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107 混沌を司る龍の端くれ


 カローナさんは、ポーション片手に私の背中で魔法を連発する。赤、青、緑、黄色、紫、白、金、銀、様々な色の魔素が空中に魔法陣を描いては消えていく。数秒置いて轟音や暴風の破壊音が衝撃となって伝わってくる。

 間近で見る花火とは、また違った趣があり、なかなか面白い。これが自分に向けられていたらと思うと、ゾッとするが。


『ぜんぜん減らないな……』


「まったくね」


 しかし、依然として眼下は黒く蠢いている。空にも断続的に黒い靄が現れはじめている。

 時折、地面で赤が見え隠れし、そのたびにモンスターが跳ね上がる。たぶんそこにいるのだろうが……。

 人間業じゃないその戦いぶりを尋ねると、どうも同じ人種じゃないように思ってしまう。


『グレンさん疲れないのか、あれ。もう二時間くらい大剣振り回しているけど』


「ああ、あの魔剣は血を吸うとHPとMPが回復するのよ」


『なにそれ人間やめてるな』


「貴方には言われたくないんじゃないかしら」


 グレンさんみたいな戦闘狂にはお似合いの武器だけども。グレンさんを人間扱いして私を人間扱いしてくれないのはちょっと酷いんじゃないかな。

 たしかに今は龍だけどさ、私も一応人間だって忘れてないか?

 倒せども倒せども地面が全然見えないので、私も多少は貢献したいというか、せめて飛行機ではなく戦闘機くらいの仕事はしたいところ。できるかどうかはともかく。


『私も燃やしていいか? ブレスの練習をしたい』


「いいわよ。私の魔法規模と勝負する?」


『遠慮しておく。その条件で勝つなら私がこのまま転がってつぶした方が勝機がありそうだ』


「ちょっと、麺棒みたいに転がるなんて、龍の姿では絶対にしないでよ?」


 ココア味のクッキー生地を伸ばす龍型の麺棒が頭をよぎる。割とアリでは?


『それ、人間の格好なら止めないって聞こえるんだが』


「あなたにモンスターに食われる趣味があったなんて知らなかったわ」


『失礼な』


 常識的に考えて、そんな命知らずで勝算がなさそうなことしないぞ。

 内心抗議しながら空気を吸い込み、喉に魔素を籠めて、一息に吐き出す。前に龍人状態で吐いたときは無色透明の呼気だったが、今回は禍々しい黒紫色のガスだった。

 それらは前方の魔物を悉く舐めていく。


「あら? 全然倒せてないわね?」


『悲しい……、ん?』


 全然効果がない……、と思ったのだが、黒い波はダマができたように濃淡ができた。魔物同士でだんごのように乱戦を始めたのである。


「……混乱しているわね」


『同士討ちラッキー。よし、もういっちょ』


 これは便利、と気をよくして少し奥へ向けてもう一度ブレスを吐く。

 今度は青みがかった白い息吹だ。地面は遠いのに、冷たさが漂うような気さえする。


「……凍っているわね?」


『まさかのランダムブレス。もう一回吐いていいか?』


「どうせなら全種類見たいわね」


 今度は輝くようなモスグリーン。モンスターたちの移動速度が上がった。有り体に言うと元気になった。ガンガン行こうぜ! って感じの雰囲気を感じる。


『うわッ、これ相手にバフをかけることもあるのか!?』


「使いにくいブレスねえ。もう物理で戦ったらどう?」


『麺棒しちゃう? あ、グレンさん死にそう』


 モンスターが活発化したためだろう、グレンさんの回復ルーチンがくずれたようだ。動きも少し鈍いし。じりじりとHPが心もとなくなっていくのが、メニューのパーティー管理画面から確認できる。


「そろそろ回収して撤退しましょ。ポーションももうないし……。本陣にいる鍋からチャットがきたけど、プレイヤーの三割くらいがこっちに応援に来ているそうよ」


『それはいい。鍋さんがいるなら、飯が楽しみだ。グレンさんのついでにモンスターの死骸も回収しよう、生産職が喜ぶ。酒もあるかな?』


 カローナさんが細かい魔法でグレンさんの周りを大雑把に片づける。空いた空間に尻尾をそろりとおろし、グレンさんを巻いて引き上げて回収する。……うっかり潰しそうだから、やっぱり掴んでもらう方がいいか。


