝動にでもてられたのか、はたまたおのれ身体からだに流れる軍人の血がそうさせたのか、レスターはひるむことなく危険に向かって走っていった。ラグビーボールをすくい上げるように、レスターはかがみ込んでイースター・エッグに獅噛しがみついた。つかんだそれをどうするかなど、考えてもいない。それを取り上げることが全てなのだ。しかし、幼児おさなごの方も、あの優しい老紳士に卵をちゃんと手渡せば、ケーキとお菓子が約束されているものだから、叫び声をあげることはなかったものの、義務を果たさんとばかりに、笠貝カサガイのように卵に獅噛しがみついてくるのであった。

 レスターが地面に両膝をついて、ひしとつかまれているイースター・エッグを乱暴にがそうとしていると、ざわめきう見物客の方から、怒号罵声が飛び出してくる。周りには、レスターを問い詰め吊し上げにするべく、観衆たちが輪を成していた。しかし、レスターがる恐怖の言葉を叫び上げると、人は皆、おそおののいて、その場から逃げ出した。

 その言葉は、バーバラ夫人の耳にも届いた。夫人の目に映ったのは、混乱した羊のように、我先にと逃げ出す群衆の姿で、大公殿下を力づくで避難させる付き人の姿だった。そして、がたい恐怖から迫り来る苦痛のせいで、前のめりに倒れ込むレスターの姿を見た。あの向こう見ずな衝動も、今や、幼児おさなごの予期せぬ反抗によって、粉々(こなごな)に打ち砕かれてしまっていた。けれど、平和のためと言わんばかりに、レスターは半狂乱になりながら白繻子サテンで出来た安ピカ物のイースター・エッグに獅噛しがみついていた。すぐそばに迫り来る生命の危機からって逃げ出すことさえできず、レスターは、ただただ声を張り上げ、金切り声を出して、絶叫することしか出来なかった。

 今、目の前で、みっともなく醜態しゅうたいさらしている息子の姿と、さっき勇気に駆り立てられて、雄々(おお)しくも猛々(たけだけ)しく危険に向かって行った息子の姿。心の中でぼんやりと、バーバラ夫人は、その両者を重ねようとしていた。いや、どうにかして重ね合わせようと頑張ってみた。

 ただ立ち尽くして、夫人二つの影がもつれ合うのを見ていた。辛抱強しんぼうづよく抵抗を続ける乳飲ちのみ子の、木偶でくごと強情ごうじょうな顔、強張こわばった身体からだ。そして、ほとんどたいで、覇気も無く、恐怖で悲鳴を押し殺している小さな息子の姿。だが、それもほんの一瞬のことにすぎない。頭上では、祝祭日の長い吹き流しが、の光の中できらめきながら、ヒラヒラとはためいている。その光景は、バーバラ夫人にとって、決して忘れられないものとなった。というのも、それが、夫人の目に映った最後の景色だったからだ。


 ×××


 顔には火傷やけどあとが残り、目は光を失ったものの、バーバラ夫人は昔と変わらず当代きっての肝っ玉な女丈夫のままだった。けれど、復活祭イースターの季節になると、夫人の友達は、子供達の好きなあの復活祭の象徴(イースター・エッグ)の話を、些細ささいなことでも夫人の耳に入れないようにとつかうのである。

原著:「The Chronicles of Clovis」(1911)所収「The Easter Egg」

原著者:Saki (Hector Hugh Munro, 1870-1916)

(Sakiの著作権保護期間が既に満了していることをここに書き添えておきます。)

翻訳者:着地した鶏

底本:「The Complete Saki」(1998, Penguin Classics)所収「The Easter Egg」

初訳公開:2017年8月29日


【翻訳者のあとがき】

「The Easter Egg」について、いくつか余談じみたものを書いてみる(読み飛ばし推奨)。


1.「既訳本について」

 サキの短編「The Easter Egg」は、1911年刊行の短編集「The Chronicles of Clovis」に収録されている。「The Chronicles of Clovis」の奥付によると、初掲載は英国の新聞紙「Westminster Gazette」であるそうだ。

 この短編はこれまでも多く翻訳されており、「丘の上の音楽・宿命の犬」(英宝社、1958)に収録されている「復活祭の飾り卵」を初めとして、「イースター・エッグ」(サキ選集、創土社、1969)や「イースターの卵」(サキ傑作集、岩波文庫、1981)、「イースターの卵」(ベスト・オブ・サキ II、サンリオSF文庫、1982)、「イースターエッグ」(クローヴィス物語、白水Uブックス、2015)などの既訳がある。

私の手元には岩波文庫のものと、ちくま文庫版(サンリオSF文庫を再編)、白水Uブックス版の三種の訳本があるが、いずれも読みやすく良い翻訳だと思うので、拙訳がお気に召さないときは、これらの優れた既訳で口直しをして頂きたいと思う。


