第二十話
黒い髪の少女がいました
金の髪少女より体の小さな少女でした
黒い髪の少女は寝てばかりのなまけものでした
見るのもいや 歩くのもいや
重い荷物なんて持ちたくない
黒い髪の少女は 金の髪の少女背中に
自分の荷物を全てのせてしまいました
ラント族伝承古書『いせかいのおとめ』
※※※
「余計なことで時間を使わせてしまったが、本来の目的を果たそう」
オリオンとはぐれてしまってかなり時間を消費してしまいましたが、まだ日が暮れるまで時間があります。
歩き回っていたので少し休みたい気もしましたが、普段からリンちゃんにマラソンで鍛えられているおかげか、疲れはそんなにありません。
ここから買い物をしたい場所は近いということもあり、早速向かうことにしました。
今度ははぐれないように、気をつけようと思っていたのですが……オリオンが手首を掴んで引っ張ってくれているので大丈夫ですね。
でも……有り難いですが、連れて行って貰っているというより『連行されている』といった感じです。
万引き犯を捕まえたような……。
どうせなら、手を繋いでくれた方がいいのに。
連行されて辿り着いたのは、煉瓦のような赤茶に色づいた石畳が続く、綺麗な通りでした。
並ぶ建物も露天ではなく、二階建ての立派な建物が続きます。
統一感を出すためなのか、全体的に白や薄い色が多いです。
商店エリアのようで、様々な木製の看板が目に入ります。
お洒落な場所でお買い物!
テンションが上がります!
オリオンが選んだ店に意気揚々と入りました。
扉がカランカランと鳴り、まるでレトロなカフェに入ったようで更にワクワクしたのですが……。
「いらっしゃ……いませ……オ、オリオン殿!?」
私達を見た店の人が、急に挙動不審になりました。
……なんだか嫌な予感がします。
「お連れ様はもしかして、女神の使者様?」
「そうだが?」
「そ、そうですか。今日はどういったご用で?」
「買いに来る以外に用事があると思うか?」
不穏な空気を感じて、オリオンも僅かに顔を顰めました。
「申し訳ありません! 本日は用事がありまして……店を閉めるところでして……」
ほら、やっぱり!
まさか……私のせいですか!?
城の外でも、店で売って貰えないほど嫌われているのでしょうか。
私のワクワクを返して欲しい……そろそろ泣きますよ!
「なら明日改めよう」
あれ……?
こういう時は、普段と変わらない様子で言いくるめるオリオンが、今はやけに突っかかってる感じです。
声も明らかに苛々しているし、ちょっと子供っぽい?
今まではリンちゃんがいたから、大人ぶっていたのでしょうか。
「明日も用事が……」
店の人はオリオンと目を合わせられず、遠くを見ながらボソボソと答えています。
「なら明後日だ」
「あ、明後日も……」
「明明後日」
「その日も……」
「店を畳むか?」
「!!」
店の人が可哀想なくらい慌てています。
今のは『畳んでやるぞ』という脅しのようでした。
オリオンは女神の騎士です。
どんな権力があるかは知りませんが、お店にとって無視できないダメージを与えることは出来そうです。
「オ、オリオン! もういいよ、他のところに行こう!」
店の対応には腹が立ちましたが、今日のオリオンは様子がおかしくて……そっちの方が気になります。
腕を引くと小さく舌打ちをし、渋々といった様子で店を出ました。
その足ですぐ、別の店に行ったのですが……。
「オリオン様!?」
「すいません、在庫切れでして……」
「申し訳ありませんが、全て予約商品です」
どうしよう……凄く凄く嫌われています!
どこに行っても、売って貰えませんでした。
流石に凹みます。
「……チッ」
オリオンも全身から黒いオーラが出ているくらい、苛々しているのが分かります。
今にも暴れ出しそうです。
もう暴れてもいいかな……私も便乗して暴れようかな。
二人で巨大怪獣のように町をめちゃくちゃにしようかな。
はあ……私が何をしたというのでしょう。
一旦落ち着くため、私達は膝丈ほどの花壇に腰を降ろして休むことにしました。
「……悪い」
「ん?」
「まともなところに連れて行ってやれなくて」
「そんな……オリオンが悪いんじゃないよ」
責任を感じているのでしょうか。
さっきの騒動のこともあるから尚更なのかもしれません。
気にしなくてもいいのに……。
町の方で買うのは諦めて、城のもので揃えた方がいいのかもしれません。
今日はこうやって、外の空気をすえただけで満足ですし。
そんなことを考えながら足下の煉瓦に目を落としていると、私の前で小さな人影が止まりました。
黒い下駄を履いている小さくて綺麗な足がこちらを向いています。
「よう、小娘。そこの得体の知れない小僧も。随分お困りのようじゃな」
顔を上げて声の主を見ました。
目の前にいたのは背の低い十歳くらいの女の子でした。
紅葉が描かれた紫の和傘をさし、服は深緑の上下に、紺色の羽織をかけています。
髪は黄緑で、二つに分けて折って纏める邪馬台国風な髪型です、個性的!
