ナンバーワン人気教師
女性と手を繋いで駅まで送る行為は、不倫になるのだろうか。
子どもの頃から、いつも自分のことは二の次で後回しだった。そう強いられてきたのに慣れてしまっていた。俺が自分のことを一番に考えることができるようになったのは、侑紀のおかげだ。
◯
「つねちゃんとまたこうして前みたいに話せてるの、夢みたい」
「そうだね」
でも、漂う雰囲気は昔と決して同じじゃない。
十一月の夜風は冷たいけれど、左の手のひらだけは、愛する人の熱であたたかかった。
「わたし、思いきって教室に通いはじめてよかった」
「何で?」
「先生はつねちゃんがよかったけど、並木先生も優しいし、何より、」
ーー俺に会えるから、と言ってほしい。
「やっぱりピアノがだんだん弾けるようになるから」
「......うん」
「だってピアノに触ってるとき、安心するんだ。つねちゃんとの繋がりは切れてないんだって。つねちゃんにピアノを教えてもらった幸せな思い出はまだ終わってないって、続きがあるって思えるから」
そういう健気なところも、好きだ。
九才のとき、近所に越してきた少年として五才の侑紀と出会った。
俺は子どもから大人になるにつれて、だんだん侑紀に対して好意を持つようになった。
唐西莉乃はもう、俺のことは愛してない。勤め先の男と関係を持ってることは知ってる。莉乃が竜斗を腹に宿したとき、俺は彼女と籍を入れることを決めた。
けれど、竜斗に対する罪悪感はある。父親と母親同士なのに、愛し合ってない。幸せな家庭じゃないのかもしれない。
でも、だけど。
「俺も、瀧田音楽教室を選んで良かった」
「ふふ、今さら言うの?何で?」
就活中、数ある音楽教室の中で俺が瀧田を就職先に選んだ理由はたったひとつで、至極単純だ。
侑紀の今住んでるアパートから最も近い大きな音楽教室が、瀧田だった。
「やっと侑紀が来てくれたから」
莉乃も、竜斗のことも、今は頭のすみに置かせてほしい。
もう、この子しか見えない。