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「家に、……帰ります。きっと、待っているから、沢山の人が……」
「そっか」
「本当は お礼をしたいけど、そうもいかなくて……」
「イイって。礼を言うのは俺の方だしさ」
龍司は立ち止まる。
「今日も、腹いっぱい喰える」
「ぇ?」
腹いっぱい食べたたばかりだろう。詩子は首を傾げる。
振り返る龍司が変わらず屈託の無い笑みを浮かべるから、次の瞬間、詩子は静かに息を飲む。
(ああ……どうして、気づかなかったのだろう……)
《腹ペコのガリガリ喰ったって美味かねぇ》
(声は、聞こえていたのに……)
《本当なら、もっと見栄えのイイ美人が俺の好みだが、ガキでもメスだ。
喰いかけをお持ち帰りした冷凍肉に齧り付くよりは、鮮度が命のナマモノ。
連日大漁。今日の俺もツイてる》
龍司の殺意を帯びた心の声は、静かに響いて聞こえて来る。
詩子は後ずさる。
「そんな……」
「どぉした? 駅はコッチだぞ?」
《この先は、前から目ぇ付けてた 人の出入りのねぇ雑木林がある。
首ヘシ折って悲鳴さえ出させなきゃ、誰にも気づかれねぇ穴場だよ。
知らねぇヤツにホイホイ着いて来るアホなクソガキにゃ、お似合いの死に場所だ》
龍司が気遣っていたのは、詩子の身の安全では無い。身、そのものだ。
優しい笑顔の仮面の下に隠れた本性に気づいてしまえば、ただただ戦慄させられる。
「ゃ、やっぱり、向こうから、帰ります……私、1人で帰れます、から……」
「危ねぇって。責任もって送ってやるから」
「だ、大丈夫です!!」
詩子は足が縺れる勢いで踵を返し、のたうち回る様に駆け出す。
龍司が呼び止める声が背から聞こえるが、詩子は薄暗く、長い長い駐輪場の中を何度も躓いての全力疾走。
(誰か、誰か、)
利用客はいないのか、
詩子の目が第三者を探せば、そこに仕事帰りのサラリーマンが自転車を引いて現れる。
「た、助けてください!!」
駐輪場に響き渡る悲鳴にサラリーマンは驚いて足を止めると、何者かに追い駆けられている様子の詩子を果敢に受け止める。
「ど、どうした!?」
「助け、助けて、殺されるッ、」
ただ事では無い。サラリーマンは暗闇の先に目を向ける。
……
……
静かだ。
「だ、大丈夫、誰もいないようだし、落ち着いてっ、」
「ぃ、いる、聞こえる、来る、」
「兎に角ココを出よう。
駅前の派出所に連れてってあげるから、そこで何があったのか詳しく、――」
「……?」
詩子の背を摩って宥めるサラリーマンの手は力なく下ろされ、体はフラリ……と崩れ落ちる。
ドサリ……
「通報なんかさせねぇよ?」
仰向けに倒れたサラリーマンの首からは、赤い液体がドクドクと溢れる。
即死だ。既に事切れている。
「あ~~、遂に殺っちまったぁ。男の血はクセぇから避けてたのによぉ」
「……」
ゆっくりと首を捻って振り返れば、血のりの着いたサバイバルナイフを片手に握った龍司が立っている。