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プロローグ 永遠の旅人


「これがそんなに珍しいですかな?」

 ここは欧州のとある村。一人旅の途中、たまたま立ち寄った小さな歴史博物館。豪奢な石造りの館の一室。とある珍妙な展示物に目を奪われていた君に、話しかけてくる人物がいた。

 驚いて振り返ると、そこには年老いた男性が立っていた。三つ揃いのスーツを上品に着こなした、英国紳士のような出で立ち。右足が悪いようで上半身は大きく傾き、手にはアンティークな彫刻が施されたステッキを握っている。それでも他の西洋人同様、見上げてしまうくらいには背は高かった。曇りのない見事な白髪は、丁寧に撫で付けられている。やや垂れ目がちな灰青色の瞳が、穏やかな視線で君を見ていた。

 どこか、その視線が懐かしいような気がしたが、直ぐに思い至る。そうだ、祖父と雰囲気が似ているんだ。いつも優しく甘やかしてくれた亡き祖父に。


「こんな田舎町によくぞ来てくれたね、お嬢さん。私はこの博物館の館長を務めている者だ。ふむ、見たところ君は異邦人(エトランジェ)ですかな?」

 君が頷くと、館長は柔らかく微笑んだ。そして「ようこそ我が家へ」と、歌うようにいった。君も、陽気なこの老人にくすりと微笑み返した。


「そうそう、君が見ていたこれはね」

 館長は話を戻すために、君が見ていた「展示品」をちらりと見た。

機械人形(クロックワークドール)と言うんだ」

 クロックワークドールズ。鸚鵡のように復唱する君に、「ま、かつては『ミレス』とも呼ばれていたらしいんだがね。ま、総称して『クロックワークドール』さ」と館長は付け足した。

「簡単に言えば、我々人間の生活を手助けしてくれるお手伝いの絡繰人形、と言ったところかな。君、もし君の手となり足となり、家事掃除から殺人までなんでもこなしてくれる、誰よりも従順な、しかし報酬を支払う必要もない、強く賢い召使いがいたら、それはとっても便利だと思わないかい?」


 君の答えを待つことなく、館長はガラスケースの向こうに目を向けると「相変わらず、美しいな」と独りごち、うっとりと息を吐いた。君もそっと館長の傍に立つと、改めてそれを見上げる。

 それは少女の姿をしていた。木製の小さな椅子に腰掛けている。シンプルな黒いワンピースを身に纏う彼女はほぼ等身大、背丈は凡そ150cmくらいか。肌は陶器のように冷ややかに艶めき、頬は桜色。上半身は、日向ぼっこの最中にうたた寝してしまったかのように軽く俯いて、薄桃色のセミロングが人形の顔に陰を落としている。伏せられた瞼の隙間からは、よく見れば琥珀の瞳が覗いていた。それなのに人工的に作られたという不自然さを感じさせない、まるで生きているかのような雰囲気をまとっている。今この瞬間にも目を覚まし、眠たげな眼を擦りそうだ。それにしても彼女はどうして……。


「『機械人形(クロックワークドール)。彼女の名は『エリュシオン』。機械人形の開発者レオン・リンドヴルムの弟子であり、史上最後の機械人形師ジェラルド・クラインの作とされる。当時……』」

 古の呪文のような声に、君は我に返る。館長が朗々と何かを話している。その文言は覚えがあった。そうだ。それはさっき読んだそこの説明書き(キャプション)に。

「『貴族を中心とし、人々の生活に根付いた機械人形文化は、しかし近隣諸国との戦乱の時代となって一転する。機械人形達は皆父子の代わりに徴兵され、優秀な殺戮兵器として、その姿を泥濘の中へと消していった。後世に残されたのは、ジェラルドの傍に置かれ、生涯愛玩されたという、彼の恋人を模したこの機械人形一体のみであった』」

 どうやら、館長はその説明書き(キャプション)をすっかり暗記しているらしい。機械人形を見上げたまま、微動だにせず語り続けている。

「『幾多もの犠牲を積み重ねるも、結果的には戦争に敗北。彼の小国は滅亡した。なお、彼の国において機械人形製造が盛んであったことは書誌に明白であるが、その製造工程についての詳細は不明。リンドヴルムも王家も、勿論クラインも一切の記述を遺していない。ただ……』」

