110 壊滅
草木も眠る丑三つ時。トレント軍の半数を連れて、夜を徹しての大移動中だ。ハニートレントは目立つので、本隊で活躍してもらうつもりで置いてきた。グレンさんの指示にできるだけ従うようにお願いしたので、大丈夫だと思う。
荒野エリアに隣り合う森エリアを目指しているのだ。木を隠すなら森の中、的なアレである。やはりいきなり森ができるのは不自然すぎるからな。
真っ暗な視界の中、プレイヤーを乗せたトレント達はこけることも迷う素振りも音を立てることもなく進んで行く。
「カローナさん、潜伏位置はこの辺? 遠くに見張りの明かりが見えるが」
「そうじゃないかしら。マップから見ても問題ないと思うわ」
そして、自陣と敵陣の野営の光が両方とも線になって見える位置で停止した。トレント達は思い思いに気に入った場所に生えていた普通の木を腐らせて養分にし、そこに腰を落ち着ける。
なんだろう、共食いを見てしまったような気分である。
さて、決戦の予定を確認せねば。何をするのかわからないからな。
「一応昼間の作戦を確認する。カローナさん、どうぞ」
「え? 私?」
「別にグレンさんの説明を聞いていなかったとか、そういうわけじゃない」
「聞いてなかったのね」
カローナさんに話題を振ると、非常に残念なものを見る目で見られた。美女にそんな目で見られると変な扉開きそうだからやめてほしいところ。
彼女は諦めたように一つ咳ばらいをして作戦を説明してくれた。もちろん、確認の意味合いもこめてトレント部隊に配属されたプレイヤー全員にチャット配信である。静かにしているために、という配慮もあるとは思う。
『今私たちがいるのは、明日こちらの陣営の最前線が展開するちょうど真横よ。夜のうちにサカイが交渉して、プレイヤーの陣営を左翼左端に配置させるようにしているはず。予定では正午ごろから少しずつ後退していって相手陣営をひきこみ、その横面を殴りながら分断する感じね。包囲できれば一番いいわ』
『なるほどな。基本はトレントに乗って移動って感じだよな? 事前に伝えたはずだけどアレルギーのあるヤツいないよな?』
『いないわよ』
『それはよかった。基本的には全員投入でいくが、三人組を作ってフォローしながら戦ってくれ。最低でも一人は水魔法か火魔法が使えて、トレントの焼失や延焼に気を配るように。……と他の人達に伝えてくれ』
OK、昼に通り過ぎる敵部隊を襲撃だな。
作戦を理解したところで、トレントに乗った状態で戦うときの注意事項を再度伝える。木だからな~、やっぱり山火事は嫌いだ。事前に水を被らせてから突撃させてやりたいし、火魔法が使えれば鎮火もお手のものだろう。
が、私からお願いするよりもカローナさんからのほうがスムーズだろう。美女だし、有名だし。
『ジャンさんからが筋でしょう?』
『知名度的に私の言うことを聞いてくれるわけないじゃん! トレントは私が、人はカローナさんがまとめる。でぃすいずぱーふぇくとあんさー!』
『というか、グループチャットをしているんだから無意味な打診よね』
『しまった!』
『wwwwwww』
『うお、トレントも震えてるww』
『隊長間抜けかw草』
くっ、草を生やされてしまった。トレントたちもなんか笑ってるし……。どうせトレントの方が有能です……。
というか、ここまでずっと静かだったじゃん、君たち。ここにきて私をいじるとはどういうことなんだ。別に良いけど。
『じゃあ明日に備えて寝るぞ~。鼾をかかないように気をつけろ~』
『見張りは!?』
『え? 敵が来ればトレントたちが起こしてくれるし、時間稼ぎは蜂がやってくれるぞ?』
『……本当に友好的ねえ』
枝葉に埋もれる夢のような睡眠。嘘です、結構体が凝るよね。
日が昇ったころに目を覚ますと、何人かは地面に降りてメイプルトレント達と柔軟体操をしていた。私も混ざる。
今日の戦端が開いてすでに三時間ほど経過した。目の前では味方は倒れ、敵陣が忙しなく行きかっている。
「……暇だな」
「暇ねえ。うずうずするわ」
カローナさんは杖を磨きながらそわそわと視線を戦場に向けている。
敵は森に斥候を放つ気配もなく、完全に不意をつけそうな雰囲気だ。今すぐに突撃したい気持ちはわからなくもない。
『カローナ副隊長! 突撃させてください!』
『今からだって不意打ちになりますよ!』
『残念だけど、まだだめよ。ね、ジャン隊長』
チャットでも他の人たちの落ち着きがなくなってきていた。カローナさんも向かいたいなあって気持ちが滲んでいますよ。
『隊長ってわざわざ強調しなくていい。……皆の気持ちはわかるが、まだ合図がないし堪えてくれ』
『目の前でフレンドが死んでいくから、焦るのはわかるけどね。あとでまとめて仇をとりましょう』
『トレントたちを見倣いたまえ。微動だにしていないだろ? あ、ミツミツの実の蜂蜜入り保存食はいるか? 鍋さんが作ったから味は保証する』
一斉に挙手するのはやめなさい。今から飛びうつって配りに行くから。
「見ろ! 南の空に赤い光が!」
「合図だっっ!」
「突撃~!」
保存食ってなんでこんなに腹に溜まるんだろうな。昼どきの木陰はうとうとするのに最適だった。しかし、空に閃光魔法が炸裂する。その合図に周りが湧きたつが、足にしているトレントが動かない。
トレントは基本、私の言うことが優先だからな。今から指示するからそんなに恨みがましい目で見るんじゃない。
「これより個人の判断に任せる! トレント、出撃ー」
ずしん……、と初動は重いが、スピードに乗ればトレントは存外早い。すぐに敵の後背につく。
「なんだ!? うわあああああああ!?」
「森が動いているだと」
「トレントの群れ!? なぜこんなところに……」
「燃やせええええ!!!」
「前方の敵の勢いが増しました! 指揮官、ご指示を!」
いきなり現れて魔法を連発していく私たちに、敵は慌てふためいている。ざまあ!
