第三十話
「黒い……石?」
巡礼者が全体的に黒いのでとても見えにくいですが、確かに『石』です。
瞬きをしたら見失いそう……と思いきや、一度分ければ不思議とはっきり見えるようになりました。
ローブの襟で隠れても分かるようになったので、アルが助けてくれているのかもしれません。
石はピンポン球くらいの大きさで、その上には、四色『赤・青・緑・黄』が『斑に混じった膜』のようなものが掛かっているようですが……。
どうやらこれは、アルが表示して見せてくれているようです。
もしかして……弱点属性?
その証拠に巡礼者の全体は、今リンちゃんが弱点属性だと言った『火』を指す赤色になっています。
やはり弱点属性は色で見える、そういうことだと思います。
でも、黒い石は…四色混じっている……どういうことなのでしょう。
「オリオン! なんか弱点っぽいのが見えるの!」
「はあ?」
巡礼者を相手にしているオリオンは、目を逸らすことは出来ないようです。
声では反応してくれましたが、話をするのは難しそうです。
「弱点ってどういうことだよ」
リコちゃんがオリオンの様子を気にしながら、私の方を見ました。
そうだ、弱点属性や相手の情報が見えるリンちゃんなら何か分かるかもしれません。
「喉仏のところに黒い石みたいなのがあって……それの弱点が、四属性が混じった感じで見えて……!」
「石?」
リンちゃんが巡礼者を見ています。
中々見つけられないのかジーッと見続けています。
オリオンのフォローは大丈夫なのでしょうか。
『よし、リンちゃんの代わりに、フォローは私が頑張るぞ!』と息巻いていると、リンちゃんは見落とすことなくオリオンのフォローを入れた後、呟きました。
「……本当だ。良く見つけたな」
良かった、リンちゃんにも見えたようです。
そして流石です、私の出番が無かった!
というか、今フォローが必要な瞬間だったということが私には分からなかった……。
「確かに混じって見える。弱点属性が複数ある時とは違う見え方だな。単純に考えれば、『全部が混じった魔法が弱点』だが……そんなものあるか?」
「そういった魔法は存在しませんが、『作る』ことは不可能ではありません」
中級魔法に切り替えたことで、後衛から中衛に切り替えていたリコちゃんが魔法を使いながら教えてくれました。
「大きな威力のものは不可能でしょう。威力の弱いものなら即席で設えることは出来ます」
「なら、やってみるか? 突破口になるかもしれないし」
あの石を砕く程度なら、威力が弱くても当たりさせすれば大丈夫だろう、とリンちゃんは言います。
『突破口』か……。
こちらの体力が尽きてしまうかもしれない長期戦になりそうな現状からいえば、何か打開策が欲しいところです。
「やってみろ!」
オリオンが叫びました。
戦いながら話は聞いていたようです。
この状況で迷っている暇はなさそうです。
リンちゃんとリコちゃんも肯きました。
「オリオン! 暫く一人でなんとかしてください! リンもこちらへ!」
「はあ!?」
リコちゃんはオリオンに鬼のような指示を出した後、魔法攻撃の手を止め私のところまで来ました。
頑張れオリオン……凄くこっちを睨んでるけど……見なかったことにしよう。
「いいですか。ステラ様の矢に四属性を纏わせます。バランスの調整が難しいので全て一人で行うべきなのですが、今のステラ様には難しいでしょう。ですから私とリンでサポートします。ステラ様は矢を命中させることに集中してください。恐らく、石を外して他の場所に当たると巡礼者の体力は戻ります」
「!」
そうか、弱点属性意外の攻撃が入ったという判定になるのですね。
これは責任重大です。
今までの皆の努力を、無駄にするわけにはいきません。
「大丈夫です。私達がいますから」
緊張で力の入った私を解すように、リコちゃんが手を握ってくれました。
「ま、失敗したら……その時は何とかするだろ。オリオンが」
リンちゃんがオリオンに丸投げした台詞を吐きながら、頭をポンと撫でてくれました。
オリオンが舌打ちしたのが聞こえて、こんな状況なのに和んでしまいました。
この双子、本当にオリオンには容赦ないですね。
あの小さな的に矢を当てる。
……私に出来るでしょうか。
うん、大丈夫です、皆がいるもの。
私は矢を構えました。
「リンは風と水を。私が調節するから」
「分かった」
二人が私が構えている矢に属性をつけようとしています。
私にはどんな原理なのかさっぱり分かりませんが、とても難しいことをしているということは分かります。
見ていると照準に表示されている斑色のように、矢の周りに色が浮かんできました。
恐らくこの斑具合を上手く調節出来たら『成功』なのだと思います。
色は『風』の緑が多くなったり、『水』の青が消えたり……リンちゃんが苦戦しているのでしょうか。
「リン、私が調節しているところで安定させて」
「分かってるよ! ったく、忙しいなあ!」
リンちゃんは、こうやっている今も弱点属性はしっかりと見ています。
頑張ってリンちゃん!
