第十九話
「OH……」
まずいです……完全にオリオンを見失いました。
かれこれ一時間経ったでしょうか、いや、もっとかもしれません。
一人で心細さを押し殺しながら歩き回っています。
知らない場所で人捜しなんて絶対無理です、無理無理。
だって……私が迷子なんですから!
ここ何処なのー!?
本当にオリオンはどうしちゃったのでしょう。
怒っている姿も驚きましたが、面倒見の良いおじいちゃんが私を放置していることにも吃驚です。
おじいちゃん、孫はここだよー!
……なんて言うと怒られそうですが。
「はあ」
オリオンにとって、とても大事な何かがあったんですね。
だったら、暫く一人にしてあげた方がいいのでしょうか。
幸い見上げると坂の上に城が見えます。
大通りを真っ直ぐ上ると、城に帰れます。
今日はもう城に戻った方がいいかもしれません。
いや、でも……戻ったことが分からず、探していたらまずいですね。
こういう時は、はぐれた場所から動かないのが一番のような気がします。
来た道を引き返すことにしました。
「……あれ?」
私は進んだ道を、来た通りに引き返したつもりなのですが……様子がおかしいです。
賑やかな場所を目指しているはずなのに、どんどん静かになっていきます。
人気が無くなり……だんだん心細くなってきました。
引き返そう、再びそう思いましたが……。
どうしよう、どっちに進めば良いか全く分からない!
狭い路地で高い建物に囲まれているため、上を見ても城も見えません。
おじいちゃあああん!
大声で叫びたいですが、怖い人が出てきたらどうしよう!?
そして視界に入る寂れた建物、割れた瓶、薄暗い通路……。
なんだか荒んだ、危険な場所に見えてきました。
そんなことを考えていると、数人の足音が聞こえてきました。
足音に混じり、『ガハハッ』と品の無いいかにも荒くれ者といった声が聞こえてきます。
考えていたところに、なんというタイミングなんでしょう。
呼んだわけじゃないのに!
フラグを立てたつもりでもなかったのよ!?
見つかったらどんな目に遭うか分かりません。
慌てて隠れようとしたのですが……どうしよう!?
「隠れる場所がない!!」
建物に囲まれた長い直線通路になっていて、次の角までは遠く、走っていても遠くて進んでいるうちにみつかりそうです。
戻ると十字路がありますが、そこに行くまでは怪しい人達の目の前を横切らなければなりません。
「ぐあわあ、どうしよ! どうしよ! ……ぐあ!?」
どうしたらいいか分からずジタバタしていると、急に体が浮かび上がりました。
何事!?
フワッとした優しい風を感じましたが、視界が天地反転していて何がなんだかさっぱり分かりません。
ん? ……暖かい……誰かに担がれている?
俵を担ぐ様にして運ばれているようで、私のお腹が誰かの肩に乗っています。
こんなことが出来るなんて大きな人なのかと思ったら見える足は細く、そんなに大柄には見えません。
そうか、オリオンが助けに来てくれたんだ! と思ったのですが……違いました。
揺れる頭を必死に持ち上げ、見えたものは少し猫っ毛な朱色の髪でした。
襟足が長いショートヘアで……男の子?
誰?
知り合いの中で、心当たりはありません。
どうしよう、誘拐!?
逃げなければ! と焦りましたが何故か恐怖感はありません。
この髪がとても綺麗だからでしょうか。
太陽の光が当たって輝いています。
燃えるような炎ではありませんが、暖かな優しい暖炉の火のような温もりを感じます。
顔は見えませんが……体格と雰囲気から察するに私と同世代の男の子です。
黒いズボンにブーツ、黒のマントには、被ってはいませんがフードがついています。
あ、フードになんかついてる……猫耳のような……猫耳フード!?
男の子なのに可愛いフード、素敵!
「重っ!」
「!?」
私を担いでいる男の子の口から禁断の言葉が出ませんでしたか!?
