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第二十九話

 オリオンの話では、ミラさんは兵を率いてすでに城を出たそうです。

 今は巡礼者を塔付近で足止め出来ているそうですが、長くは持たないので一刻も早く合流して欲しいということでした。


 全力で駆け出して城の門を出ると、馬車が私達を待っていましたが――。


「馬車じゃ遅い。上から行くぞ」

「え?」


 そう言うとオリオンは私を荷物のように肩に担ぎ、風の魔法で舞い上がりました。

 リンちゃんとリコちゃんもそれに続きます。


「ひええええええ!」


 三人は恐ろしい速さで、屋根の上を飛び跳ねながら塔を目指しています。

 ああ、この上がったり下がったりする不快感。

 あの時の……オリオンとはぐれた時のジェットコースターに似ています。

 いえ、あの時より倍くらい速くて激しいです!

 戦う前に死んじゃう!


「議長が結界を張って止めているみたいだね」

「ああ。だが時間の問題だ」

「急ぎましょう」


 皆凄いですね、普通に会話出来て。


 というかこれ以上早くなったら吐くー!




※※※




「うぷ……」

「ったく、緊張感がねえなあ」


 大丈夫、リバースはせずに済みました。

 本当にギリギリでしたが……。


 馬車で来るよりも何倍も早く、塔に続く石橋の前まで辿り着きました。

 この辺りにいた人達の避難は済んでいるようで、見かけるのは兵士の姿ばかり。


 石橋の方で騒がしい音がします。

 どうやら橋の上で巡礼者を足止めしているようです。


「行くぞ!」


 駆けだしたオリオンの後に続きます。


 あの場所には巡礼者がいる……そう思うと体中に嫌な汗が流れ始めました。

 魔物との戦闘には慣れたつもりでいますが、今までとは格が違うようなのでとても緊張します。


 石橋の中腹、この世界に来たばかりの私が倒れていた場所にミラさんと少数の兵士の姿がありました。


「ミラさん!」


 ミラさんが首だけをこちらに向けました。

 魔法を使っていて身動きが取れないようです。

 前方に手を翳したままの状態で止まっています。


「来て下さり、ありがとうございます。そろそろ足止めも限界だったので助かります」


 額には汗が浮かんでいます。

 とても疲労しているようですが、顔には美しい微笑みを浮かべています。

 こんな状況でも優雅なミラさんに感服しつつ、足止めされている巡礼者の方に目をやりました。


 ミラさんから約五メートル程距離をあけた先。

 そこには、白い光の鎖にぐるぐる巻きにされ、宙に浮かんでいる『人の姿をした禍々しい黒』がありました。

 何これ……怖い。

 顔があるわけではなく、黒い靄が人の形になっているだけなのですが、見ていると言いようのない不安に襲われます。


「此処は俺たちに任せてお前は下がれ!」


 オリオンがミラさんに指示をしています。


「分かった。拘束を解くタイミングを合図をしてくれ! 兵は閉鎖区域外に撤退だ!」


 兵士達に指示を出し、ミラさんもすぐに退却出来るように周囲に目を配っています。

 その間、私達もいつ巡礼者が動き出してもいいように構えます。


「お前は下がって、いつでもトドメをさせる準備をしていろ!」


 オリオンが私に後退するように言いました。

 でも、そんなの嫌だ。


「私もトドメだけじゃなくて、皆と戦う!」


 守って貰うだけじゃなく、皆の役に……力になれるように頑張ってきたのです。

 もう、足手纏いにはならないはず……いや、なりません。

 一緒に戦いたい、目に意思を込めて訴えるとオリオンが苦笑いを浮かべました。


