103 永遠の戦争のマーチ
竜と龍の違い:形状以外に貴賤はないです。が、総称として竜を用います。
フェアリーズは満腹になったからか、すぴーすぴーと昼寝を始めている。パッセルの上や近くで積み重なり、上下する腹がなんともかわいい。
「さて、龍の鱗の検証をするぞ」
「検証?」
「お前は竜についてどれぐらい知ってい……、いや、言わなくていい」
冷静になったディオディオは腕まくりをして、きれいに洗った私の鱗の前でハンマーを構えている。
それは検証スタイルじゃなくないか、と思って首をかしげると、竜の知識があればけっこう常識のようだ。
ディオディオは溜息をついて、質問に答えようとした私に手を向けて制止した。明らかに私に常識を期待していない。酷い。たしかに竜について何も知らないけど。
「竜というものは、一匹として同じ特性の竜は存在しない。人語を解さぬ下等なドラゴンは別だが、名をもつ固有の竜に同種という概念はありえない。常にユニークだ」
「龍人もか?」
「龍人や竜人も竜になれる。固有特性を有していれば、だが」
「マジで!? ちょっと飛んでくる!!!」
「出ていくなら鱗おいていけ」
「嫌です」
「チッ」
あからさまに舌打ちした。私はもはや弟子ではなく、素材として認識されているようだ。
でも竜になれるのかー、ちょっとワクワクしてきた。変身は全人類の夢と希望とロマンが詰まっている。あとで練習しよう、そうしよう。
「妖精龍人というお前の種族も、歴史上おそらく初めて現れた竜のはずだ。つまり、どんな竜なのかわからないから素材としてどんな効果をもたらすか予想できない。だから調べなければならない。足りない頭で理解できるか?」
「足りないのは頭じゃなくて知識だ。わかりやすい説明ありがとう」
つまり現時点で私が謎の生命体だから実験しようぜってことだろ? 人体実験にならないといいな。ならないよな?
「まあ妖精と名のついていることだし、ある程度想像はつくが」
「鑑定できないのか?」
「俺は識別しか持っとらん。竜を正確に鑑定できる者など、探究神の神官でもごく一部だろうよ。旅人にもいるのかもしれんが、俺にはあいにく知り合いがいない」
「レアなのか」
サカイくんに鑑定を頼めばよかったな。失敗した。
でも鑑定してもらっていたらしてもらったで、サカイくんにも鱗を剥ぎとられていた可能性がそれなりにある……、いやない? どっちだ?
「物理、魔法面での検証さえできればいい。全てを知るには竜は未知すぎる。……よし、壊すぞ」
「壊すんかい」
「弱点を知ればだいたい長所も見えるものだ」
「壊されるのが私じゃなくてよかった」
そういうことにしておく。
あと正しいことを言っているのかもしれないが生身の人間は壊すなよ?
嬉々として鑿を当てて金づちで打っているのを見るとちょっと心配だ。なにが、とは言わないが、少なくともディオディオの身体の栄養状態よりも心配になる。
ディオディオは鑿の種類を何度か変えて鱗を荒く砕き、いくつかの魔法を当てたり試薬につけて色の変化を見る。
実験ぽさマシマシで見ていて楽しい。アフロが直っていないし余計に。
しばらくして、透明な小石の入った丸底フラスコを渡された。ストロー付きである。
「これに向かってブレスを吐け」
「にわか龍人に向かってなんて無茶振り。やってみるけど、できなくても怒らないでくれよ?」
透明な石は無属性の魔法石なのだとか。これに魔法に類するものを籠めることで不思議な石が出来上がるそうだ。言われてみれば魔法陣を転写したような記憶があるようなないような……。
渡されたフラスコを少し揺らしてみるが、何も思い出せない。諦めて、ふーっ、と息を吹きこんでみる。
……何も起こらない。
ブレスねえ、喉にでも魔力を籠めてみようか。
気合いを入れてもう一度息を吹きこむと、ボコッボコッと泡立つような音とともに、透明な石が躍った。
……何も起こらないんだが。
しかし、それでよかったらしい、ディオディオが何も変化していないフラスコを取り上げて、様々な角度から矯めつ眇めつしている。
目を凝らせば、僅かに魔素が乗っかっているような……?
実験が終わったのか、ディオディオはちまちまととっていたメモを読み上げた。
「酸、毒耐性、高い。物理衝撃、斬撃、打撃、突撃、無効。魔法防御、普通。魔法効率向上、あり、魔法反射もあり。属性は……なし?」
「見事に魔法特化型だな。超ピーキーそう」
「そうだな、だいたいフェアリーズの鱗粉の上位互換といったところか」
「フェアリーズって鱗粉なんぞ落とすのか。あの羽はてっきり飾りかと」
年に一度、秋の満月の夜だけ鱗粉が出るのだとか。見せてもらったフェアリーズの鱗粉は、月の色をした優しい色合いの粉だった。
あまりにもイメージと違いすぎて、思わず二度見してしまった。だってフェアリーズだぞ? ミラーボールみたいな色だと思うよな?
