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第二十三話

「ジョギングに行くぞ」

「『ジョギング』ね、はいはい」


 復活したリンちゃんが、私にジャージを投げながら言いました。

 ジョギングという名の『足が止まったら死ぬ』というデスゲームですよね。

 もちろん処刑人はリンちゃんです。


「なんだ、その態度は?」

「いひゃい!」


 『ジョギングという言葉の意味を知っているのか!』と心の中で罵っていると、顔に出ていたのか頬を引っ張られました。

 体罰反対!


「ロロ様に嫁いじゃえ」

「ああ!?」

「ひいっ」


 禁句だったのか、今までに無いくらいの迫力で威圧されました。

 そそくさと着替え、苛々オーラ全開の背中について行きました。

 いつもの練習場に着くと、息つく暇も無く『さっさと行け!』とおしりを蹴られ……渋々走り始めました。


「走れええ! しっかり前足振れ、後ろ足で蹴って走れ!」

「前足じゃないもん!」


 腕って言ってよ!

 ロロ様から受けたストレスを私で発散させようとしてません!?

 今日も『疲れては魔法で回復』のループ地獄。

 はあ……デッドオアアライブが終わらない……。


 走っていると遠くに見える城の廊下を、昨日見かけた人物が歩いていました。

 あれは……あの時のもやし青年。

 この廊下は……ミラさんの部屋に通じています。

 もしかしてオリオンは、昨日のことで呼び出されたのでしょうか。


「オラァ! ペース落ちてるぞ!」

「!? ごめんなさああい!」


 鬼が今にも追いかけて来そうです。

 余所見している余裕はありません。

 今は『ジョギング』に集中することにしました。




※※※




 ジョギングからのポン汁コンボに辟易し、部屋で項垂れているとオリオンが戻ってきました。

 朝は静かでしたが今はどうなのでしょう。

 普段と変わらない様子に見えます。

 ミラさんに呼び出されてことについて聞いてもいいのか迷いましたが、目が合ったので聞いちゃいましょう。


「呼び出されたのって……昨日のことで?」


 恐る恐る聞いてみると、オリオンは一息吐きながら私の前まで来ました。


「お前が心配することは何もない」


 心細い顔をしていたのでしょうか。

 私の頭にポンと手を置くと静かに微笑みました。

 優しいけれど……『聞くな』と、言っているようにも思えます。

 関係ないと言われたようで少し寂しいです。


「早く印屋に行こうぜー」

「あ、そうだった!」


 私の印を増やすため、オリオンが戻ったら印屋に行こうと話していたのです。

 待ちくたびれたのかリンちゃんは苛々しています。


「あ、印もロロ様に相談……おたま堂に行く?」

「印は城でも揃うだろう!?」


 ロロ様は印にも詳しいということを思い出したのですが、リンちゃんが猛抗議です。

 よっぽど会いたくないと見えます。


「今は城のもので事足りる。難度が高い、それなりのものが必要になったら相談しよう」

「うん、そうだね」


 オリオンの言葉に頷きました。

 神様に甘えてばかりいてはいけませんね。

 気軽に相談していい相手でもありませんし。

 リコちゃんに留守番を頼み、城の印屋に向かいました。




※※※




「……お前さん、何かやってるのか?」


 印屋のモノクルお爺さんが、私を見るなり顔を顰めて言いました。

 何ですかその言い草は。

 まるで私がヤバイものに手を出しているような……。

 藪から棒になんなのでしょう。


「こいつの努力の結果だ」

「うん?」


 オリオンが頷きながら話していますが……何の話ですか?


「お前の姿の変化に驚いているんだ」

「痩せたってこと!? やったー!」


 ヤバイものに手を出しているのかと疑わしくなるほど変わったってことですよね!?

 褒めてくれた訳ではないけれど、変わったことを身近じゃ無い人に言って貰ったのは初めてで嬉しいです。


「ふん。外側だけ磨いても何の役にもたたんわ」

「本当に外側だけか、見てみろよ」


 何故かリンちゃんが誇らしげにしながら、お爺さんの肩を掴んで私に向けました。

 頑張ったの、私だよ?


