102 鱗は人をダメにする
なぜか懐かしいアレフの街の旧聖堂で復活した。
他のメンツも集まっている。そしていい笑顔でグレンさんに問い詰められる。デジャブ。
「ジャン? ドラゴンを倒したってログにあるんだが?」
「相打ちの間違いな」
「相打ち……、なにをどうやったら相打ちできるんだよ」
「……自爆、かなあ? まあ反則技みたいなの使った」
【混沌】の説明どうしたらいいのか悩む。
「なんで疑問形なんだ? 反則技も気になるが、この鱗は?」
「なんか龍パワーゲットした」
「お? じゃあちょっと試合しようぜ。闘技場に転移できるか?」
「あー、無理だった気がする」
龍人と戦いたくてうずうずしだしたグレンさんには申し訳ないけど、私はあの街の転移許可証を手に入れた覚えがない。
しかも種族が変わっただけなので戦ってもあんまり面白くないと思う。というか、私が負ける未来しか見えないので戦いたくない。
どうにか回避しようとのらりくらりしていたら、生産職の方々も無事に試練を終えてアレフに転送されてきた。
「じゃじゃじゃ、ジャンさん!?」
「私は効果音になった覚えはない」
「龍人ってなにごとです!?」
「龍を倒そうとしたら合体しててな? 神に分けてもらったんだけど、ちょっと龍成分が残っちゃったみたいな」
「訳わかんない」
到着早々私を鑑定したサカイくんは混乱していた。
うん、私もよくわかっていないから安心していいと思う。
「生産職の方はあのあとどうなったんだ?」
「ああ、僕たちのほうはまさかの創造神御自らおいでになって、みなさん加護を強化してもらいましたよ。鱗も無事に頂きました。なぜか血塗れでしたが」
それ絶対トゥザッティの鱗を引きちぎったやつじゃん。悲鳴がかんたんに想像できる。
女神さま容赦ねえな。
いかん、ぼろぞうきんになった龍が目に浮かぶ。
「へえ、お前たちも血塗れの鱗か。オレらはドラゴンにやられた後、変わった空間に集められて破壊神の眷属がきて稽古をつけてもらったぞ。スキルレベルがめっちゃあがった……、けど、しばらくはあんな体験はしたくないな」
「え? 私鱗もらってない……」
龍パワーゲットしたからお預け的な? それとも神さまの手配ミスか?
超笑顔の混沌神が頭をよぎる。
……絶対後者だ。
「ま、生産職の方も無事に鱗をゲットできたみたいで何よりだ。オレたち戦闘職は、鱗以外にも星屑金剛鉱石とか流星樹の枝なんていう素材が手に入ったんだけど、加工を頼まないとな」
「はい! はい! 木の枝なら私にくれ!」
「ジャン、まさか普通のドロップアイテムももらってないのか? 運がないな」
「バグでしょうかね? 一応運営に連絡をしてみては?」
「そうする」
グレンさんやサカイくんに可哀想なものを見る目で見られながら、木材や接着剤に使えそうな素材を分けてもらう。
流石に龍のドロップなのか、やたらと神々しい。
「運営と言えば、サービス終了のお知らせが来ていたな」
「ああ、『神々の代理戦争』イベント終了一週間後にサービス停止、でしたね。楽しいゲームでしたが、資金繰りが厳しいのは仕方がないですよね。三年もったし、いい方でしょう」
え、サービス終了? 初耳なんだが。
慌ててメニューからお知らせの欄を見ると、確かに運営からメールが入っていた。
この一週間というのは、NPCに対するあいさつ回り期間なのだろうか? 仮にそうではなくても、私は別れを告げに行くわけだが。
「冒険はしたりないが、ま、最後に暴れようぜ! 鱗がすげー無駄骨な気がするけど……、まあ取っておいても仕方ないし、クランは作ろうかな。二人はオレのクランに入る気はないか?」
「僕も遠慮しておきます。先に生産職の方々から誘われていますから」
「クーゼさんもいるしな」
「からかわないでくださいよ」
最期の大規模戦なのだし、クランに所属していた方が有利そうではある。
サカイくんは商人だし、どちらかと言えば生産職と組んでいる方が自然だ。
「ジャンはどうする?」
「いや、私もいい。あまり集団行動とか得意じゃないしな」
「なるほど。じゃ、杖を頼んだぞ。うちのアメリアのリコーダーをエルルゥが羨ましがっていてな。期待している」
「全力を尽くそう」
私も誘われたが断った。それを見越していたのだろう、グレンさんはからからと笑っている。
その代わりといってはあれだが、杖の製作依頼はたしかに承った。
エルルゥといえば、たしか幻想界で会った気の弱そうなメガネ娘のはずだ。腕が鳴る。
「そうだ、お二人はイベントではどちら側につくのですか?」
「私は混沌神側だなあ……、称号もらっちゃったし」
「お? ジャンがそっちなら俺らも混沌神側にしようかな」
「なるほど……、僕も皆さんとご一緒したいですが……」
「まあ、クラン全体の意見をまとめないとな。独断じゃあ人が離れていくから」
イベントでの陣営は、一応使徒な私は混沌神を選ばざるをえない。
そう答えると、グレンさんとサカイくんも混沌神側の陣営を前向きに検討してくれるようだ。イベント中のボッチは回避できそうである。ちょっとホッとした。
さて、鍋さんからなんか仕入れてギーメルに戻ろう。
そろそろ菓子を持っていかないとフェアリーズが怖いしな。新作はあるかな?