「分かった。だが、無理な攻撃はせずサポートがメインだ。それとお前自身を守ることが最優先だ。流石にこいつ相手じゃ、常時庇ってやる余裕はない」

「うん!」

「もちろんトドメもいつでも出来るように気に止めておけよ。体力が削れてきたらいつものように合図を出す。その後もいつも通りだ。出来るな?」

「もちろん!」


 大きく頷くとオリオンが笑いました。

 リンちゃんとリコちゃんにも視線を送り、準備は整いました。


「ミラ、いいぞ! 下がれ!」

「分かった、放すぞ!」


 巡礼者を縛っていた白い鎖がスーッと消えていきます。


「ステラ様、後は頼みます!」

「はい!」


 ミラさんは背中を向け、先に戻った兵士の後を追って駆け出しました。

 さて、ここからは私達が巡礼者の相手です。


 ミラさんに向けていた視線を目の前に戻すと、巡礼者を拘束していた鎖は全て消え、その黒い姿の全容が明らかになっていました。

 やはり人の形をした黒い靄です。

 輪郭のはっきりしない、実体の無いような姿に見えます。

 黒魔術を使いそうな印象を抱く、長く草臥れたローブを纏っていますが、こちらは実体があるようです。


 私達を見定めるように静かに宙に留まっていた巡礼者のローブが、内側から溢れ出た殺気で揺らぎました。

 凪の海のような柔らかい揺れなのに、底知れなく冷たい狂気に取り込まれそうな予感がして悲鳴を上げたくなりました。

『今からお前は死ぬのだ』

声なき声が聞こえ、恐怖で発狂しそうです。


「恐怖に取り込まれるなよ」

「うん、分かってる」

 

 私の前方、中衛にいるリンちゃんが心配してくれています。

 近くにいるリコちゃんも視線を送ってくれました。

 ありがとう、頑張る!


 私は後衛から自分の防御を崩さないまま、皆のサポートに徹します。

 誰かがダメージを負ったら回復をかけ、余裕がある時は皆の能力を上げる魔法をかけるつもりです。


「……あはは、手が震えちゃう」


 自分の目でも分かるほど、緊張と恐怖で震えています。

 出だしからこれじゃ駄目、しっかりしなきゃ――。


「ステラッ!」

「え?」


 リンちゃんに呼ばれ、自分の手を見ていた視線を上げると、そこには……。


――にたあぁ


 目の前に――息が掛かるほどの距離に巡礼者の顔がありました。


「ひっ」


 黒い靄の塊の顔が割れ、弧を描き、笑みを浮かべています。

 背筋が凍る嫌らしい笑みでした。


 『怖い』、そう思った瞬間私の体は後ろに飛びました。


「ぼうっとするな!」


 リンちゃんの怒声が響きました。

 後ろに飛んだのは、リンちゃんが突き飛ばしてくれたからでした。

 そして今、私がいた場所は……石橋の床に穴があいていました。


 寒気がしました。

 リンちゃんが突き飛ばしてくれていなかったら、私の体はぐちゃぐちゃになっていたでしょう。


「今の弱点は『火』だ!」


 へたり込んでいる私を庇って立っているリンちゃんが叫んでいます。


 どうしよう、リンちゃんの足手纏いになっていることが分かっているのに体が動きません。

 巡礼者はきっと、私がこの場で『一番弱い』ということを悟ったのです。

 だから狙った。

 これからも、きっと私を狙ってくるはず……。

 怖い、逃げたい……!


「しっかりしろ! 動ける豚になったんだろ!」

「!」


 リンちゃんの声が聞こえました。

 背中が見えます。

 とても頼もしい背中です。

 私を庇ってくれています。

 オリオンとリコちゃんは、私を庇うリンちゃんを庇っています。

 とても、とても、とても迷惑をかけています。

 私は何をやっているんだろう。

 足手纏いになりたくないって思っているのに。

 私のせいで皆に何かあったらどうするの?