2.「翻訳文について」

 「The Easter Egg」を翻訳するにあたって、固有名詞の訳出について一点ほど気になったことがあったので、覚え書きとしてここに書き留める。


 本書の舞台はヨーロッパの小さな公国の田舎町「Knobaltheim」である。もちろん架空の都市であるが、町長がブルゲルマイスター(Burgomaster)といったドイツ・オーストリア圏の役職で呼ばれていて、レスターが子供を独語で脅しつけているのを見ると、独語圏の国と考えて差し支えはないだろう。ちなみに、河田智雄や中西秀男、和爾桃子らは上述の既約本の中で、この「Knobaltheim」という語を「ノバルトハイム」と訳している。一方で、私は、独語に黙字のKが原則存在しないことを考慮して、今回の翻訳では語頭の「K」を発音した上で「クノバルトハイム」と音写してみた。ノバルトハイムと比して幾分座りの悪さがあるが、これもまた一興だろう。


 ちなみに作中に出てくるシュタイエルマルク(独:Steiermark、英:Styriaスティリア)は、オーストリア=ハンガリー帝国の墺国帝冠領ツィスライタニエンを構成する一領邦シュタイエルマルク公爵領のことである(現在はオーストリアのシュタイエルマルク州)。


3.「余談、もとい、いつもの深読み」

 「サキの作品の本質はスラヴ諸国をはじめとした東欧の国々であり、ブリテン島はサキの根幹であっても、その作品の本質や起原ではない」と私が常日頃から至る処で言及しているように、この作品もまた、サキが得意とした東欧の地域を舞台にしている。世の人はサキを指して「エドワーディアン時代の英国作家である」などと物識ものしり顔で語るが、それは七割くらい誤りで、サキを構成する主たるものは、海外特派員時代(あるいは大学卒業後の父との旅行時代)にヨーロッパ各地を巡って知り得た現地の情勢や情景だと、思っている。登場人物の名や作中のたとえ話で、それは顕著である。サキは、現地で見た欧州的混沌を英国式上流階級というドレスで着飾って、国籍不明な短編を紡ぎ上げている。同時代のA・A・ミルンがサキを「コスモポリタン」と評しているが、まさにサキの評価はこの一語に尽きる。


 話を戻そう。「The Death-Trap」や「The Karl-Ludwig’s Window」と同じく、本作の舞台はゲルマンとスラヴがせめぎ合う東欧州の小公国である。作中に登場する浅黒い肌の婦人は、南スラヴ人らしいのだが、この「南スラヴ」とは具体的にどの辺りかというと、バルカン半島の北部に位置する国、つまりセルビアやボスニア、モンテネグロ、クロアチアなどの国々を指す。当時、バルカン諸国は、東にロマノフ朝ロシア帝国、西にハプスブルク朝オーストリア=ハンガリー帝国、南にオスマン朝トルコ帝国という風に大国に囲まれており、バルカン諸国は長きに渡ってこの三国の支配下や影響下に置かれていた。

 19世紀、トルコ帝国が弱体化し始めると、オーストリア=ハンガリー帝国がバルカン諸国を支配下に置きはじめ、これに反発したロシア帝国が汎スラヴ主義を掲げて、南スラヴ人国家のナショナリズムに火をつけた。一方、トルコとオーストリアの両帝国からの独立を獲得していたセルビア王国においても1903年6月に親オーストリア派の若き国王が、大セルビア主義を掲げるセルビア軍将校の手によって暗殺されるといった事件が起きた(セルビアの五月政変)。

 ヨーロッパの火薬庫と呼ばれるバルカン半島は、19世紀から20世紀にかけて政治的にも民族的にも混沌とした状況にあって、まさしく一触即発の情勢であったのだろう。当時、英モーニングポスト紙の特派員であった、ヘクター・ヒュー・マンローがそういった現地の空気を経験し、小説家サキとして「The Easter Egg」を書き上げた、というのは想像に難くない。それほどまでに、南スラヴの民族主義者の手による国家転覆事件というものは、いつ起きても不思議ではなかった。現に「The Easter Egg」が発表されてから数年後の1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国領の共同統治国ボスニア・ヘルツェゴヴィナのサライェヴォにて、オーストリア=エステ大公フランツ・フェルディナント・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲンが、大セルビア主義を掲げる秘密組織「黒手組ツルナ・ルカ」のセルビア人青年ガヴリロ・プリンツィプの凶弾に倒れるという事件が起きている。これが後に第一次世界大戦の原因として世界史に記されることになるサライェヴォ事件である。

 もちろん発表年からみても、サライェヴォ事件と「The Easter Egg」の間には何の関係もないことは明らかだが、興味深いことに両者は「南スラヴ人の活動家によるゲルマン君主の暗殺」という点で構図を同じくしている。これは偶然か必然か、はたまた予言書であったのかは今や知る由もないが、サキが描く作品の血生臭いまでのリアリティを説明するのに十分なエピソードだと、個人的には思っている。


 作品そのものの感想については控えさせてもらう。翻訳文が私以上に多くを語ってくれるだろうから。


2017年8月26日 着地した鶏、記す。

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