パッチリとした黒目の周りには、鮮やかな赤でアイメイクが施されていて……全体的に和風?
今日見かけた町の人達とは雰囲気が違い、異様です。
私は妙に恐ろしいというか……不気味になり、オリオンを見ました。
オリオンも顔を顰めて少女を見ていました。
警戒していつでも動けるようにしているのが分かります。
「まあそんなに身構えるでない。悪いようにはせん。お主ら、装備を揃えたいんじゃろ?」
何故分かるのでしょう。
あ、でも、何軒ものお店で断れ続けたので、どこかで見かけたのかもしれません。
「ふむ、匂うのう……『面白い』の匂いじゃ」
「あ、私のシュシュ!」
少女の手には、私が髪につけていたシュシュがありました。
いつの間に……全く気がつきませんでした。
オリオンの警戒度が一気に増したようで、密かに構えています。
「お主ら、ここではまともな買い物は出来んぞ」
「どういうこと?」
「ついてこい。装備が欲しいのだろう?」
そう言うと、少女は私のシュシュを腕につけて歩き始めました。
「どうしよう?」
「……どっちが『得体の知れない』だ」
オリオンは顔を顰めています。
私には少し不気味な怪しい少女としか分かりませんが、オリオンには何か分かったのか、少女に真剣な目を向けています。
「ほら、早くこんかい。こんな幼気な美少女に何を警戒しておるのじゃ」
私には判断が出来ません。
ついて行ってもいいと思うのですが、オリオンの判断を待ちます。
「……行くぞ。だが、俺の後ろにいろ」
「う、うん」
オリオンの指示に従い、歩き出した彼の後ろにつきました。
その様子に笑みを浮かべ、満足そうに頷くと少女は再び歩き始めました。
本当に、大丈夫なの……?
商店エリアを出て、人が少なくなった居住エリアらしきところを抜け……木々が生い茂った町の外れに出ました。
随分寂しい場所に来てしまいました。
装備を買える場所なんて、本当にあるのでしょうか。
もしかして、騙された?
何かあっても、オリオンがいるので心強いですが……。
緑の中を進んでいると、急に少女の足が止まりました。
周りには植物ばかり、人がいないし店なんてありません。
やっぱり罠だった!?
茂みから悪い人達が『へっへっへ』と下卑た笑いを浮かべながら出てきて、囲まれてボコボコにされてしまうのでしょうか!
「お主ら、ちゃんとついてこいよ?」
「はい?」
悪い人達に立ち向かえるよう構えていましたが、そんなことは起こらず……。
少女を見ると、彼女の目の前には一メートル四方程の水溜りがありました。
何だろう? と見守っていると少女がぴょんと軽く飛び、水溜りに入りました。
子供はこういうことが大好きだよねー、なんて思っていたのですが……。
予想外のことが起きました。
少女が水溜りに入ったのです!
普通に水遊びをするようにビシャと水溜りを踏んだのではなく、本当に『中に入って、姿が消えた』のです。
「入った!?」
実は水溜りは凄く深かったとか?
でも、少女は消えたままで浮かび上がってきません。
何より、水溜りは少女が飛び込む前と同じ状態のまま、そこにあります。
水が減ったり増えたり、形が崩れたりも一切していません。
「ど、どうしよ!?」
怪しいです。
実は魔物だとか!?
きっとそうだ、私、分かってしまった!
張り切ってオリオンにそれを告げました。
「いや、魔物ではない。『神』の類いだろう。……虚ろ神じゃなさそうだ」
「か、かみさま!」
魔物よりレアなものでした。
でも、神様って案外近くにいるものなんですね。
ファントムもそうみたいだし……。
「お前が引き寄せているんじゃないか? 普通なら一生会えない存在だぞ」
なんと、私は神様にご縁があるようです。
女神の使者だからでしょうか。
今は兎に角、『神様少女についていくか』です。
「虚ろ神じゃなかったら害はないんだよね?」
「ああ。こちらが余計なことをしなければな。行くか……」
二人で目を合わせ、頷きました。
オリオンに手首を持たれ、再び連行スタイルで一緒に水溜まりに飛び込みました。