ギーメルに飛んで、一足先に戻っていたパッセルを拾いディオディオの工房へ。
相変わらず客のいない店である。これで存続しているのは普通ならありえないんだよな。長命なエルフならでは、という感じがする。有名になった後、死ぬまでの時間が桁違いだ。
「よお。星酒買ってきたぞ~」
「セルちゃん~、じゃんじゃん~、おひさー!」
「おうおう、どの面さげて戻ってきたんだー! 菓子の用意はあるんだろうな?」
「だろうな?」
「そんな柄の悪いフェアリーに育てた覚えはありません、良いフェアリーにだけお菓子をあげましょう」
「「「はい、ボクたちいい子です!」」」
ストレージから取り出したるは電気味の酒。と、電気味の酒のアイス。
鍋さんも疲れていたのか、あのクソ寒い場所でやたらと氷菓子を生産していた。
ちなみに電気味のアイスは、元の透きとおった藍色をそのままに星を模した銀箔を加えた、夜を凍らせたような美しい一品だ。龍の試練で作りだしたものらしい。
見た目だけなのでは、と怖くて食べられていない。フェアリーズの反応を見てから食べようと思う。
「きゃー! バチバチする!」
「おいしー!」
さすが鍋さん! 見た目だけじゃなくて味も完備なのか!
トゥザッティなら見た目だけでも試練をパスさせてくれそうではあるが、そういえば創造神が試験官ならそりゃあ味も追及させられそうだ。
けっして鍋さんの料理に対する情熱を疑ったわけではない。断じて違う。……私は何に言い訳をしているんだ?
……アイスうめえ。
「で、なんでじゃんじゃんは龍人になってるのー?」
「事故だ」
「そっかー、アイスおかわりー」
「変なこともあるんだねー。別の味ある?」
「お前たちのそういう適当なところ大好き」
フェアリーズにせっつかれて他のオレンジ味とかヨーグルト味の、普通のアイスを出してやる。
とたんに平らげられていくアイスを見ながら、こちらに来る気配のないディオディオについて尋ねてみる。
「ディオディオはまた徹夜でもしてたのか? ぜんぜん来ないな。普段なら騒がしくてそろそろ出てくるよな?」
「一昨日が納期だったらしいよー」
「起こすー?」
「あーいいよ。でも、しばらくはここに泊まりこむつもりだ」
最近納期多いな? 金がないのかな?
でも、仕事をしないディオディオなんてただの汚いエルフだしな。良いことだ。
仕事明けで寝ているなら起こすのもどうかと思ったが、噂をすれば影、ディオディオはぼりぼりと頭を掻きながら起きてきた。フェアリーズに定期的に洗浄されるようになったのか、今日は寝癖以外は臭いなどもない。
「あ、起きたー」
「……龍の気配っ!? なぜウチの工房に……。よし、その鱗、よこせ」
「え? 怖い怖い怖い怖いっ! え? なんで動けないんだ!?」
手近な場所にあった手ごろなナイフを抜くと虚ろな目を私に向け、一歩、また一歩と迫ってくる。
そしてピクリとも動かない体に焦っていると、フェアリーズからのんびりとした解説が入る。いや解説の前に助けて!?
「あー、ディオディオこれでもとっても強いよ」
「おおむかしには良い木を探してふらふらしてたしねー」
「龍の鱗が一枚二枚三枚……これは夢か? いや夢だとしても確保しなければ……」
「ディオディオ寝てろよ! 寝不足だって! いや寝惚けているのか!? 痛い痛い痛い痛い剥がれる! 剥がれる! 剥がれてるから!!! ぎゃあああああ、せめて私が自分でちぎるから待っ!?」
べりって! べりって言った! 今べりって!
「いやー、ワルカッタ」
「全然悪かったと思ってねえ。ぐすっ、もうお嫁にいけない……よよよ。いいけど」
さすがの私も涙目ですよ。
二枚くらい鱗を剥いだディオディオに、パッセルが雷を落としてくれたので助かった。
元凶には買い置きのポーションを差しだしてもらったことだし、アフロのエルフも見せてもらったことだし、また色々教えてくれるそうなので不問にする。
血塗れの腕に軟膏ポーションを塗りたくれば、一瞬後には元通り。黒い鱗が生えそろう。……これ無限に金儲けできるな?
「元気出せよ?」
「お菓子出せよ?」
「うるせー、助けてくれなかったお前らにはしばらく菓子やらねえ」
「なんですと!?」
絶望した、みたいな顔をされても自業自得だ。
パッセル、お前には星酒やるからなー。なでなで。
このお話もそろそろ終わりが見えてきました、感慨深いものです。
※来週は火曜日更新かもしれません