第九話
私室に戻るための渡り廊下を歩いていると、外の通路沿いに人の塊が見えました。
一部通行を塞ぎ、皆何かの登場を待っているようです。
テーマパークでイベントが始まる前に似てるなあ。
……嫌な予感がします。
「お姫様のご出発~ってか?」
リンちゃんがからかうような視線を私に向けながら言いました。
私もそう思いますが、私に言われても知りません。
「先に行くぞ」
「あ、うん。私も行く!」
全く気にする様子の無いオリオンは、足を止めることなく進んで行きました。
急いで追いかけようとしていると『わーっ』という大きな歓声が聞こえました。
その音につい反応してしまいそちらを見ると、想像していた人物達が姿を現しました。
見なければ良かった、そう思いました。
栗毛の馬に乗ったセイロンと黒馬に乗った例の逞しい保護者が先頭を行き、その後ろを白馬に乗ったアークがいるのですが……その腕の中には、白のベースに蒼の装飾が施されたドレスを着た灰原さんがいました。
シンプルですが上品で優雅なドレスです。
髪も綺麗に結い上げられ、金の髪飾りがついていてまるで『聖女様』。
勇者と聖女の旅立ちパレードと言ったところでしょうか。
見送る人達は興奮していて、皆嬉しそうに声援を送っています。
その中で私はあえて冷静にツッコミたいです。
『何故馬に乗る、歩けよ』と。
普段は馬は通らない人が歩くだけの通路を、わざわざ馬に乗る必要があるのでしょうか。
赤絨毯まで敷いて!
格好をつけたいだけじゃないですか!
灰原さんなんてあんな綺麗な服を着せて貰って……羨ましくなんかないです!
絶対羨ましく何てないんですからあぁうわあぁあぁん!
「ドレス……キレイ……ワタシ……ツライ……」
これ以上見ていても、気分が悪くなるだけです。
立ち去ろうとしていると灰原さんと目が合いました。
距離があるので顔がなんとか分かるくらいですが、目が合っていることは分かりました。
あの嫌らしい笑みを浮かべるかと思いましたが、人の目があるからか表情は変わりませんでした。
その代わりに少し振り返ってアークに何か呟くと、彼がこちらを見て顔を顰めていました。
……なんですか、戦争でもしますか?
嘘ですけどね、私は平和主義者です。
争いは好みません。
灰原さんと不愉快な仲間達なんて眼中にないのです、しっし!
「オリオン、リンちゃんリコちゃん、待って~」
私には助けてくれる人がいるのです。
一人ではありません。
だから大丈夫です。
頑張れます。
※※※
私室に戻ってきました。
『何か喉を潤すものを、出来れば珈琲か紅茶など……』とリクエストしたのですが、水と何か臭い汁が出てきたので透明な方を取りました。
味が無いって素晴らしくて涙が出ちゃう。
「じゃあ、戦闘について……まずは『魔法』だな」
「はい! その前に私のお名前発表タイムにします!」
名前がないとやはり不便です。
早く決めないと、リンちゃんには胸を抉る二文字で呼ばれることが固定してしまいそうですし。
『ドロロロ……』とドラムロールを自分の口で言って演出したのですが、『さっさと言え』とリンちゃんに怒られてしまったので少し凹みながらの発表です。
「『ステラ』ですっ!」
「似合わない」
「似合わねえ」
オリオンとリンちゃんの声が重なりました。
二人でハモらないでよ!
「ぶう!」
「ブヒブヒ鳴くんじゃねえよ」
「鳴いてない!」
拗ねただけなのに、酷いです!
それに即否定なんてあんまりです。
「ステラでいくの!」
「はいはい」
リンちゃんが興味なさげに返事をしました。
オリオンに至っては、この話に興味が無くなったのか余所を見ています。
のしかかっていいですか?
「素敵ですよ。ステラ様」
「リコちゃん!」
可愛らしい顔で、にっこりと微笑んでくれたリコちゃんが天使に見えました。
やっぱり一番の理解者はリコちゃんです。
鬼軍曹モードの時は別人格だと思っているので、日常モードのリコちゃんが私の救いです!
「じゃあ、ステラ」
「はい!」
オリオンに呼ばれ、嬉しくて元気いっぱい返事をしました。
呆れたように、でも優しく笑っているオリオンが話を始めると仕切り直し、私は姿勢を正しました。
「お前の世界には魔法はないんだろう?」
「ないよ。お話で……御伽噺みたいな、現実ではないものとしては、ある」
「じゃあ、まずは魔法の原理を説明しよう。魔法とは、身体に刻んだ『印』に魔力を送ることで発動する。まあ、言葉で言うより見た方が早いな。これが印だ」
そう言ってオリオンは、左手の甲を見せました。
そこには不思議な図形の入れ墨がありました。
図形というか、象形文字のようなものを組み合わせたような……?
「これが印、水系の魔法を使える『水渦の印』というものだ。使ってみるぞ」
「うん!」
ワクワクしながら待っていると、すぐに私やリンちゃん、リコちゃんの周りが仄かに青く光りました。
暖かくて優しい光でとても安心します。
でも、『轟け我が左手に宿りし力よ!』みたいなのはないのですね。
少々がっかりです。
「これは水渦の印の一番簡単な魔法だ。身近にいる者の体力が回復する」
「へえ! ……そう言えば、リンちゃんも回復してくれたよね?」
「ボクのは風鎌の印だけどな」
そう言うと、前髪をめくっておでこを見せてくれました。
そこにはオリオンのものとは違う入れ墨がありました。
「おでこにあるんだ!」
「適正箇所がここだったからな」
「適正箇所?」
「印を刻めるのは七カ所。額、胸の左右、腕の左右、手の甲左右だ。だが人によって、印を刻める場所が違うんだ。印に適性がある箇所でないと刻めない。まあ、体質のようなものかな。中には全く無い人もいる。一般的には一人二カ所程度といったところだ」
「オリオンはいくつ?」
「俺は七カ所だ。どこでもつけることが出来る」
「フルコンプじゃないですか! 凄い!」
「そのすぐに何でも『凄い』というのをやめろ」
だって凄いと思ったんだもん。
オリオンだって少し得意げに言っていた気がしましたよ?
「二人はいくつあるの?」
「「秘密」」
流石双子、見事にハモりました。
乙女の秘密なのですね。
「お前の適正を見に『印屋』に行くか」
「『印屋?』」
「ああ。魔法屋ともいう。適正箇所を見てくれる。あと印の売買や着け外しをする所だ」
印は『印師』と呼ばれる人達が取り扱うそうです。
買うのはもちろん、着け外しにもお金がかかるとか
お金はミラさんから資金を頂いているので心配ありません。
リコちゃんにお留守番を頼み、早速印屋へと出掛けました。