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十畳一間の怪

作者: やすいケンタウロス

十畳一間、オーダーメイド、擬人化、許嫁、人形劇をキーワードに書きました。

1話完結なのでさらっと読んでさらっとスルーしてってください。

  両親が離婚してもう5年になる。俺の母親は3姉妹の一番下だからかけっこう面倒くさがりだ。そのくせ人への指示は多いもんだから父さんも愛想を尽かしたんだろう。俺を置いて出て行ってしまった。

  昔母親が言っていたことがある。


「涼、あなたの名前を決める時は私すごく張り切ったのよ。お父さんみたいにクールでかっこいい人になって欲しかったから。涼、自分でも良い名前だと思うでしょう?」


  母さんの頭のゆるさは相変わらずだと思うが父さんも昔から変わってないんだろう。小さい頃の父さんの記憶は6歳の誕生日に懐中時計を贈ってくれた事くらいしかない。その時は流石の母さんも呆れて小学生に懐中時計なんて持たせてもしょうがないと言っていた。だが、父さんはこの時ばかりは得意そうでオーダーメイドの一点物などとみょうな自慢をしていた。あれは子供ながらに妙に強烈な衝撃を受けた。基本的に父さんはクールでドライな人、いつの間にか縁が切れてるでも妙なところで熱い。そんな印象だ。

  そんな訳でこの春大学生の俺はとにかく安い物件を探している。できればバイト代だけで家賃と食料費くらいは賄いたい……。母さんはあんなだけどここまで育ててもらってすごく感謝してる。出来るだけ負担は少なくしたい。



  駅前で見かけたポスターの通りに道を進むと狭い路地の奥に古い不動産屋があった。少し躊躇しながらも俺は年季の入ったガラス戸を開けて中に入った。


「いらっしゃい、どんな家を探してるんだい?」


 俺は店長と思われるお爺さんの出迎えを受け中に入った。


「なるほどねぇ、春からの一人暮らしの為に物件を探してると……しかしねぇ、言わせて貰えばこんな予算じゃどこいったってはねられるよ。普通はね」


「そう、ですか……そうですよね。じゃあもうちょっと予算を」


 慌てて言葉を重ねる俺を爺さんはやんわりと抑えた。


「まぁそう話を急ぎなさんな。普通はって言ってるだろう。あいにくうちは普通の不動産屋と違う。あんたもこの予算がギリギリの所なんだろう?物は試しだ、ちょっと見ていきなさい」


 そう言うと爺さんは俺を連れて駅前へと歩き出した。あの予算で駅前?俺も半信半疑ながらも後を追った。




「最寄の駅から徒歩10分、コンビニもすぐ近く。どうかな、なかなかの立地だろう」


 かなりのボロ家を覚悟していた俺に爺さんが紹介してきたのは少し変わった造りの普通の平屋だった。


「なかなかどころか最高ですよこの立地‼︎」


 まぁどうせ、不良物件なんだろうけど……未だ猜疑心を振り払えない俺は爺さんについて中に入った。



「まぁ、あんたもこの好条件でこの家賃はおかしいと思っておっただろう?御察しの通りちゃんとこの安さには裏がある」


 平屋建ての玄関を入ると左手に扉が2つ、廊下の突き当たりにトイレ・洗面台があった。


「まぁ風呂は近くの銭湯にでも行け。トイレは毎日の掃除を欠かさないことそして……」


 徐ろに手前の扉を開ける爺さん。


「これらの人形達には絶対に手を出さないこと」


 元は二部屋だったらしい室内は隔壁がぶち抜かれて完全に1つの部屋となっていた。そして爺さんが指差す先、部屋の一番奥の棚には所狭しと並んだ大量の人形その他の物類が置いてあった。

  かなり年季の入った浄瑠璃の人形、見覚えのある面の信楽焼のタヌキ、赤くデカイ提灯、長い黒髪の美しい日本人形……部屋の一角を完全に埋め尽くすそれらの品々は丁寧に管理されているようで1つとして埃を被ってはいなかった。


