第七話
『ホーホー』という梟かミミズクのような鳥の鳴き声で目を覚ましました。
ハードな運動と食事メニューをこなして疲れていた私は、ベッドに倒れた瞬間に眠っていたようです。
部屋には私一人、リンちゃんとリコちゃんの姿もありません。
窓の外を見ると、月が綺麗に夜空を照らしていました。
「身体が痛い……」
全身が筋肉痛です。
この痛みも魔法で取ることは出来るそうなのですが、魔法に頼らず自然に乗り切った方が筋力がつくと言われ、そのままにしています。
苦しいですが、どこか心地よい痛みでもあります。
このペースで行くと、すぐに人並みの早さで動けるようになれそうです。
そう思うと嬉しくなってきました。
部屋の中にいるのが退屈だし、夜風に当たりたくて少し外を散歩することにしました。
城の中には幾つか庭園があります。
私がいる離れの近くにも小さな庭があります。
あまりうろうろ出歩いていると叱られてしまうかもしれないので、そこで星を見ることにしました。
昼間にみつけたその庭は、日本のしだれ桜によく似た木がに囲まれた和の香りがする素敵な場所でした。
ベンチが一つぽつんとあったのですが、そこに座って夜空を眺めると綺麗だろうな。
「……あれ?」
こんな夜中には人はいないはずできっと貸し切りだ、そう思っていたのですが……。
「……誰かいます?」
目的地にしていたベンチに、人影が見えました。
白い人影ですで…………透けてる!?
「ゆ、幽霊だあ!」
ど、どどどどどうしよう!
向こうが透けて見えています!
絶対幽霊です、異世界幽霊です!
「うるさい」
「!?」
幽霊が喋りました、半透明なのに喋りました!
私はいつの間に霊と対話出来る能力を手に入れたのでしょう?
霊感なんてものは無かったはずです。
もしかして、灰原さんの身体が霊感を持っているとか!?
ベンチに座っていた幽霊がゆっくりと立ち上がり、こちらを見ました。
「……!」
私は思わず息を呑みました。
こちらを圧倒するような空気を纏っているのに繊細さも感じます。
儚くも凜とした強さを放っている異次元レベルの美人さんでした。
白のシャツに白のズボン、真っ直ぐで長い白い髪を後ろで編んで垂らしています。
あ……耳の上から曲線を描いた黒い角? が生えています。
鬼、なのでしょうか。
瞳だけが蒼白く輝いていました。
男性なのか女性なのか分かり辛いですが……印象で言うと恐らく男性でしょうか。
やっぱり女性?
うーん……背は低くはないし、男の人かなあ。
不躾ながら胸を見ましたが……ありません。
平地です。
でも、ない女性も居るし……いや、でも多分男性です。
「……」
白い美人幽霊は、顔を顰めて私を見ていました。
胸を見ていたのがバレた!?
「あ、煩くてすみませんでしたっ!」
誤魔化すように謝ると、纏っていた空気が少し柔らかくなりました。
良かった……綺麗だけれど実は悪霊で、取り憑かれたり祟られたりしたらどうしようかと思いました。
こんなところで何をしているのでしょう。
もしや……ここが亡くなった場所、とか?
「ここで何をされているですか? ここに未練があるとか?」
私が恐る恐る質問すると、白美人はころんと首を横に傾げました。
……可愛いです。
可愛すぎて吃驚しました。
きっと悪い地縛霊ではないです!
こんなに綺麗で美人で可愛らしい人が悪霊なわけありません。
それに圧倒されるただ者じゃ無い感はありますが、悪い雰囲気は全くしません。
「成仏できるよう、私にお手伝い出来ることはありますか?」
今は悪霊化して居なくても、霊は「長い間この世に留まっていると自我を失うと何かの漫画で読みました。
角は悪霊化が始まった証なのかも!?
大変です。
こんな美人さんが、醜くなってしまうところを見たくはありません!
「うるさいなあ」
「!? ごめんなさい!」
『余計なお世話をしてしまった、またやらかしてしまった!』と思い、焦ったのですが……。
美人幽霊さんを見ると笑っていました。
どうやら怒ってはいないようです。
良かった!