「ふっふっふ。それを見越してこっちはトレントに水をかけるように指示してあるんだ、馬鹿め」
さて、私は三人組が作れなかったぼっち隊長なので、一人悲しく敵を倒すとする。とりあえず、NPCの指揮官は目立つ格好をしているので非常に分かりやすい。
「おお、よく飛ぶなあ」
班長さんからもらった爆発物を、同じく支給された簡易の投石器で敵陣に放っていく。検証班のみなさんには対パッセル用の品物なんかも急造してもらったし、頭が上がらない。風魔法で補助すれば百発百中である。
頭のない部隊は簡単に統率を失い、散り散りに討ち取られていく。ちなみにトレント部隊はそもそも統率していないので心配ない。
プレイヤーの中心人物ってわからないんだよなあ。
「カローナ! まさかあんたとヨハネがそっちに行くとは思ってなかったよ! この裏切者が」
「自分に正直で何が悪いの? どうせ私には勝てないんだからさっさとリポップしてきなさい」
カローナさんはいつもの組んでいたメンツと仲間割れしている。
傲然と言い放つ様子は女王さながら。
めっちゃ悪役なんですけど。
「ぐっ! 舐めんじゃないよ!」
「はあああああ!」
「『―――****』!」
切りかかる仲間たちを魔法で沈めようとするが、やはり勝手知ったる相手と言うことで防がれたりいなされたりする。とうとう姐さん――たしかそう呼ばれていたはず――が、カローナさんの乗るトレントの根元に到達し、剣を振り抜いた。その薄刃の剣で伐れるのか!?
「『葬送武闘・参式・衆合』!」
「トレントちゃん! よくもやってくれたわね!」
ヒノキトレントオオオオオオオ!!!
私が駆けつけようかと思ったとき、ヒノキトレントはばふんと花粉をばらまいた。辺り一面真っ黄色である。いつぞやの腹上死を思い出すな。まさかあのトレントの親戚かもしれん。
「げっほげほ、ぐしゅん!」
「なんだこれ目が、目があああ!」
「かゆい! 涙がとまらない」
花粉症の人かどうかは知らないが、とりあえず敵方には催涙系の状態異常が発生している。そして悲しいことにスギとヒノキたちは切られるたびに花粉をばらまいていて悲惨な状態だ。
私はくしゃみの気配もなく、引き続き敵を爆破していく。
「『―――――*****』!!!」
カローナさんは照準補助のようなスキルを持っているのか、視界が黄色い靄に邪魔される中でも寸分たがわず氷結系と風の魔法で以前の仲間を狙撃する。
「くっ、さすがあたしたちの仲間だ。こりゃあ本陣に戻るまでもつかねえ? ……あたしたちもずらかるよ、最後に一掃して先行したやつらの退路を多少は用意しなきゃね。ユリウス、龍笛を吹きなァ!」
「了解!」
ピィィィィィィィィィイイイっ!
なにやら不穏な会話のあと、甲高い笛の音が鳴り渡る。
『呼んだか人間よ……。我が名はトゥザッティ、十八を司る夜の神なり』
名乗りと共に現れたのはかなり見覚えがある龍――トゥザッティだった。
龍の召喚は反則すぎるだろ! っていうかトゥザッティはなんで応えちゃうかな、フットワーク軽すぎるだろ!?
トゥザッティの素材で召喚用のアイテムも作れるのか!
「ぴ」
パッセルまでいるのかよおおおおおおお!!?
頭にちょんと乗ってるけど! バリバリ雷が渦巻いているけど!
『貴様らに恨みはないが、主神の命だ。死ぬがよい』
トゥザッティは敵陣営だけを見分けて屠り、パッセルは無差別に殲滅している。たぶん面倒くさいんだと思う。
班長に渡された身代わり人形や避雷針にも限りがある。今回は決死の突撃作戦ではなかったはずなんだけど。
「きゃあ! 杖が!?」
「はん、その杖がなきゃカローナはふつうの魔法使いだ。観念するんだね。あたしらもズラかるとするか」
もたもたと動揺しているうちにあちらとこちらの部隊が削られていく。カローナさんは腕輪を壊された。そしてトレントは背も高く、早々に雷の餌食になっており黒こげの死屍累々。もう泣きそうである。
「退却!」
「無理です! 隊長なんとかしてください!」
「龍と相打ちしたって聞いたんです! ジャン隊長なら行けますよね!?」
「こんなときばっかり頼りやがって!」
ピンチの時だけもちあげてきやがって! 縋りつくように叫ぶプレイヤーはともかく、生き残っているトレントだけでも逃がしてやりたい。
困ったときの混沌頼み。
「ええい、『混沌』!!」
あれ? 視界が白く――。