「見ての通り、先代の住人達が好き放題に集めて置いていったガラクタだ。ただ、世間一般の認識はガラクタでもワシにとっては住人達との思い出の品々でな。ここはワシが直々に管理している、あんたがここに住みたいと思うならこいつらの手入れまでが家賃として含まれるがどうするかね?」


 何処か試すような目つきで俺をじっと見てくる。確かに手間のかかる条件だとは思うが別に拒否する程じゃない。ここまで好条件の物件なんて他にないだろう。


「大丈夫ですよ。俺、割と掃除好きですし。たったそれだけでここを借りれるならお安い御用ってもんですよ」


「たったそれだけねぇ……うん、まぁこれで契約は成立だの。店に戻ろうか、細かい所はそこで詰めてしまおう」


「分かりました」


 俺が爺さんに従って家を出る時、ざわっと背中に寒い感触があった……気がした。




  爺さんと契約条件の確認を済ませると早速明後日から住む運びになった。取り敢えず現状報告も兼ねて一旦家へ帰る。


「ふ〜ん、もうお家決めちゃったんだ……そうかぁ涼も遂に独り立ちかぁ。しっかりやっていくのよ?」


「分かってるって、もう俺も1人の大人だよ。そんなことより……はい、これ。家の住所と契約内容。あと合鍵ね、あんまり来なくていいけど」


「ま、不意打ちで行ってあげるわね……て、あら?この住所、おじいちゃんの昔住んでた地区じゃない。奇遇ねぇ〜まさかこんなところで血筋を実感できるなんて。涼ってお爺ちゃん子だったものねぇ」


「ふ〜ん、じいちゃんがねぇ……」


 俺は別にどうでも良かったが運命的なモノに弱い母はしばらく感傷に浸っているようだった。




  家に荷物を運び込んでいると少し不思議な感じの長い白髭の和服のおじさんに出会った。暇なのだろうか、平日の真昼に俺の引越しを飽きもせずに眺めている。 今の時代、和服で出歩く人もあまり見かけないが、そういう人なのだろう。作業がひと段落し、そろそろ昼かと時計を見ていると声をかけてきた。