「……しっかりしなきゃ!」


 気合いを入れ直し、自分に防御の魔法をかけました。

 足も動きます、立ち上がれます。


「ごめん、自分のことは自分で守るから! あと豚じゃないもん!」


 立ち上がり、リンちゃんが動きやすいよう離れました。

 そこを巡礼者に攻撃されましたが、なんとか防ぐことが出来ました。

 連続で攻撃されると危険ですが、オリオンがすぐに巡礼者に炎を纏わせた短剣で斬りかかり、私への追撃を阻止してくれました。


 すると巡礼者は私への攻撃を諦めたのか、オリオンと対峙する動きに切り替えました。


 私は今、出来ることをしよう。

 オリオンに言われたことを思い出しました。


 観察です。

 どんな動きをするのか、皆はどう動くのか把握しなければいけません。

 アルの力を借りて、視覚拡大で広範囲を目視出来るようにしました。

 ターゲットとして巡礼者に照準を合わせながら、動きも確認しました。

 今のところ私が矢を射っても、皆の邪魔をするだけになりそうです。


「弱点が水に変わった!」


 リンちゃんが、良く通る声で叫びました。

 オリオンが纏わせていた炎を、素早く水に変えました。


 オリオンが一番前に出ています。

 攻撃は最大の防御と言いますが、攻撃の手を休めることなく反撃の機会を与えていません。


 巡礼者は武器のようなものは何も持って折らず、今のところ手刀での斬撃や魔法を仕掛けてきますが、ほとんどオリオンに封じられています。

 オリオン、凄い……。


 それでも巡礼者は隙をみて、攻撃に転じようとしています。

 しかしそこは、オリオンの動きをカバーしてフォローに入ったリンちゃんに阻止されます。

 二人が前に出て時間を稼いでいる間、リコちゃんが大きな魔法の詠唱をしています。


 リコちゃんが手にしている魔法書が淡い青の光を放ちました。

 それと同時にオリオンとリンちゃんが下がりました。

 詠唱が終わったようです。

 二人が下がったことで、身動きできるようになった巡礼者が前に出ようとしましたが、それは叶いませんでした。

 石橋の下、海水がまるで生き物のように巡礼者に飛び掛かったのです。

 その生き物は次々と現れ、巡礼者を飲み込み、轟音を立てながら次第に大きな渦の柱を作りました。

 幅は違いますが、『塔』と同じように天高く昇っています。


「ほえー……」


 水の柱が昇っていく様を思わず目で追ってしまいました。

 大技だなあ……。


「よし、結構削れたぞ」


 柱が消え去り、姿が隠れていた巡礼者が再び目前に現れました。

 こんな魔法をまともに食らったと思えないほど、外見にはダメージは見当たりません。

 それでも体力は大きく減らすことが出来たようで、三人は手応えを感じています。

 私は……手応え……分かりません!


「うっ!?」


 防戦続きだった巡礼者が、広範囲に衝撃波の攻撃を仕掛けてきました。

 私は新しくつけた『裂土の印』で魔法と物理攻撃を防いでいたはずなのですが、体力を四分の一程度削り取られました。

 『高いところから落ちてすぐに立ち上がれない』くらいのダメージはあります。


「今のは魔法での防御を『貫通』するみたいだから気をつけろよ! ちゃんと見ていろ!」

「う、うん、分かった!」


 余所見をしていたわけでは無いですがこの攻撃は防げる、『大丈夫』だと見誤ってしまいました。

 失敗しました。 

 防御が出来ないなら、『反射』なら……。


「ステラ様、駄目です! 反射で戻ったダメージでも弱点属性で無ければ振り出しに戻ってしまいます!」

「あっ!」


 危ないところでした……反射すればダメージを受けないし、向こうにダメージを与えられるなんて一石二鳥だと安易に考えてしまいました。

 リコちゃんが止めてくれて良かった……しっかりしろ、私!


「次の弱点は『風』だ!」


 オリオンが攻撃で動きを封じ、リンちゃんがそのサポート。

 リコちゃんが詠唱の長い大きな魔法を撃つ、という同じ流れを再び決行しようとしたのですが……。


「くそ、変わった。火だ!」


 リコちゃんの魔法発動が終わるより前に、弱点属性が変わってしまいました。


 もう一度同じ流れで動きましたが、やはり大きな魔法を使わせないよう、意図的に弱点を変えているようです。


 仕方無くリコちゃんは発動時間の短い魔法を、数撃ちする動きに変えました。


 残念ながら与えられるダメージが大幅に減りました。

 しかも魔力消費量は増えるという、非常に効率の悪い動きになっています。

 リコちゃんがもどかしそうな表情をしています。


「こんなにチビチビ削っていたら、いつまで経っても終わんないぞ!」


 リンちゃんは、巡礼者の体力も把握しているようです。


 え、でも、これで『チビチビ削ってる』!?

 オリオンとリンちゃんで常に斬りかかっているし、リコちゃんも中級魔法ですが連発して打ち込んでいます。

 今までの魔物だったらあっという間に倒しています。


 強敵ということは分かっていたけれど……。

 ゲームの中盤で、ラスボスと戦っているようなものなのでしょうか。


「なんかちゃっちゃと終わる方法は無いのかよ!」


 リンちゃんの苛々が募っているようで、荒々しい声で叫びました。

 

「着実に弱らせることは出来ている! 気を抜くと振り出しに戻るぞ!」

「んなこたあ分かってるよ!」


 オリオンの言葉に更に苛立っています。

 リンちゃんは弱点属性を見るため、ずっと集中していなければなりません。

 疲労が蓄積してきたのかもしれません。


 私に何か出来ることはないのでしょうか。


「?」


 照準を合わせていた視界に、変化がありました。

 照準が更に絞られ、小さくなっていきます。

 最終的には何に照準を合わせているのか分からないほどに縮んでしまいました。


「どういうこと?」


 何が起きたのか、全く分かりません。

 顔を顰めながら、何が照準になっているのか目を凝らしました。

 場所は巡礼者の喉仏辺りです……あ、何か見えた。

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