第十六話
ファントムと別れた後、部屋に戻った私は内職に勤しみました。
楽しいことがあったからか、あまり疲れを感じることがなく作業は捗りました。
リコちゃんのイメージカラーはピンク、リンちゃんはパープルで何パターンかシュシュを完成させました。
二人がつけてくれているところを想像すると思わずニヤけてしまいます。
オリオンにも何か作れないでしょうか。
ちょっと考えてみたいと思います。
ああ、手芸って楽しい!
※※※
「ね? 凄いでしょ!?」
朝起きてポン汁を摂取し、ジョギングとは名ばかりの過酷マラソンと骨を粉砕されそうな柔軟を済ませると、今日も戦闘訓練で海に出ました。
初めて実戦を行うことになりましたが、私は余裕です。
何故なら私はもう、ロビンフッドなのですから!
進化した姿を皆に見せたくて、意気揚々とバブルフィッシュを倒して見せました。
得意げに胸を張る私を、二人は驚きを隠せない様子で見ています。
「昨日ボクを殺しかけた奴が……」
「そんなことしてません!」
もちろん今の戦闘も、姿は現していませんがアルが助けてくれています。
姿を現さなくても力を発揮出来るようです。
「お前、額のその印……」
「あ、そうな………」
『秘密だよ?』
オリオンに指摘され、思わず話そうとしたところで約束を思い出しました。
印のことを話したら、ファントムのことも話さなければいけません。
ど、どうしよう……。
話すのを止めた私を二人は怪訝な顔をして見ています。
「……呪いじゃなく、祝いだったか」
「!」
「祝い!?」
さすが物知りお年寄りのオリオン、なんでもお見通しなようです。
リンちゃんは目玉が飛び出してしまいそうなほど、目を見開いて驚いています。
「祝いって、お前そんなの何処で!」
『呪い』と『祝い』は同じようなものだと思っていたのですが、違うのでしょうか。
呪われていることが分かった時と比べると、リンちゃんの驚き度が格段に上に見えます。
私は益々どう答えたらいいのか分からなくなってしまい、口を開けることが出来ません。
「『祝い』というのは非常に珍しい。それは、扱える者が特殊だからだ」
オリオンが私に言い聞かせるように、ゆっくりと静かに話し始めました。
ファントムの姿が脳裏に浮かびました。
「特殊…?」
聞いていいのかドキドキします。
思わず息を呑みました。
「『神』と呼ばれる存在だ」
「かっかみさまー!?」
悪霊とか生霊とか、色々想像していたのですが、全く考えていなかったものが出てきました。
考えていたものよりも遥か高みの存在です。
高すぎて胡散臭さが漂うくらいです。
「女神みたいな?」
「いや、女神は別格だ。この世界の創造主、外側にいる存在だ。今言っている神は内側の神。土地を守護する土地神や、自然を司る川や海、森の神……あらゆるものに神はいるが……。あと、特筆するものと言えば……虚ろ神」
「うつろがみ……」
自然の神様はなんとなく想像がつくというか、聞き覚えもある感じです。
ですが、『虚ろ神』という言葉では想像がつきません。
つきませんが、どことなく不安になるというか……。
あまりハッピーな感じのしない響きに聞こえます。
「偉人や英雄、あるいは凶人……。良し悪し関係なく、大きな力を持った者が天命を全うしたにも関わらず、女神に召されることを許されず世界に留められた存在――。虚ろに虚ろう神、それが虚ろ神だ。または人神とも称ばれる」
説明を聞いている間も、脳裏にはファントムの姿が浮かんでいます。
……きっとファントムは『虚ろ神』だ、そう思いました。
只者ではない雰囲気はあったし、アルという存在を私に与えてくれました。
底知れない力を感じます。
「虚ろ神は厄介だ。他の神は、こちらに悪意がなければ害はない。だが、虚ろ神は違う。災いをもたらす場合もある」
オリオンの話は続いています。
リンちゃんも真剣な表情で聞いています。
「お前が見たのは人の姿をしていたか? 角があっただろう?」
角……ありました。
確かに、耳の上に角が生えていました。
そして人の姿……とても美しい人の姿です。
「……」
「……お前、分かりやすいな」
リンちゃんが呆れたように笑いました。
『虚ろ神と関わりを持つな』なんて言われてしまったらどうしようと思い、黙っていたのですがすぐにバレました。
「お前に祝いを与えたのは、虚ろ神だな」
「そ、そうかもしてないけど、悪い人じゃないよ!」
「何処で会った?」
叱られているような気がしてきて、何も悪いことはしていない、心配ないということを説明しようとしたのですが、主導権はオリオンにあるようです。
私が話すより、聞きたいことを聞き出す、という感じです。
「……」
黙秘権を行使です。
何処で会ったか話すと『そこに行くな』と言われるかもしれません。
その場所に行けなくされても困ります。
「何で黙るんだよ」
リンちゃんが苛々しているのが分かります。
腕を組んでこちらをにらんでいます。
「ボク達に隠し事か? ボク達はアンタの力になるために戦うっていうのにさ」
「うっ」
そこを突かれるとぐうの音もでません。
全面的に私が悪いです。
今も私が妙なことに巻き込まれていないか、心配してくれているのが分かります。
隠し事をするような奴は信用して貰えなくなるかもしれませんが……。
でも……でも!
「話さないって、約束したから……ごめんなさい。もし、不安なことや怪しいことがあったらすぐに話すから。でも今は、あの人は信頼出来ると思うの!」
心苦しいけど、やっぱり約束は破れません。
「「……はあ」」
私の必死の訴えを聞いて、二人は顔を見合わせて溜息をつきました。
生暖かい二つの視線が私を見ています。
うっ……居心地が悪いです。
「……分かった。言いたくないなら言わなくていい。だが……いいか、よく聞け。お前はこの世界のことを知らない。良いように騙される可能性もある。お前はこの世界では特別な人間だ。誰がどんな理由でお前を狙っているか分からない」
「……うん」
「俺はお前の『信頼出来る』という判断を信じる……だが、くれぐれも覚えておけよ。その判断はお前の運命を……お前だけじゃない、お前の周りにいる人間の運命も左右することになるかもしれない」
「! ……分かった」
オリオンに言われて、ハッとしました。
そうか、危険性があるのは私だけじゃないのですね。
ファントムのことで皆に害が及ぶかもしれないなんて……気が回っていませんでした。
猛烈に反省です。
「ま、祝いだったら大丈夫なんじゃない?」
「リンちゃん……」
明るく暢気な様子で吐き出された言葉は、すっかりしょ気てしまった私をフォローしてくれているようでした。
「何かあったら、ボクとリコはすぐにトンズラするから」
「……うん、ありがとう」
「トンズラするって言ってんのに、なんでありがとうなんだよ」
リンちゃんは笑っていますが、空気を和ませるために言ってくれたことが分かるからの『ありがとう』なわけで。
「まあ、予想外の戦力劇的向上だな」
そう言ってオリオンも私の肩を叩いてくれました。
……二人とも優しいです。
こんな素敵な人達に迷惑をかけてしまわないよう、私もしっかりしなきゃ。