「いい時計持ってるね。あんたぁ、この家に住むのかい?朝から頑張ってるが」


 近所の人だろうか?俺も少し休むつもりだったので自己紹介がてらに話すことにした。


「はい、今日から住む事になります。遠藤 涼と言います。おじさんは近所の方ですか?」


「んん?私かい、私は……そうだねこの近くに住んでるな。まぁこれからちょくちょく顔をあわせる事になるだろうな……よろしく。」


 そう言っておじさんはふっと離れて行った。



  午後も引き続いて作業してやっと荷解きまで終えた。常に持ち歩いてる懐中時計を覗き込むと既に午前1時を回っていた。


「ふぁぁ、そろそろ寝るかぁ」


 ごそごそと布団を敷くと電気を消して寝床に潜り込んだ。

  と、瞼越しに光が射した。突然の事で再び電灯が点いたとしばらく分からなかった。のろのろと起き上がり電気を消そうとして眼を開けると俺はその場に凍りついた。

  部屋の奥の沢山の物の中の1つ、信楽焼のタヌキが電灯から延びる紐を握りしめてあの惚けた顔でこちらを見ているのだ。


「うわぁぁぁ」


 硬直が解けた俺は膝が砕けてその場に尻餅をついてしまった。

 ふとタヌキが元いた場所を見ると他にも日本人形、木彫りの熊、古い置き時計なんかがごそごそとこちらに近づいて来る。異様な光景にいよいよ俺の頭は回らなくなってくる。

 ーーあの爺さんが契約の時含みを持たせてたのはこれの事かよ……確かに破格の値段だったけどガラクタが動き回るなんて聞いてねぇよ。

 現実味のないこの状況に半分ヤケになりながら俺は口を開いた。


「寄ってくるなお前ら!さっさとどっか行け、どっか行っちまえよ!」


 当然、怯んだ様子もない。それどころかじりじりとにじり寄ってくる。十畳一間の広い室内だがそれでも限りはある。

 ーー逃げよう。

 俺が部屋から出ることを決意して立ち上がった瞬間だった。


「何処行くんだい、遠藤 涼君。君もここの住人だろう?」


 あのタヌキだった。俺の頭は完全に真っ白になり、俺は何か喚きながら急いで部屋から抜け出た。それでもまだ恐怖心は勝り、俺はドアまで駆け寄るとガチャガチャと手際悪く錠を開け外に飛び出た。

  裸足で飛び出した夜は少し肌寒く、冬の名残りを意識させられた。関係のないことを考える余裕が出来るほどに外は平凡だった。平屋が道路の向こう端に見える。いつの間にかかなり走っていたらしい。今頃になって足裏が砂利で血だらけになっているのが分かった。俺は再び戻る気にもなれずあの爺さんの不動産屋へ歩き出した。



 午前2時過ぎ、いわゆる丑三つ時。街は完全に寝静まっている。俺は深夜だということも忘れて不動産屋のガラス戸を叩いていた。


「なぁ爺さん、開けてくれ!もう、いい。あの家はいいから他のとこ紹介してくれ、起きてくれよ!」


 少し煩くしすぎたのか路地の右手の家の明かりが点き、住人と思われる寝間着姿のおばさんが出てきた。


「あんた、何時だと思ってんだい?近所迷惑だよ!なんだい、ここの爺さんに用でもあんのかい?爺さんなら昨日くらいから急に旅行に行くって言って今居ないよ」


 え、俺は妙な脱力感に襲われた。


「久しぶりに孫の顔が見たくなったんだってさ。しばらく戻らないと思うよ?あの爺さん、一度家を開けると長いからねぇ……ま、早くて1週間てとこかねぇ。運が悪かったんだよ、出直しな。」


 こんな夜遅く人様の家に訪ねてくるんじゃないよ。と、おばさんは家の中に引っ込んでしまった。残された俺は只々茫然自失。しばらく不動産屋の前に突っ立っていた。

  とにかく、何処かで一夜を明かそうと俺は家の近くのコンビニに向かった。店員に迷惑がられながらも、店の前にうずくまり俺は朝日が射すのをひたすら待った。



  時計を確認してみると午前5時、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。揺り起こされて眼を開くと何度か顔を付き合わせた店員が明らかな迷惑顔でこちらを睨んでいた。


「あんた、そろそろどっか行ってくれないか?深夜は大目に見てやったがそろそろ本格的に客が来る。あんたも営業妨害で警察に突き出されるのは嫌だろう」


 元々朝になったら立ち去ろうと思っていたため、俺はそそくさとその場を立ち去った。

  朝になれば奴らは取り敢えず動き出さないだろう。そんな希望的観測から、俺は再び家に入った。流石に一夜を外で過ごせば堪える。中で少し休みたいという気持ちはあった。



  部屋の中は特に変わった様子もなかった。俺が飛び出したまま、布団も家具も特に動いた様子は無い。只、夜の出来事が嘘だったかのようにガラクタ類は全て元の場所に収まっている。ほっとして取り敢えず家を引き払うため貴重品をまとめ始めた。

