第八話
今日も氷水で朝の洗顔をしているとミラさんが訪ねてきました。
昨日の話の確認です。
灰原さんは早くも今日から世界ツアーに出るそうです。
それは良い、早く行ってくれたまえ、しっし!
私はもう一度、自分には行く意思がないことを伝えました。
それは『使命を全うするためだ』と自分の想いを説明すると、了承してくれました。
灰原さん出発のための準備が忙しいようで、早々にミラさんは去って行きましたが、朝から素敵なプロポーションを見ることが出来て大変眼福でした。
ありがとうございました!
「さて、私も頑張らなきゃね」
今日もダブル鬼軍曹にこってり絞って貰います。
リコちゃんが用意してくれた、朝食の何か臭い汁を心を無にして胃に流し込みました。
部屋を出るとお城の中はバタバタと騒々しく、落ち着かない様子でした。
灰原さんの出発が影響しているようです。
私には関係ありません。
お城の人も誰一人私達を気に掛けません。
「私は私の出来ることを頑張る!」
気合いを入れるとジョギングに出掛けました。
ジョギングです。
リンちゃんは確かに『ジョギング』だと言いました。
でも、辿り着いたのは昨日と同じ練習場で……。
「おらー! さっきより遅くなってるぞ! 死ぬ気で走れ!」
「必死の全力疾走はジョギングとは言わないんだからああああ!」
「朝の覚醒ドリンクをお持ちしました。早くゴールしてくださいね」
「!? ゴールしたくない!」
走るのが辛い、でも止まるのも怖い。
進むのも地獄、戻るのも地獄、そんな感じです!
誰か助けて!
「おい。取りあえずそれくらいにしておけ。これから、昨日出来なかった話をするから、頭を使える状態に留めておいてくれ」
走っていたところにオリオンが現れました。
生暖かい視線を私に向けていますが、助け舟を出してくれたようです。
「ちっ。仕方がないな」
でも、出来ればもう少し早くそのお船を出して欲しかったです……。
「オリオン」
オリオンを呼ぶ声、後方から現れたのはアークでした。
日の光を浴びて颯爽と歩く姿は凛々しく、相変わらず麗しい騎士様です。
見た目だけは素晴らしいです、見た目だけは!
アークの姿が視界に入った瞬間、私の表情は旅立ちました。『無』です。
能面のような顔になっているはずです。
食べ物も人も好き嫌いは良くないけれど、駄目なものは駄目です。
やっぱり毛嫌いしてしまいます。
向こうも私のことを毛嫌いしているのでしょう。
澄ました視線をちらりと寄越すと、オリオンの元へと行きました。
「我々はこれから、ルナ姫を各所にお連れする旅に出るが……お前は本当にいいのか」
「ああ。こいつだって女神の使者だ。誰かはついてやらないとな」
オリオンは一緒に旅立たなくて良いのかと確認に来たようです。
私の目の前で引き抜きですか!
鬼ですね!
オリオンの言葉を聞くと、アークは顔を顰めて再びこちらに視線を寄越しました。
「使命を放棄し、メイドと遊んでいるような奴がか?」
「遊んでる!?」
私は耳を疑いました。
「私は命を削って生きようとしているのよ!」
今の私は瀕死です。
ブートキャンプが始まってからは常に死の瀬戸際です!
終わることの無い、エンドレス・デッドオアアライブなのです!
「いいんだな?」
「しつこいぞ」
「無視しないで!」
私の魂の叫びをスルーするなんて許せません。
オリオンもひどいです!
私のことなど眼中に無いようで、二人は顔を顰めて見つめ合っています。
少しすると、アークが根負けしたのか視線を逸らして去って行きました。
塩を撒きたいです。
「さっすが騎士の筆頭様、キラキラ度が違うねえ」
アークの姿が消えると、リンちゃんが呟きました。
そういえば、値踏みするような視線をアークに向けていましたが……。
「リンちゃんはああいうのがタイプなの?」
「はあ!?」
「……くっ」
リンちゃんは目を見開いて驚きの声を上げました。
そしてオリオンは何故かこっそりと笑っています。
隠せていないけど。
肩も震えています。
「? そんなにウケること? はっ、まさか元彼とか!」
「はあ!?」
意味の分からない笑いには何か理由があるはずです!
オリオンはリンちゃんのことを知っていたようだし、昔のいざこざを知っているのかもしれません。
キラキラ白騎士にツンデレ美少女メイド、素敵な組み合わせです。
「なんで男なんかと……お前……死にたいのか?」
「なんで!?」
ブツブツと何か呟きながら胸倉を掴まれました。
『死にたいのか?』だけハッキリと言うのはやめてください!
「ははっ!」
オリオンは隠すのを止めたのか声を出して笑っているし……。
なんなのでしょう、この反応。
何があったのか気になります!
「遊んでないで行くか」
笑いの虫が治まったのか、涼しい顔に戻ったオリオンが呟きました。
命の危機を感じているこの状況が遊んでいるですって!?
「遊んでないもん!」
やっぱり、私の環境は過酷です。
今日も生き残らなければ!
エンドレス・デッドオアアライブ!