「何か見落としている気はするんだが……、まあ何かを作るのに不足はない、はず」
「はずってなんだ。しっかりしてくれよ師匠~」
「お前の鱗だと思うと、何か変な反応が起こりそうでどうしたものかと」
「私、そんなに迷惑をかけたっけか?」
えー、ディオディオにはそんなに迷惑かけてないはず。
というか、私は別に変なプレイをした覚えがないし、ごくごく一般的な遊び方しかしていないと思うから誰にも迷惑をかけているとは思えない。気づいていないだけかもしれないが。
……ディオディオめ、そんなに深いため息をつくなら根拠を挙げてみろよ?
「まあお前の鱗は薬液に加工するとして、他に素材を持ってきたのか?」
ゴリッ、ゴリッっとすごい音を立てながら、私の鱗をすりつぶす。私が。
ディオディオは腕が疲れたらしく、私がやっている。
……なんか音の割に私の鱗柔らかくないか? そんなに力を入れなくてもみるみる粉になるんだけど。
さすがに最後の仕上げのすりつぶしはディオディオに任せ、私は依頼の素材として預かってきたトゥザッティ戦の素材を並べる。
「ああ、友人から仕入れてきたぞ。今から確認する。……流星樅の木材と樹液、七耀琥珀、星辰鯨のひげと歯と骨……」
鯨……、まさかトゥザッティの残飯だったり……?
……私は何も気づかなかった。
流星樹というのは、よくよく見ると樅の仲間のようで、真珠のような真っ白な木だ。ふつうの樅ならば樹皮や樹液が中に入っていたりするが、非常にうつくしい。高そう。
七耀琥珀は星の化石のようで、黒い点が琥珀の空に天の川を作っている。とてもカッコイイ。
「まあ、今回はこのへんの素材で杖を作ろうと思う」
使うのが女性だということだし、柔らかい華奢なデザインにしたいところ。んー、でも装備は暗い色合いだったし、塗料で色を変えた方がいいだろうな。
「北の竜にずいぶん気に入られたんだな」
「トゥザッティと知り合いなのか?」
「大昔に鱗をもらいにいったぞ。どこに仕舞ったっけな……、中途半端に余って適当な箱に入れた気はするんだが……。あ、ジャン、血をくれ」
「私に採血できると思うな」
献血はいつも人任せだ!
あ、ふつうに切ればいいのね、オッケー。ナイフを消毒して指を切って、垂れる血を小瓶に溜める。
たくさんあると腐らせるよな? 現に貴重な鱗を失くしているし、そんなにいらないだろう、たぶん。血は鮮度命な気がする。
「それにしても良い素材だな。余りそうならくれないか?」
「構わないがどうしたんだ?」
「うちの街の巫女が言っていたんだが、今度戦争をするそうでな。戦力を増強しなければならない」
「えっ!?」
代理戦争イベントってプレイヤーだけのイベントじゃないのか。えー、知り合いが死ぬの嫌だなあ。復活するならいいけど、このゲームだとしなそうだし……。
「なんだ」
「いや、なんでもないけど……。ディオディオ死ぬなよ?」
「主戦場はダレスの南になるだろうから、まあ平気じゃないか?」
「ちなみに戦争の原因はなんなんだ?」
ダレスの南って荒野とか砂漠じゃん……、戦争しづらそうだけど。一応国境にはなるのか?
でも交易都市が沈んだらこの国――ハーミット王国にはだいぶ損失が出そうだが。
「知らん。いちおうギーメルが所属しているハーミット王国とハングマン共和国の首脳が喧嘩したらしいぞ。たけのこときのこがなんとかかんとか……」
「それは大戦争必至だわ」
異世界に現実の戦争の種を持ちこんだの誰だよ……、プレイヤーだよ……。絶対だれか再現して広めたな。
神々の世界にも広がっているってどういうことだよ。いや、イベントの賞品で現実のチョコ菓子配ってたこともあったし、それが原因の可能性もあるか。
「国内でも内部分裂しているが、ギーメルはきのこ派だな。精霊神がきのこ派だそうだ」
「マジ?」
私はたけのこ派なんだが……。
ちょっと心配になってきたぞ。おそらく味方しなきゃいけない混沌神はどっちだ?
……きのこ派。……。
作者はたけのこ過激派です。
鯨って使わないところ無いっていうじゃないですか。
調べたんですけどだいたい可食部でした。
ゲームの中なら絶滅種でも絶滅危惧種でも高カロリー高糖質食品でも食べて問題ないと思うので、再現を急いでほしいところ。