  しばらくの間を置いてあの声が聞こえた。


「何処かに出かけるのかい?あまり外にばかり出るのは頂けないなぁ」


 2度目ということもあり前回ほどの恐怖心は無い。恐る恐る顔を上げるとまたあのタヌキと熊だった。


「源さんから聞いてないのか?あんたはここの住人の世話も一緒にしないといけないはずだが?」


 世話というのは手入れのことだろうか、確かにあの爺さん(源 兼三)それが条件だなんて言ってたな。だが、その手入れされる物自体が喋って動き回るなんて聞いてない。


「あんたらは何なんだ、何でそんな姿で動ける。妖怪か?」


 熊がカパッと口を開けて大きく笑った。


「儂等が妖怪⁉︎バカ言っちゃいけねぇ。言ってるだろ、さっきから。儂等もお前も全員、ここの住人だ」


 熊の笑い声に影響されてか他の物も次々と動き始めた。改めて見ると皆、それぞに個性がある。先程の熊は余程ツボに入ったのか笑ってばかりいる。タヌキは暢気者なのかそんな熊の様子を口元に笑みを湛え見守っている。赤提灯はぼやっと光りながらフワフワと浮いているし浄瑠璃人形は動いているようだが動きがひどく遅い。あれだけ、かなり古びているからだろうか。何処か人間的な奇怪な物たちに囲まれているからか俺の恐怖心は完全に無くなっていた。

  奴らを観察している内に話が進んでいたらしい、タヌキが俺の事を紹介している。


「紹介しよう、新しい住人の涼君だ。皆、今度は彼の世話になる。仲良くやっていこうじゃないか」


 やんや、やんやと騒ぎ立てる物達。達磨と熊に至ってはお祭り気分なのかいそいそと酒まで持ち出してきた。俺はタヌキから気になっていたことを聞き出そうとしていた。


「あんたらは何なんだ?物に魂でも宿ったのか?何で只の物が動いてる?」


 熊には住人だと言われたがそれだけで全てを説明するなどできはしない。


「んん?お前さん妙な事を聞くなぁ。熊も言ってたろう。住人だよ、住人。儂等が泥棒に見えるかい?」


 どうにも話が噛み合わない。無力感を感じ俺は大人しく引き下がる。

  赤提灯がフワフワとこちらに近寄ってきた。改めて挨拶でもしようかと俺が腰を上げようとした時、驚いたような声で赤提灯が喋った。


「うん?涼、お前もしかして……もっとよく顔を見せてくれんか?」


 よく分からないまま俺は顔を赤提灯の方に向けた。


「おぉ、やはり。あいつの顔そのものだのぉ。」


 赤提灯が1人でうんうんと頷いている。何かを確信した様子だ。


「おいおい金田さん、もしかして彼が例の?」


 酒に酔ったからか元からか、赤い顔をした達磨も話に乗ってきた。


「そのようだの。若い頃のあいつにそっくりじゃ。間違いない。」


 よく話が見えないまま勝手に話が進んでいるようだ。俺は2人に割って入った。


「何の話してるんですか?俺が誰に似てるって?」


「おお、すまんすまん。当事者を蚊帳の外に置いてはいかんの。まぁ聞け、俺とお前の父親の約束でなぁ、お前には許嫁という者が居る。まぁわしの娘じゃがな。安心しろ、器量はわしが保証するぞ!」


 急に話が見えなくなった。くらくらする頭を押さえて俺は確認してみる。


「俺の父さんがあんたの娘と俺を許嫁に⁉︎人違いじゃないのか?」


「いや、間違いない。顔もそっくりじゃし何より年頃になったらこちらから寄越すと言っておったからの」


 どうも怪しい……父さんの性格からそんな熱い話は考えられないし、俺は自分の意思でここに来てる。

  そう、俺が言おうとしたが赤提灯の饒舌は止まらない。


「隣町の足利という地区じゃ。明日にでも行ってみるといい。しかしなぁ、この前娘が生まれたと思ったらもう婿の登場じゃ。まったく月日の流れは早いなぁ。」


 こいつ酔ってんじゃないのかと思っていたら案の定酔い潰れて寝てしまった。俺はため息を吐く。ここの奴らからはあまり情報を引き出せそうにない。まぁどんな経緯だろうと外部への繋がりは良い。これで何かここの事が分かるかもしれない。

  それにしても、俺はぽつりと呟く。ここの奴らって元人間なのかなぁ?



