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第二十一話

「遅いぞ」


 二人で飛び込んだ瞬間、別の場所にいました。

 水に入ったような感覚はなく、一歩足を踏み出すと景色が変わった、そんな感じです。

 息を止めていたのですが、その必要はありませんでした。


「……洞窟?」


 視界に入ったのは歪な白の石壁、天井。

 広さは小学校の教室くらいですが、天井が余り高くない上に凸凹と波打っていて歪なため、圧迫間があります。

 足首くらいまで薄い翡翠色の水が溜まっていて、ひんやりして気持ちいいです。

 見た目も岩肌の白と併せて、とても綺麗です。

 昔テレビで見た大理石で出来た洞窟に似ています。


 部屋の中には、大人が入れそうな程大きな深緑色の水瓶が幾つも並んでいました。

 水瓶には、木の蓋がされています。


「よっこいしょ」


 神様少女は、水瓶のひとつの上にぴょんと飛び乗り、足をブラブラさせながら座りました。


「妾のテリトリーにようこそ」

「ここは……」

「とある沼の底じゃ」

「沼の底!?」


 綺麗なので『沼』という感じはしません。

 湖とか、泉の方が合っていそうですが……。

 そもそも、底にこんな空間があるなんて信じられません。

 神様の力で作っているのでしょうか。


「沼の神か」


 オリオンの呟きが耳に入りました。

 やっぱり『神様』なんですね。

 だから独特の格好をしているのでしょうか。

 オリオンの呟きが聞こえていないのか、無視をしているのか、神様少女は反応をする気は無いようです。


「お主ら、メロディアのガキに嫌われておるだろう?」

「メロディアのガキ?」


 神様少女をジロジロと見ていると、私とオリオンに目を向けて口を開きました。


「セイロンだ。……そういうことか」

「お坊ちゃまの機嫌を損ねるのが怖いようだの」


 オリオンは納得したようですが、私は分かりません。

 何となく、察しはつきますが……。


「メロディアは商売の要となっている国。商いに携わる者なら、揉めたくはないわなあ? しかも相手はハズレ姫。リスクを負ってまで売ってやるメリットがないっちゅうわけじゃ」


 セイロンの機嫌を損ねたくないから私とは関わらない、そういうことのようです。

 何だか力が抜けてしまいました、くだらない……。

 わざわざこんなことを仕向けてから旅立ったのでしょうか?

 直接声を掛けていないにしても匂わせたんでしょうね、きっと。

 商売業界は鼻が利きそうですし。


「だがお前は運がいい。このロロ様の目に止まったのだから」

「ロロ様?」


 名前ですよね?

 確認をしようとしたのですが……『ロロ様』が、何かを始めました。

 魔法を使っているようでロロ様の周りと、部屋にあった水瓶の一つが寒色系のオーロラのような光を放ちました。

 暫くすると水瓶の中からも光が溢れ、柱となりました。

 その中に何かがあります。


 光がだんだんと収まってくると、光の柱の中にあったものが何か分かりました。

 弓とコート、そしてブーツです。


「ほれ、早う取れ」

「え? あ、はい!」


 言われるがままそれらを手に取ると、光の柱はスッと消えました。

 手にある装備に目を向けました。


「綺麗……」


 デザインは統一されていて、白地に瑠璃色、緋色が差し色で使われています。

 鮮やかだけれど落ちる気のある雰囲気です。


スワロウセットじゃ。見たところ、お主の身体能力は平々凡々だが、魔法に関しては非凡じゃ。その燕セットは魔法面に長けておる。ちょうど良いじゃろう」

「くれるんですか?」

「うむ」


 なんだか上品でお高そうなのですが、本当に頂いてもいいのでしょうか。

 嬉しい……マタギ卒業です!


「これは……昔は良くあった装備だが、今は全て揃った状態では中々手に入らない。かなり貴重なものだ」

「え!?」


 オリオンの言葉を聞いて固まりました。

 貴重なものとか……本当にいいの?

 オリオンがこちらを見て説明してくれました。


「こういうセットになった装備は、全て揃うと特別な効果を発揮する。バラでは効果も防御力も低く、当然価値も低い。最近では、このレベルのセットが揃うことは殆ど無い。盗難に遭ったり、破損しても修復出来る者が居なかったりでな」

「へえ……」


 オリオンの解説を聞い、ロロ様は満足そうに微笑んでいます。


「それは古き名工が手がけた一品。特殊効果も中々。魔力常時中回復。激破時魔力中回復。効果が『大』ではないが、今のお主にはちょうど良い。お主の能力が上がったら、進化させてやろう」

「進化だと?」


 オリオンがまた何か引っかかったようで、ロロ様を見ています。

 どうしたのだろうと見ていると、再び解説が入りました。


「進化出来る装備は珍しい。貴重なセットの上、進化も出来るとなると議長から貰った資金とお前達の商売の売り上げを全部渡すくらいはしなければ買えないな」

「そんなに!?」


 なんだか凄いお宝を持っているような気がしてきて、手が震えそうです。


「それに、『進化させること』も簡単じゃないんだ。『鍛冶』と『印』の両方に精通した者しか出来ない。貴重な装備に成功率が低い進化を施すなんて、かなり勇気のいることだ」


 ロロ様に疑うような視線を向けています。

 『本当に出来るのか』と言いたげですが、神様なんだから出来るのでは?


「妾がやるのではない。妾も出来るがこいつらに任せてある」


 ロロ様がヒラヒラと手を振ると、水瓶の蓋が開き、中から何かが出てきました。

 黒いピンポン玉に何か尾がついているような生き物がウジャウジャと……うげっ……ちょっと、気持ち悪いです。


「おたまじゃくし?」


 それは私が知っているものより、倍以上の大きさがあるおたまじゃくしでした。

 この子達が『難しい進化』とやらをやるのでしょうか?