知らない人に、しかも男の子にこんなこと言われるなんて……!
というか……今の声、聞いたことがあるような……。
あー……駄目です、思考が停止します。
風の魔法を使い、屋根を飛び移っているようで上がったり下がったりしています。
どこに行くの、どこまで行くの……うぷ。
この拷問タイム、早く終わりません?
また上がった、また下がった……ああ、このヒューっとする感覚、駄目です。
それよりもお腹の中をグルグルかき回されているようで……気持ち悪い。
あ、駄目。
「吐きそう……」
「!!?」
その瞬間、私の体は急降下しました。
さっきまで感じていた人の温もりも感じません。
まさか……捨てられた!?
「ぎゃあああああああっ!!?」
暖かな風の温もりもありません。
つまり、魔法無し!
重力に従って真っ逆さまです。
雄叫びを上げながらも、心の中で覚悟しました。
私、終わった。
人生が走馬燈のように流れるって本当なんですね。
今までの思い出、この世界に来てからの経験が次々と目の奥に浮かびます。
まだ何もしていないのに、塔にも入っていないのに死んじゃうなんて……。
しかも、何処の誰か知らない人にポイされて、轢かれた蛙のように這いつくばってベチャっと潰れてジ・エンドだなんて。
「嫌すぎるううううううっ!!」
目は開けられませんが、きっと地面はもうすぐです。
衝撃を覚悟し、思いっきり力んだら……。
あれ?
体がフワフワしました。
真逆の感覚を予想していたのに。
目を開けると、私はぷかぷかと浮かんでいました。
そして、申し訳なさそうに俯いているオリオンの姿が――。
「オリオン!?」
どうやら落ちる私を、魔法で止めてくれたのはオリオンのようです。
私の声を聞くと、ゆっくりと下ろしてくれました。
「やっと! やっと見つけたー!!」
探し求めていた姿を見て、安堵で涙が出そうになりました。
思わず飛びつき攻撃です。
前はこの衝動を我慢しましたが今日は出来ません。
おじいちゃん、探したんだから-!
私のタックルを食らってオリオンはよろけてしまいましたが、体勢を立て直すとポンポンとあやすように背中を叩いてくれました。
「……悪かった。何も無かったか?」
「うん。今、ジェットコースターみたいに上下に揺れて吐きそうになったくらいで、特には何もなかったよ」
「……そうか」
オリオンの方も安堵したのか、ホッと息をつきました。
そして私の台詞を聞いてクスリと笑っています。
でも多分、ジェットコースターを知りませんよね?
そういえば、あの朱い髪の少年は誰なのでしょう。
「あの人、オリオンの知り合い?」
「ああ……そうだな」
頷くと苦笑いを浮かべて上を見ました。
いるのかな? と思い、私も同じ方向を見たのですが姿はありませんでした。
と、いうか……今思いつきましたが、『光隠の印』を使って姿を隠せばよかったですね。
そうすれば、ジェットコースター体験しなくて済んだのでは!?
オーマイガッ!
あ、でも、強い人達だと見えてしまうのでやらなくて正解だったかも?
ブツブツ呟く私を、オリオンがジーッと見ていることに気がつきました。
なんでしょう、顔に何かついてる?
は! さっき担がれている時に涎とか鼻水が出てしまったのでしょうか。
慌てて顔を手で隠しました。
「今日は……本当に悪かった。これからはちゃんと、俺がお前を守ってやるからな。……もう二度と同じことは繰り返さない」
「う? うん……」
どうやら顔に何かついていたわけでは無いようです。
手の隙間からオリオンを覗くと、とても真剣な様子でした。
『守ってやる』なんて言われると、女子として大いにトキメキますが……。
その表情を見るとトキメキよりも、今の言葉の意味が気になりました。
『同じことは繰り返さない』
それは今日のことを指しているのでしょうか。
それともオリオンには、何か『大きな失敗か後悔』があるのでしょうか。