 自称住人達とわいわい騒いでいたらいつの間にか1日が過ぎていた。俺は早めに寝かしてもらうと次の日、赤提灯に教わった場所へ向かった。

 電車で二駅分移動すると赤提灯の言っていた町に着いた。俺は達磨から教えて貰った道順を頼りに家を探した。

 何軒か目でようやくそれらしい家は見つかった。あの平屋と同じくらいの古めかしい一軒家。しかし、表札には北藤とある。俺は家主らしき男に問いかけた。


「すいません、ここに金田 洋子さんという方が住んでおられませんでしたか?」


 だが、そんな人は知らないし迷惑だから早く帰れと言われた。既に何回かこんなやり取りを行っていた俺は多少粘ってみる。かなりの確信をもってこの家を訪ねた以上、簡単には引き下がれない。

  そんな表の様子が気になったのか奥からお爺さんがひょっこり顔を出した。


「お義父さん!寝てないとダメじゃないですか。風邪、まだ治ってないんですよね?」


「なに、このくらいどうって事はない。それよりもなんじゃ、あんた金田さんを探してんのかい?」


 何か知っていそうなお爺さんに頷いて返すと丁寧に教えてくれた。


「金田 洋子さん、確かわしがこの家を買い取る前の住人じゃよ。30年ほど前だの。二十歳そこそこの気の良い娘さんじゃったよ」


 30年前に二十歳⁉︎俺は少なからず衝撃を受ける。


「だがまぁ、タイミングが悪かったの。金田さんは5年ほど前に亡くなっておられる。飲酒運転に撥ねられたそうじゃよ……。」


 そうですか、ありがとうございました。

  挨拶もそこそこに俺はすぐに家に向かった。ーー赤提灯の娘は既に死んでいた。それも、5年前に45歳で……間違いない、あいつらは人間だったんだ‼︎それが何かの理由で死後、骨董品に取り憑いてる。

  確信を得、家に帰った俺はまず赤提灯に確認することにした。


「なぁ、あんたの娘今何歳なんだい?昨日話してたろ」


「んん、洋子の事か?自慢の娘なんだよ。可愛いよなぁ今20歳だ。気立てもよくてなぁやっぱり俺の子育てが良かったんだろうなぁ」


 しみじみと呟く赤提灯の言葉を俺はほとんど聞いてはいなかった。二十歳って言ったら30年前……洋子さんが家を引き払った時か。そこで赤提灯の時間は止まっているのかもしれない。

  赤提灯の娘自慢に聞き飽きているのかもしれない。熊が唐突に話を変えた。


「金田の話なんざこれから死ぬほど聞くだろ。それより涼、とっておきの話をしてやろう。なんでこの部屋十畳一間で扉が2つもあるか知ってるか?こいつが物が増えすぎて狭いからってぶち抜いたからだぜ?豪胆な奴だろう」


「おいおい、待てよ。俺は皆が狭い狭いと文句を言うから仕方なくだなぁ……」


 途端に慌て出すタヌキ。面白かったので俺も話に乗ることにした。


「すごいなぁ、タヌキさん。それ、大家さんには言ったの?度胸あるなぁ」


「それがよ、こいつ大家のことすっかり忘れててぶち抜いた後に気付いたんだよ。やべ、言ってなかったってな。その後散々説教されて未だにあいつは大家の顔はトラウマらしいぜ」


 笑い転げる俺や達磨。タヌキは自棄になったのか左手に持ったひょうたんをがぶっと呷った。


「その中、酒だったのかよ‼︎」


 騒がしい夜が今日も過ぎていった。


  翌朝、俺は家を出るとコンビニ前で母さんに電話をかけた。どうしても聞きたいことがあったのだ。


「じいちゃんがこの辺りに住んでたって言ったよな?その時に仲良くしてた人っていなかった。」


 年代的に赤提灯が言ってたのは父さんでなく爺ちゃんの事なのではないだろうか。


「ええ?どうだったかしら……私その当時小さかったのよね。あぁ、そういえばお爺ちゃんが仲良くしてたおじさんが1人居たらしいわね。涼美姉さん(長女)に一度聞いたことがあるわ。金田さんって言ったかしら……どうしたの?涼がこんなこと聞いてくるなんて珍しい」