 オリオンも顔を顰めています。


「腕は確かだぞ? ヘマをすることなどないわ。装備の改造なんかも出来る。加工したければ頼めばよい」

「……それは、デザインを変えるだけ、とかも出来ます?」

「容易い。普通に弄ると能力が下がり、防具をただの服にしてしまうこともあるが、こいつらならそんなヘマをしない」


 おお……凄いです。

 多分私が思っているより凄いことなんでしょう、オリオンが驚いています。

 せっかくなので、ひとつお言葉に甘えてリクエストをしたいのですが……いいでしょうか。


「このスワロウコートの裾に、フリルをつけたり出来ます?」

「御安い御用じゃ」

「やったー!」


 十分綺麗でお洒落なのですが、少し大人びているのでガーリィに出来たらなあと思っていました。

 フリルがつくだけでも、雰囲気が変わると思います。


 どうするのだろうとワクワクしながら待っていると、私が持っていたスワロウコートが光だし、プカプカと宙に浮きました。

 おたまじゃくし達もプかプカと浮かびながら、コートに集まってきました。

 そして何か細かい光が散らばり始めたかと思うと、それが集まり、糸と針になりました。

 おたまじゃくし達が糸と針を口にくわえ、協力しながらせっせと裁縫をしています。

 中には足が生えた子がいて、良い動きをしています。

 兄貴分、という感じですね。

 見ていると楽しくて、可愛くて……。

 凄くファンタジーな光景です!


 おたまじゃくしによる加工、というより裁縫ショーはすぐに終わり、私の希望した通りのフリルがついていました。


「凄いー! 可愛い! おたまさん達、ありがとう!」


 感激していると、おたまじゃくし達は私の周りをくるりと一周りしてから水瓶に戻っていきました。

 最初気持ち悪いなんて思ってごめんなさい、貴方達とってもキュートです!


 またやって欲しいな。

 私、ここの常連になります。

 おたまじゃくしによる洋裁店、いや、洋裁だけじゃないから『おたま堂』とか?


「おたま堂最高!」

「おたま堂?」

「あ、勝手に命名しちゃいました」


 もしかして、ちゃんとした名称があったのでしょうか?

 沼の名前がついてるとか。


「『おたま堂』か……気に入った。今からそう呼ぶが良い」


 私の中での通称のつもりだったのですが、まさかの公認を頂きました。

 でも、ロロ様にも気に入って頂けて嬉しいです。


「あの……お代は」


 目に入った装備一式を見て思いました。

 『くれる』と言っていましたが、こんな素敵なものをタダで頂くわけにはいきません。

 正規の値段だと軽く予算オーバーなので、少し相談させて貰いたいところですが……。

 ローンとか組めるのかな……。


「これを妾にくれ」

「へ?」


 身構えていたところに言われたお代は、ロロ様がつけたままになっていた私の『シュシュ』でした。


「そ、そんなものでいいんですか?」


 私としては助かりますが、あまりにも不釣合いで申し訳ないです。


「あと、精がつくという若返りの秘薬も寄越せ」

「? なにそれ」

「……リコに毎日飲まされている、あれだろう」

「ポン汁!?」


 ポン汁が神様の耳にまで入っていたことにも驚きを隠せませんが……どうしよう。

 ポン汁に関しては、リンちゃんに相談した方がいいのでしょうか?

 でも神様相手だし、構わないですよね。


「いいですけど……それ以上若返りたいんですか?」

「詮索すれば死ぬぞ?」

「黙ります」


 もしかして、ロロ様は所謂『ロリババア』なのでしょうか。

 まあ、神様なんで年齢なんて超越してるというか、関係ないと思いますが。

 しかし……ロリジジイなオリオンとロリババアの邂逅……恐ろしい化学反応が起きそうな気がしてきます。

 ちらりとオリオンを見ると、睨まれてしまいました。

 もしかして、考えていることがバレました?

 ……おじいちゃんの勘は恐ろしいです。


 追加で何種類かのシュシュとポン汁、この二つを渡すことを約束しました。

 それでも不釣合いな気がして、もう一度お金はいらないのか聞きました。

 返事は『金などいらん』でした。


「実在するモノで妾に用意出来ぬものなどない」


 ロロ様がパチンと指を鳴らすと再び水瓶の蓋が開き、光の柱が上がりました。

 その中で、色んな装備が見えては消え……移り変わっていきます。

 私には価値が分かりませんが、貴重な多いらしく、オリオンが感嘆の声を上げています。

 もう一度指を鳴らすと光の柱は消え、水瓶の蓋も戻りました。

 どうやら所有している装備を色々見せてくれたようです。

 『用意出来ぬものなどない』という言葉は本当のようです。


「だが、『存在せぬもの』は集められない。だから……まだ世に出ていない物、『新しいもの』が好きなのじゃ。お前からは面白い匂いがする。我々は良い関係を築けると思わぬか?」


 どうやら私が何か新しいものを作って渡せば協力してくれるようです。

 商店に相手にしてもらえない身としてはとてもありがたい申し出です。

 シュシュのようなものであれば、また新しいものを作れると思います。

 でも、神様を喜ばせることが出来るかというと、難しいかもしれませんが……頑張りたいと思います。


「はい! 宜しくお願いします」


 大きな声で返事をすると、にっこりと微笑んで頷いてくれました。


 凄いです、神様とお知り合いになりました。

 そして神様に装備を頂きました!

 ……ふふふ、セイロンのおかげですね!

 戻って来たときにこの装備を見てどう思うか……ちょっと楽しみです!

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