「早くしろ!」
オリオンからも声が飛びました。
リンちゃんのサポートがなくなり、オリオンが少し傷を負いました。
大した傷ではありませんが、長くは持たないのかもしれません。
私は回復をかけようとしましたが、無駄な回復は邪魔だと以前から言われているのでダメージの少なそうな今は止めました。
今は自分のことに集中です。
「出来ました!」
リコちゃんの声で矢を見ると、照準の標準と全く同じ斑色になっていました、凄い!
「ステラ様、今のうちに!」
リコちゃんが珍しく焦っている様子なので、長くこの状態は維持出来ないのかもしれません。
急がなきゃ!
でも、外すわけにはいきません。
動揺せず、焦らず……落ち着いて。
自分に言い聞かせました。
アル、私も頑張るから力を貸してね。
照準は合っているので、妨害や急激な移動が無い限り外すことは無いはずです。
巡礼者の動きは素早く目で追えない時がありますが、行動パターンを読めば必ず当たる瞬間があるはずです。
巡礼者、そしてオリオンの動きを見ます。
矢の軌道、速度、二つの動き……余計な物は感覚から排除して……。
今だ!!
自分で『ベストだ』と思えるタイミングで手を放しました。
思い通りの軌道、速さで矢は飛んでいき……そして。
――バキィィィィンッ
「当たった!!」
陶器が割れたような音を響かせながら、黒石は砕け散りました。
そして、それと同時に――。
「よしっ! 弱点が無くなった!」
リンちゃんが嬉々としながら叫びました。
やりました、思っていた通りにことを運べたようです、成功です!
「よし、畳み掛けるぞ!」
オリオンが一番得意とする属性の火を剣に纏わせました。
それもさっきとは違う、更に上級のものです。
途中で属性が変わる心配が無いので躊躇無く動け、さっきより攻撃スピードも増しています。
「ステラ、構えていろ!」
「うん!」
待ってました!
緊張の瞬間が、私の大事な役割を果たすときがとうとう訪れるようです。
今はさっきと違い、緊張はしていますが後ろ向きな感情はありません。
少し興奮しているくらいです。
もう少しで終わる、そう思ったところで……。
「え」
前向きに気合いを入れ直していたところで、巡礼者の動きが変わりました。
オリオンやリンちゃんに斬られても一切防御をすること無く動き続け、手刀を辺り構わず振り回しています。
『一心不乱』と言う言葉がぴったりな暴れようです。
そして、魔法での防御を貫通するあの衝撃波が私達を襲いました。
最初に受けたダメージは回復していましたが、やはりこの痛みは辛いです。
ゲーム的に言えれば私は皆よりレベルが低いので、防御力も低い分一番ダメージを受けているようです。
「くそっ、もう少し削ることが出来たら……!」
あと少しで、トドメを撃てるというところまで来ているのに……。
巡礼者の攻撃が凄まじく、反撃する隙がありません。
進みだした戦いが、また足踏みです。
皆の焦りが伝わってきます。
「ん?」
巡礼者を捉えている視界に、再び変化が現れました。
照準の枠が金色にキラキラと光っています。
――矢ヲ ウテ
誰かが私にそう言いました。
それは『声』ではなく、はっきりとした言葉でもなく……『そう言われた気がした』と言った方がいいかもしれません。
でも、はっきりと表現できる呼びかけではありませんでしたが、そう言われたことは確かだと思います。
そしてそれは、きっとアルです。
最近では、何となく意思疎通が出来るようになっていましたが、こんなにはっきりと分かったのは初めてでした。
撃たなきゃ、そう思いました。
アルがきっと力を貸してくれるのです。
いつでもトドメをさせるよう、構えてはいました。
後は狙いを定めて、手から矢を離すだけです。
狙いを定めていると、急激に虚脱感に襲われてきました。
魔力が吸い取られているかのように減っていきます。
貧血のような状態になり、頭がくらくらしました。
駄目だ、しっかり狙わないと……。
「おい、トドメはまだだぞ! って……ステラ?」
私が動いたことを察知し、振り向いたリンちゃんが驚いた様子で私を見ているのが分かりました。
私も驚いています。
気がつけば私が放とうとしている矢が、強い真っ白な光に包まれていたのですから。
これだけ光っていれば眩しくて見えないはずですが、不思議とそういうことはありません。
目はしっかりと、巡礼者を捕らえています。
巡礼者が私を見ました。
そして目で追うことも難しいような猛烈なスピードで、私を目がけて真っ直ぐ向かってきました。
五分前の私なら恐怖で腰を抜かしていたでしょう。
ですが今は不思議と冷静でいられます。
恐怖どころか、真っ直ぐに来るので狙いやすいと感じています。
照準は合っています。
手ごたえもあり、外す気がしません。
「当たる」
確信と共に、私は矢を放ちました。
私の手から離れた矢は、辺り一帯を照らす太陽のような光を放ち、風を巻き込みながら吸い寄せられるように巡礼者の下へ。
――!?
