108 自爆はロマン
すみません、ちょっと今回頭が悪い気がします……。
イベント日和の良い朝に、主だったプレイヤーが集まって地図を前に今日の作戦を擦り合わせている。
私? 龍だからね、上から余裕で覗きこんでいる。
ベーコンと目玉焼きをのせたトーストをかじりながら、グレンさんが意見をまとめた。肉声とチャット配信がダブって聞こえるのがちょっと面白い。一方で、私サイズのトーストは作ってもらえなかったのが悲しい。昨日酒を大量に消費したせいである。
「よし、プレイヤーは三つに分かれる。一つは生産職とそれの護衛グループ。チャットがあるから、ここは防御力と回復力の高い者たちがメインだ。常時はサカイが、非常時はヨハネが指揮を執る」
地図の現在地に緑の駒をおき、サカイとヨハネと書きこむ。それを受けてサカイくんとヨハネさんが立ち上がってお辞儀をした。
「二つ目のグループは後方のモンスターの駆除だ。アンデッド化してるから、浄化か炎系のスキル持ちが望ましい。このグループはオレとカローナが行く」
同様に南側に赤い駒を配置し、オルグレン、カローナと書く。カローナさんがグレンさんの側に移動した。
「最後に、今日の戦線で敵陣を襲う決死隊。これは希望者だけな。ジャン――龍の運ぶ籠に乗って囮をしつつ、魔法や使い捨ての魔道具を落としていく。八瀬がリーダーな。各自の健闘を祈る!」
北側に黄色の駒に私と八瀬の名前が書かれる。八瀬という名前に微妙に聞き覚えがある。誰だっけな……。首をひねるが、私の記憶はギュッとも絞られてなかった。
「ジャンさん、籠の用意ができました。お願いします」
『おー。今行く』
サカイくんに呼ばれて、急ごしらえの籠に近よる。屋根はなく、私の腹で塞ぐ形になる。私の翼に引っ掛けて腹の下に籠がくるように吊るすのだ。
何人かのプレイヤーが私に籠を取り付けるさまは、出荷する箱詰めの野菜を運搬中に崩れないように荷台に縛り付けているようであった。
荷物の中身――特攻する人たちはと目を向けると、何人かが縛られて転がっている。一人だけその傍に仁王立ちし、こちらを眺めている鬼人族の男がいる。
「ジャンさん、今動けないでしょうけど紹介しますね。彼が八瀬さんです」
『ああ、なるほど……。そういえばそうだったような……』
「俺に龍の知り合いはおらへんけど?」
『うん、気にするな』
闘技場イベントで杖を盗まれていた人だ。思い出したので満足。
窓の代わりに側面に穴がいくつも空いた籠が括りつけられ、私の四肢の可動域にも影響がないことを確認する。多少不格好なのは、この際仕方がない。むしろ一日でこれだけの籠を作り上げたことに驚くべきだろう。
そしていよいよ人が乗ることになる。
「……まあええ。お前ら、いくで」
「いやだああああああああ!」
「爆発したくないいいいいいいい」
「ムリムリムリムリムリ」
「ボスのばかあああああああ」
乗る、というか。ドナドナされているというか。泣きわめく簀巻きの人たちがズリズリと私の腹の下に収められた。敵軍の捕虜とかではなくて、れっきとした味方なのだ、これでも。
八瀬氏は細身なんだが、なんなら魔法職のはずだが、どこにそんな力があるというのか。
会話をチャットに切り替えて気になることを尋ねる。
『……全然希望者じゃなくないか?』
「こいつらは逃げ場がない時にこそ力を発揮するんや。よおく見とき」
『うわ鬼』
「「「そうだそうだ!」」」
「鬼やで?」
『ドヤ顔がウザい。見えないけど』
「「「もっと言ってやってください!」」」
全然慕われていないクランリーダーもいるもんなんだな。え~、これからコレと行動するの不安なんだが……。
『これで全員か?』
「せやな。うちのクランのメンバーはこれで全員や」
「ちょっと待ってくれ。俺も乗せてくれないか」
ストッパーよ来い!!! と思っていると、本当に現れた。
つるっぱげのガチムチマッチョである。……ストッパーなのだろうか? でも常識人っぽそうな雰囲気ではある。期待。
私は初対面だが、八瀬氏は知りあいのようだ。
「班長じゃないか」
『班長さん?』
「その渾名で紹介するのやめろや。俺はウーロン、検証班でクランリーダーをしている」
『私はジャン。検証班というとサカイくんの知り合いでもあるのか。いつも世話になっている』
たぶんお世話になっている。私が売った素材や情報が結構な確率でサカイくんの「検証班行きですね」という笑顔を向けられていた気がする。……笑顔じゃなくて頭痛か。
『で、班長はなんでこっちに?』
「ウーロンだと言っているだろうが。目的は今回提供した魔道具の威力の測定だ。よろしくたのむ」
『了解した』
律儀に注意してくるあたり、この班長は擦れていない。かわいそうに、諦めた方が楽だぞ?
