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詩子は唇を震わせる。
「ぁ、ぉ、ず、き、ん……」
鋭利な刃先でサラリーマンの首を一瞬で切開。
慣れた手口である事は、龍司の乱れる事の無い心の様子で理解できる。
「ハァ……あぁ、汚ねぇ汚ねぇ。
俺は女専門なんだよ。女の血は甘いし、肉は柔らかい。イイ声で鳴く。
メスガキのは喰らったこたぁねぇが、モノは試しだ。
どぉせ死ぬ気で家出して来たんだろ?
イイコにしてくれりゃぁ痛くしねぇで喰らってやるよ。」
「ぁ、……ぅぅ、ぁ……あぁ、」
恐怖の余りに悲鳴も出ない。体に力が入らない。
詩子はヨロヨロと腰を抜かすと、四つん這いになって自転車と自転車の隙間に潜り込む。
(優しい人だったのに、笑顔で、さっきまで普通に優しい人だったのに、
どうして、どうして!?)
ボロボロと涙が溢れる。何度 涙を拭っても、視界が曇る。
龍司は並んで停められている自転車を蹴り倒す。
ガシャン!! ガシャン!!
ガシャン!! ガシャン!!
「ひぃッ、」
「はーい。逃げられませーん、逃がしませーん。
世の中そんなに甘くありませーん」
転倒する自転車に潰されないよう、詩子は隙間を縫っては這い回る。
(喰われる……)
「ぃやぁ、ぁあ、助けてっ、」
(逃げても人間に殺される、)
「ぅぅ、最初から辿り着ける場所なんて……」
(踏み潰される前に、)
「何処にも……ッ、」
(踏み潰さなければ、)
「うぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」
(生きられない!!)
詩子は立ち上がり、赤い三角ポールを龍司に投げ付けると駆け出す。
(逃げてやる!! 逃げ切ってやる!! 殺される前に、喰われる前に!!)
喰われるのも、実験体にされるのも真っ平だ。
ただ静かに生きる事。ソレを諦めらめる事は出来ない。
詩子の足は、道が伸びる先へ先へと駆ける。
《バカめ! そっちゃぁ行き止まりだ!》
「!」
サトリだからこそ聞こえる声。今はソレが頼りだ。
右へ行こうとした所を止まり、方向転換。詩子は左折。
《駐車場は無人だ! バラすにゃ好都合!》
(ココも駄目!)
《クソ! そんじゃ貯水池か! 隠れられる場所は1箇所しかねぇ!》
(ココも駄目!)
《何々だ、アイツは!? どぉして引っかからない!?
……マズイ! そっちの道に出られたら大通り! 人目に付く前に捕まえる!!》
(コッチ!!)
《――まさか、》