巡礼者が矢に反応し、その真っ黒な顔を私に向けましたが、その時にはもう……。
白い光の軌跡を描きながら飛んでいった矢は、すでに巡礼者の頭を貫通。
巡礼者の動きは止まり――。
私達も時間が止まったかのように、その様子を見守ります。
巡礼者はゆっくりと地面に崩れ……。
その体が地に着いたと同時に黒い塵となって舞い上がり、消えていきました。
その様子はとても静かで……どこかあっけないものでした。
「終わった?」
リンちゃんは短い声を出すと、私に向けた目を見開かせて固まっていました。
「お前……」
オリオンが呆然としながら私を見ていました。
「……」
リコちゃんは、無言で目を輝かせながら私を見ていました。
三人の視線が私に釘付けです。
気まずい……気まずいけど……喜びを我慢できません!
「どうしよう、私……なんか凄くなかった!?」
勝ちました!
倒しました!
倒しましたよね!?
ちゃんとトドメがさせました!
「ステラ様! 本当に、本当に素晴らしいですっ!!」
リコちゃんが私の手を両手で握り締めてくれました。
目はまだキラキラと輝いていて興奮した様子です。
それを見て私もアドレナリンが大放出です!
「リコちゃん、ちゃんと出来たよ!! 私、やったよ!!」
「見事な一撃でした! 流石ステラ様です!」
「リコちゃーん!!」
私達は抱き合いました。
泣きそうです。
いえ、正直に言うとちょっと泣いてます。
だって勝てた!
トドメが出来た!!
皆大きな怪我もしてないし!!
「マジかよ……なんなんだよ、今の。ってかステラ! あんなの出来るんだったらもっと早くやれよ! 早々に済んでただろうが!」
「そんなこと言われても!」
私だってあんなことが出来るなんて知りませんでした。
アルのおかげで……。
「あ!」
アルにお礼を言おうとしたところで、違和感に気が付きました。
アルの気配がおでこにありません。
……と思ったら。
「あれ?」
アルの気配が少し離れた頭上にあります。
そちらに目を向けると……いました。
アルは姿を現し、空で羽ばたいていました。
その姿を見て納得しました。
そうか、あの矢に宿った光はアルだったのか、と。
「アル、ありがとう!」
声を掛けるとアルは私のところに戻って来ました。
そして頭に止まり……あっ……イタ、痛い!
なんで!?
なんで突くの!?
今日ぐらいいいじゃん、突かないでよ!
「お前、それ……」
再び三人の視線が集中しています。
今度の的はアルですが。
そういえば、皆の前でアルが姿を見せるのは初めてです。
「まさか……守護獣? しかも……」
「白の鷲……だと?」
「?」
リンちゃん声に続いて、誰かの声がしました。
それは誰もいないと思っていた背後からで……。
不思議に思い、振り返ると……。
「げっ」
約一ヶ月ぶりの嫌な気分です。
そういえばそうだった。
こいつら、今日は帰ってくるんだった。
声の主は見た目だけは良い『麗しの白騎士』、でも中身は嫌な奴のアークでした。
なんでここにいるのでしょう。
こんなに大変だったことが終わってから来るなんてどこまでも嫌な感じの奴らです。
彼は呆然とアルを見つめていました。
え……欲しいの?
絶対あげないもん。
ってか見ないで、減るでしょ!
そして――。
直立不動の白騎士の後ろに彼女がいました。
私の姿をした、灰原さんこと『ルナ姫』です。
「……」
彼女は私を見ていました。
その目はとても冷たく、暗いものでした。