そんなこんなで七人を乗せて敵陣上空へやってきた。私はデカいので良い的である。下からバンバン魔法が飛んでくる。
しかし籠自体に付与された攻撃カウンターがいい感じに作用して無敵な感じがする。イエーイ! 痛くない!
嘘です。籠が守っているのは籠の中身だけなので、余波がチクチクします。ちまちま魔法を使って攻撃を打ち消す地味な作業中です。これはこれで楽しい。
「遅延式魔法弾――着火」
「――着火」
「――着火」
「――着火」
「投下! ジャン、次は十一時の方向に直進!」
『了解』
密集したところに落ちるように、班長さんが指示を出す。それに即応して簀巻きだった人たちが魔法陣をこめた丸い石を下に手放す。
着火タイミングと投下タイミングを完璧にコントロールしており、慣性にしたがって私の真下で熱と礫が人を巻きこんで爆発する。班長さんの脳内計算どうなってるんだろう。
それにしてもグロい。それとこの人たちテロ行為に慣れすぎていないか? ヤバい片棒を担がされている気がする。
『空から来るモンスターはこっちで片づけるぞ』
混沌神のせいでモンスターというモンスターは敵である。正面からハーピーやワイバーンといった飛行種が現れたので、迎撃しよう。
「ああ、俺も手伝うで。『――、****』!」
不思議と攻撃的な音韻のあと、飛行種の大半が翼を凍らされたり貫かれたりして地に堕ちていく。
ちくしょう出番が消えた。意外と強いのな。
「『――、****』! アーハッハッハッ!『***』! 『****』!」
高笑いと共に落ちたモンスターが爆発四散した。ヒドイモノヲミタ。
気を取り直して前方を再確認すると雷雲が空の奥から広がるように迫ってきている。
『マジで? いやいやいやいや、うん』
……!? ……!?
龍になって強化された視力で捉えた事実から目を逸らしたい。切実に。
『待て待て待て待て』
落ち着け、二度見はもうした。三度見をしようじゃないか。びーくーる、しんこきゅう、そっとまぶたをもちあげる。
『……なんでパッセルが敵側なんだよ!!?』
非常な現実はまったく変わらず、雷雲の先頭にパッセルが胸毛を膨らませて鎮座している。しかもパッセル自体もピカピカしている。完全に臨戦態勢じゃねーか!!! 静電気ならまだよかったのに!!!
真顔で身を翻し、全速力で遠ざかる。
『逃げるぞ!』
「いきなりどないしたん?」
『私がいつもお世話になってる精霊獣が来る。絶対に勝てないから逃げよう』
「……あの雷ブッパしてるスズメか?」
『それそれ。みんな下に降りるか? それとも一緒に雷で死ぬ?』
「いや、龍がスズメに負けるん??? そもそもその選択肢逃げきれてないやん」
『鋭いご指摘感謝!! ぎゃあああああああ!!!』
雷刺さった! ほらねー!!
電気にとっては距離なんてほぼないも同然だ、そりゃ遠距離で攻撃するよな! 私の馬鹿!
『ほらバリバリ言ってるバリバリ言ってる! HPピンチ!!』
「ほい、ポーションかけとくな。検証班特製の『貫徹万歳』だ」
腹にかすかな衝撃を感じ、少しだけ熱が広がる。しかしこれはびりびり痺れる時間が延びただけでは?
『雑! ただの延命措置!』
「龍にも効果あり……」
「班長、悠長にメモってる場合やないで。このままやとスズメに俺らが殺されてポイント丸取りされてまう」
「まさかリーダー……」
「やっべ笑顔だ」
ごくり、と何人かの唾を飲みこむ音が聞こえた。ちなみに私も飲みこんだ。
「そや。敵巻き添えにして華々しく散ろうやないか。『――***』」
がくりと力が抜け、重力にどんどん引っ張られる。
『やめよう、自爆やめよう?』
「自爆じゃァァァッ! 『****』!」
無理心中は良くないと思うぞ!?
アッ―――――!
読者さんに展開ばれてた(笑)