「うん? ……うん!?」


 モノクルお爺さんが、何度も目を擦っては私を見て確認しています。

 成長してるのかな?

 ドキドキします。


「……ふむ。印を使う能力がよく成長しておる。これは儂も考えを改めなければなるまい。すまんかった」

「!?」


 あれ、今のは幻聴なのでしょうか。

 耳を疑う言葉が聞こえてきましたが……。


「気持ち悪いくらい素直じゃん?」


 リンちゃんにも聞こえていたようなので、幻聴ではないようです。


「ふんっ。……この短期間でここまで飛躍的に成長した者はあまり見ん。よっぽど努力したんじゃろう。印に精通する者として、この成長を認めぬわけにはいかんよ」


 どこか悔しそうというか嫌々という態度ですが、頑張ったことを認めて貰えたようです。

 本当に頑張りましたよ……生きるために。

 鬼軍曹とオリオンの指導の元、毎日毎日涙を流しながら!

 あ、あと私が大幅に成長したのはアルのおかげです。

 アルがいると成長しやすい上に基礎能力も上がるようです。


「それに肉が減ったら案外べっぴんさんになったじゃないか」

「!」


 そうなんです!

 肌質が整い、顔のラインがすっきりすると灰原さんのお顔は可愛らしくなりました。

 目つきが鋭いですが、黒猫のような凜々しさと愛らしさがあります。

 中々磨けたのではないでしょうか。


「えへへ」

「あまり褒めると調子に乗るから、それくらいにしてくんない?」


 私は『褒めて伸ばす子』なのに。

 リンちゃん、余計なことを……。


「さて、用件は?」


 漸く本題に入れたと、溜息を零しながらオリオンが説明を始めました。

 オリオン、リンちゃん、モノクルお爺さん。

 またもや私は蚊帳の外で熱い談義が始まりました。

 私の方向性やら、何をつけたら良いかを話し合っているようですが、私の意見は全く不必要なのですね。


 魔法には属性があります。

 基本は火・水・風・地の四大属性です。

 オリオンは四大属性の全てを使えますが、得意なものは火。

 リンちゃんは風、リコちゃんは地、ということで……私も全ての属性を使えるようですが、水系の魔法を主に使うようにしました。

 とういうか、気づいたらそうなってました。

 これで補い合えるし、水系の魔法は回復や補助の魔法が多いのでちょうど良いです。

 あといくつか試すためにつけました。

 攻撃魔法もつけたので少しドキドキしています。


「さて、後半は実戦あるのみだ」

「うん!」


 なんだかワンステージ進んだような、成長したような実感があります。

 身体も締まってきたし、色々と充実しています。

 よし、もっと頑張るぞ!




※※※




「お疲れ様です。ルナ姫」

「皆喜んでたね〜」

「ルナ姫のお姿を見て、民も安心したのでしょう。ありがとうございました」


 アークの母国である『グレンツェント』で、市民に向けてパレードをしてきたわ。

 アークが乗っている馬に一緒に乗って。

 彼も誇らしげだったわ。

 ここの国民は、女神の使者に対して特に思い入れが強いみたい。

 過去に『白の英雄』と呼ばれた女神の騎士を排出したとか。

 この国の国旗に描かれている白い鳥も、その英雄の話が起因しているらしい。

 私にはどうでもいい話だけれど、ちやほやされるのは気分が良い。


 まあ、それも少し飽きてきたけれど?

 どこに行ってもVIP待遇。

 ご飯も美味しい。


 使命を果たすための訓練?

 そんなもの必要ないわ。

 私にはそんなことをしなくても済む便利な『力』があるし、戦うことが怖いと怯えてみせれば、我々が守りますと騎士達が張り切ってくれた。

 

 ああ、この旅行の日数が減って来て憂鬱になってきたわ。

 面倒臭いことを、色々しなければならなくなるもの。


 ……『不細工な私』は、今頃どうしているでしょう。

 惨めな今までの私の気分を味わっているといいけれど。

 その様子を見れると思うと、城に戻ることも少し楽しみになってきたわ。

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