「君、名前は?」
「あー……考え中なんです」
オリオンやリンちゃんに『名前がないと不便だ』と言われ、本名や灰原さんの名前以外のものを考えていたのですが良い案が浮かびません。
「ステラ」
「はい?」
「ステラが良い」
それはもしかして、私の名前の案を出してくれているのでしょうか。
「君の目は星のようだ」
「へ? ……ええええええ!?」
こちらの世界に来て、そんな心ときめく言葉を貰ったのは初めてです!
いえ、向こうの世界でもありませんでした。
ステラ……「星」!
良い……凄く良い……私の本名は瑠奈で「月」だし、素晴らしいです!
私の胸のど真ん中、ストライクです!
「素敵です! ステラにします! 今日から私はステラです!」
「気に入った?」
「はい!」
「……君にとって『星』は良いものなんだね」
「?」
どういうことでしょう。
星に善し悪しがあるのでしょうか。
もしかして……良い意味で言ったということでは無かったのでしょうか。
「星の輝きって揺らめいて見えないかい? 確かに輝いているけれど、今にも消えそうだ」
「え……?」
それは……私の目もそういう風に見えたということ?
「それに……知っているかい? あの輝いている星の中には、既に滅びている星もあるのだよ」
美人が星を眺めながら零しました。
私もつられるように星を見上げます。
「それは知っています。遠すぎて、光が届くには時間がかかり過ぎて――。こうやって私達の目に光が届いたときにはもう、その星は光を発していないかもしれない。……ってことですよね」
「ああ。……失っているのに輝いているなんて、虚しいよね」
確かに。
こうやって夜空を眺めていても、滅んでいる星の光だと思うとせつないです。
「君の光は……どうだろうな」
私の目をジッと見ています。
幽霊とは言え、美人に見つめられると照れてしまいます。
でも目は逸らしてはいけないような気がして、私も美人幽霊の蒼い目を見つめました。
「私は……輝いていたいです。私は生きているし、これからいくらでもピカピカに出来ると思うんです」
蒼い目は私を捕らえたままですが、私は夜空を見上げました。
……綺麗だな。
「小さな光でも頼りない光でもいいから、精一杯輝いていたいです。それに……生きている間にいっぱい輝いたら、消えた後も沢山の光を届けられるかもしれません。この夜空の滅んだ星も、精一杯輝いたことをこうやって私達が見ているのだから、虚しいばかりでもないと思うんです」
星の話を今の自分の境遇に重ねて考えてしまいました。
どんなに頑張っても、もしかしたら帰れないかもしれない。
元の身体に戻れないかもしれない。
でも……。
例え戻れなくても、帰れなくても頑張ることは無駄じゃ無いはず。
いえ……駄目だったときのことを考えるのもやめましょう。
駄目だったら、駄目だった時に考えればいいのです。
「……ステラ」
「はい?」
考え込んでしまっていた私を、美人幽霊はまだ見守っていたようでした。
微かに微笑むと、幽霊さんの手がこちらに伸びて来て……。
私の額に手を当てました。
美人に触れられるとドキドキしてしまいます。
何かついていたのでしょうか?
どうしていいか分からず大人しくしていると、じわじわと額が暖かくなってきました。
何かしている……?
そう思った瞬間、『呪い』という言葉を思い出しました。
この世界には呪いがあって、実際に私は呪われています。
「!!」
慌てて手を振り払ったのですが……。
「……あれ? いない?」
美人幽霊はいつの間にか姿を消していました。
額の熱も消えていました。
なんだったのでしょう。
触ってみましたが、特になんともありません。
というか、『消えた』ということは本当に幽霊だったのですね。
怖いとは全く思いませんでした。
むしろ素敵な出会いでした。
……それにしても、まさか幽霊から名前を頂くとは思いませんでした。
「今日から私は『ステラ』。うふふふ」
自分では思い浮かばなかった名前だと思います。
月に負けないよう、星は頑張ります!
そういえば幽霊さんの名前を聞けば良かったなあ。
明日の夜もここに来れば会えるのでしょうか。