 少し言い淀むと、見えない糸に引っ張られるように、館長はふらりと一歩機械人形へと歩み寄った。一体と二人を隔てるガラスに、そっと触れる。

「『人形に生命と自我を与え、意のままに使役することは、当時の国内において当たり前に行われていたようである。これらは現代の技術力を以てしても解明できない歴史の謎となっている』……だそうだよ」

 振り向いた館長は、好奇心を隠せない無垢な少年のように無邪気な顔をしていた。傍らに立つ君を覗き込むと

「所謂、失われた技術(ロストテクノロジー)、面白いと思わんかね?」

 君は素直に頷いていた。



「実を言うとね」

 そう言いながら館長は君にゆっくり向き直った。そして、内緒話をするかの如く、君に身を寄せた。ステッキが床を叩き、コツンと甲高い音が展示室に響き、君は無意識に一歩後ずさる。

 ふと気付いて周りを見渡せば、いつの間にか、君と館長以外の客はいなくなっていた。遠くから夕刻を告げる鐘が聞こえてくる。

さぁ、もう帰らなければ。誰かが君の耳元でそう囁いた。

「私は、この失われた技術(ロストテクノロジー)を頭の中に持っているんだ」

 突然、この人は一体何を言っているのだろうか。君は目を瞬かせた。確かに昨今の人工知能の革新は目覚しい。ロボットが業務を行うことだってある。彼が言っているのは、しかし、それらとは違う。つまりは「無生物に命と思考を与える」ということ。

 当然、理解の至らない君の中に、早口で捲し立てるような館長の言葉が流れ込み続ける。

「私は、もう一度このエリュシオンを従えたり、機械人形を創り出したりすることが出来るだけの力を持っている。私は神にもなれた。だが、私はあの男のようにはなりたくないからね、そんなことはしないさ。そうさ。でも」

 窓から差し込む西日が、館長と名乗る男の顔を朱に染め上げてゆく。相変わらず優しい、人の良さそうな笑顔。しかしその顔は、どこか不自然に歪んでいて、薬物依存の狂人のように見えた。

「君は、こうしてまた此処にきてくれた。私は……僕は、もう一度」

 どこか縋るように響く冷たい声が、背筋を流れ落ちていく。君は思わず身を強ばらせた。意味が分からない。何故か分からない。分からないが、本能が「逃げろ」と叫んでいる。

 館長は身を屈めると、君の頬にそっと左手を伸ばした。君はその手を即座に払いのける。そう、囚われてはいけない。君は館長の男を精一杯睨みつけた。

 しかし彼はそんな君に動じることもなく、じっと見つめたままだ。ただ柔らかな笑顔で、僅かに震えながら。何も言わない。辺りは静寂に包まれる。

 何秒の後、君はとうとう沈黙に押されて駆け出した。今はこの空間から、あの男から離れなさい。そう、あの人はもう「私の知っているあの人」ではないのだから。

 扉を出ようとした瞬間に、背後から掛けられた声は、果たして誰に向けられたものだろうか。

「君が、今度こそ幸せな日常を歩めるよう」



「そう、それでいい。すまないね、異邦人(エトランジェ)。遠い異国の旅人よ……」

 館長の男は、漸く訪れた奇跡に涙を流していた。

 操り人形の糸が切れたかのように、男は大理石の床に倒れ込んだ。咳き込んだ手の平には黒い液体が着いていて、彼の生が残り幾ばくもないことを訴えている。それでもこの男には、もうなんの後悔もない。

 嗚呼、あの異国の旅人は、何処から来たのだろうか。何処へ行くのだろうか。彼には知る由もない。だって彼女は「彼女」ではないのだから。ガラスケースの中の少女とよく似た、あの旅人。そう、魂は生まれ変わり、生まれ変わってまた此処へ辿り着いたのだ。

 意識が遠のいていく。白い霞の中に見えるのは懐かしい面々。

 男は呟く。「君に会えてよかった」と。

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