「いや、ここに住んでるうちにちょっと知りたくなっただけだよ。なんでもない」


 そう言うと俺は電話を切った。やっぱりそうだ、これで分かった。つまりこういう事なのだろう。



  俺の爺ちゃんと赤提灯こと金田 淳さんはこの辺りに住んでいた時にとても仲が良かった。自分の子供たちを許嫁とする程に。

 金田さんの方が先に女子を産み、爺ちゃんは意気込んだ。今度は俺が男を産まなければ、と。

  だが、産まれてくるのは女ばかり。いつの間にか三姉妹となってしまった。爺ちゃんは焦った、あんなに意気投合したのにまさか肝心の許嫁の約束が果たせないとは。そこで爺ちゃんは三人目の俺の母さんが成長すると逃げ出した。

 年頃になったらこちらから行かせると言い置いて。

  そして30年前、金田さんは何らかの理由で死んだ。その事が理由で離れて暮らしていた洋子さんは足利の家を手放しどこかへ行ってしまったんだ。そう、全てはこの家で起こっていたのだ。だが、ここから先が分からない。なぜ金田さんの意識をはじめ他の人達の意識はこの家で物に宿り生き続けているんだろう……。


  この2日後、俺は旅行から戻ってきた大家の爺さんを問い詰めるため再び不動産屋を訪れていた。


「そうか、全て知ったか……まぁええんじゃろ?今更契約破棄という事はあるまい。あいつらはなかなかのお人好しだろうが」


「それはそうなんですけど。俺もあの現象がなぜ起きてるのか知らない事には……何というか、すごく気になるんですよ。理由を知ってるなら勿体ぶらないで教えて下さい。」


 しょうがないのお。そう言うと爺さんは淹れたてのコーヒーを啜った。



  事の始まりは江戸の終わり頃まで遡る。あの家は元々わしの先祖で文楽の人形師、源蔵の生家でな。大正ごろに長屋からあの形に改築し、そこから度々改修を重ねておる。

  源蔵は廃れゆく文楽その他の日本の芸能を復興させるため奮闘した人でなぁ。持論は「人の情熱を込めて生まれた物には魂が宿る」じゃったらしい。

  怪異が始まったのは源蔵の死後じゃの。源蔵の生涯1番の傑作と言われ、最後まで手放さなかった義経の人形に源蔵の意識が乗り移ったのじゃ。その人形は本当に特別でな、人形師は人形の衣装や首など作らんのじゃが自分で全て作ってな。まさに特別製の人形じゃった。次の住人の源蔵の息子夫婦はこの源蔵の人形をえらく気味悪がってな。家を借家にしてしまった。

  それ以後、あの家は何故かオーダーメイド品を携えた者が引き寄せられるように借りていってな。死後は源蔵の例のように皆、特別な品とともにこの世に舞い戻ってくる。源蔵の意思なのか本人達の意思なのかどうにもはっきりしておらんがまぁ普通に暮らす分には害はない。気長に付き合っていくんじゃの。


  家に帰ると相変わらず皆、馬鹿騒ぎして俺を待っていたようだった。


「どこ行ってたんだよ、涼!今日は俺の幾つもの武勇伝を聞かせてやるって言ったろ!」


 酔いが回ると饒舌になる赤提灯の金田さん。へんな笑いのツボを持つ熊、暢気なタヌキ……。

  この人達を見ているとこんな死後も悪くないと思ってしまう自分がいる。

  まぁ賃貸だから死ぬまでここに居るわけじゃ無いんだけど。


ここまでお付き合いありがとうございました。一応一つの話として仕上げたつもりです。ご意見等あれば感想お願いします。


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