『グレンさん、尻尾降ろすからそれに掴まってくれ」


「了解!!」


 まだそこまで下におろしていないのに、ひょいっと登られるとなんか自信失くすな。何が、とは言わないが。

 もやもやとしながらモンスターの死骸は適当に魔法で引き上げてストレージに仕舞う。お土産になるといいのだが。


「ふー助かったぜ。さすがに初日から死ぬのは締まらないよな」


「あら、最後の最後に死ぬのも間抜けよ?」


「それもそうだ。さて、戦績はどうかな?」


『戦績はもう見られるのか?』


「メニューのイベントのタブから見られるぜ。最終更新はついさっきか」


 二人はいそいそとポイントを確認しているようなので、私も続く。上位百位に私の名前がない……。

 私に乗ってる二人の名前は上位に燦然と君臨しているのに。


「オレはだいたい二千ポイントかな?」


「私は三千ちょっとね」


『おお……。私のポイントひくくないか。たったの二百……』


 けっこうブレス頑張ったのに!


「ジャンさんはトドメを刺してないものねえ」


『これ、回復職とか状態異常系の魔法使いには不利だな』


「ここの運営のことだし、なんか落とし穴がありそうよ?」


「その前に、オレたちとポイントを比較しているのが間違いだろ」


 トドメを刺さないとポイントが入らないってことは、戦闘職だとどうしても差が出てきてしまう。その差を埋める何かを用意していそうではある。

 私ももうちょっとかっこよく活躍したい。

 途中でモンスターのスタンピードに向かう人たちとすれ違い、すいすいと空を泳いで野営地につく。赤く細長い布がいくつも靡いているあたりが星渡りの旅人たちのエリアなので、そこに着地する。すると、待っていたかのように白いうさ耳の人が近づいてきた。鍋さんである。


「やあ、久しぶり」


『鍋さん、久しぶりだ』


「話しづらいんだけど、人間に戻れないのかい?」


 私の頭はふつうに座るとだいたい五メートルくらいの位置なので、見上げて話すと首が疲れる。人間に戻ろうと、体中の力を霧散させようとしても全くうまくいかない。

 鍋さんの首が痛む前に、人間に戻るのを諦めてべたーっと長い首ごと頭を地面に這わせた。これで目玉と鍋さんの視線がだいたい同じ高さだ。

 地面は草が生えていて意外に良い気持ち。


『これがうんともすんともしなくてな。邪魔だとは思うが、どうかよろしく』


「うん、邪魔。あっちに行ってくれるかい」


『めそめそ』


「嘘泣き下手だね。回収した食材はある?」


「食えるかわからないけど、いっぱい持ってきたぜ。ジャンが」


 鍋さん、私の扱いは食材以下なんですか。

 追い打ちのように、背中から滑るように降りてきたグレンさんが素材のありかを教える。私は仕方なく、無言でストレージ(ポッケ)から死骸を取り出して積み上げた。

 鍋さんはそれを見てものすごい笑顔だし、こそこそと生産職っぽい人たちが物陰から顔を覗かせている。


「これは腕が鳴るね。みんな喜ぶ」


『もうみんな集っているじゃん』


 素材に敏感だね、きみたち。


「あの! 龍の鱗くれませんか!」


『痛いからやだ』


「明日も素材いっぱい持ってこいよ!」


『私はトラックか何かか』


 龍としての威厳が足りないのか、ちょくちょく私の素材を求められる。際限なく許していたら絶対に素材としか扱ってもらえなくなる未来が見えたので全部断った。

 鱗とか、血とか、涙とか。まあその辺はあげてもいいんだけど、流石に肉とか骨とか角とかはちょっと……。再生魔法とかポーションで生えるとしても、だいぶ遠慮したい感じだ。その上、もしドラゴンのテールステーキとか出てきたら食べられない。私はウロボロスじゃないのだ。


「ジャンさん、夕飯を一緒にどうです?」


『サカイくん、いたのか』


「ええ。商人ですけど、戦争中は諜報で遊んでますよ」


『怖ッ』


 久々に会うサカイくんはいつも通りにこやかだ。サラッと怖いことを言っている。

 まあご飯は一緒に食べよう。一人で食べるのは味気ないからな。




 というわけで日も暮れ、三日月が浮かぶ空の下、バーベキューならぬ餃子パーティーをしている。なお、人間には戻れていない。

 この星渡りの旅人(プレイヤー)用の陣では仲がいい者同士である程度の塊になり、キャンプファイヤーを囲んでいる。賑やかで戦争中だなんて全然感じない。


「餃子焼けたよ」


『ビールもつけてくれるか? あと、おろしポン酢がいい』


「ちゃんと用意したよ。足りるかわからないけど。日本酒の辛口もある」


『さすが鍋さん!』


 ぽいぽいと口に流し込んでもらって、一気に咀嚼する。はねはパリパリ、じゅわじゅわの肉汁はおろしでサッパリ。ぴりりとラー油がまた美味しい。火でも吐きたくなるこの味、たまらん。


「というわけで、一日目、お疲れ様! かんぱーい!!」


『「「かんぱーい」」』


 大規模戦一日目お疲れ様、ということで、グレンさんが音頭を取る。

 私は樽ごと酒を流しこまれた。一気はきついので、あとは魔法でちょっとずつ浮かせて飲もうと思う。


『美味い……、もうちょっと』


「さっきからそう言っているけど、君が一番食べているじゃないか。備蓄の酒がものすごい勢いで減っているんだけど……」


『酒になるモンスターっているか? 獲ってくるが……。そう言えば、ミツミツの実がいくつかあるぞ』


「もらおうじゃないか」


 龍の巨体に見合った消費量に鍋さんに文句を言われてしまった。ミツミツの実で黙らせる。いっぱいあるのだ、えへん。


「ジャン、明日は敵陣に何人か乗せてやってくれ。上から攪乱と囮を頼まれた」


『囮って』


「貴族たちは私たちが向こうの意図も読めないと思っているらしいですね」


『貴族?』


「星渡りの旅人はハングマン共和国のメムの議長の指揮下に収められてる」


 私の周りにいるのは、良くも悪くも星渡りの旅人たち(プレイヤー)のトップの連中だ。住人との連絡役兼旅人の指揮官をこなしているみたいで、明日以降の作戦について相談していた。

 二人ともいい笑顔だけどまったく目が笑っていなくて、グレンさんのグラスにはひびが入っていたりする。なんで酒が漏れないのか。液体もグレンさんに怯えて凍えているのかも。

 それはともかくとして、明日も私は荷物運搬役ということはポイントがあんまり稼げないんだろうな……、と考えてはたと気づく。


『なあ……、ちょっとヤバいことに気づいてしまったかもしれない』


「なんですか? ……ちょっと待ってください、カローナさん、防音の魔法は使えますか?」


「内容を聞かれなければいいのよね? 『――*****』、これで周囲に漏れる音は雑音になるわ」


「ありがとうございます。さ、ジャンくん、遠慮なく続きをどうぞ」


『え、なにその厳重な対策』


「あなたはとんでもないものをポンと出してくるので」


 思いついたことを話そうとしてサカイくんに止められた。しかも周りに聞かせないという徹底ぶり。効果範囲に私の首より先は含まれていないようだけど。

 とりあえず解せぬ。


『なんか納得できないけど……、それはおいておく。言いかけたのは、今回ポイントに加算されるのは殺戮数だろ?』


 私は確認の意味合いもこめて、今回のイベントのポイントの稼ぎ方を尋ねた。全員が「なに当たり前のことを言っているんだ」というような表情を浮かべ、メニューを開いてランキングを見返したり記憶を漁って首をかしげたりしはじめる。


「おや? ネームドのモンスターもランクインしているんだけど……。NPCもランクインするんだね」


「そうだな。現時点でのランキングだと、やっぱりカローナが一位だったし。次点で即死使いのレアか。やっぱり魔法使いが有利だよな」


「お二人も三位のグレンさんに言われたくないんじゃないでしょうか~。生産職は料理人と薬師が強いですかね~」


「ランキングを見る限りだけど。人間を倒す方が、ポイントの効率はよさそうね」


「ああ、相手の補給基地を襲ってもポイントが高くなりそうですね。で、ジャンさんはそれの何が気になるんですか?」


 鍋さん、グレンさん、クーゼさん、カローナさん、サカイくんの順でそれぞれの見解を述べる。

 そこに私の悪魔的な思いつきは含まれていなかった。だから、それについて私は注意を促したい。


『指定されているのが殺戮数だけなんだ。……つまり、同士討ちでもポイントが入る可能性がある』


 ごくり、と誰とも知れぬ唾を飲みこむ音が響いた。もしかしたら餃子を飲みこんだ音かもしれないが。



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