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詩子は身を乗り出す。
「ソレじゃ、サトリは? どうしてサトリって言うんですか?」
「青頭巾と同じようなモンで、“妖怪・サトリ”ってのから取ったみたいだ。
漢字で書くと【覚】。何でも読み取るらしぃけど、どの程度なんだろな?」
「……、」
「サトリがいたら、遺言 託してぇな……」
「ぇ?」
「俺が死んだら、部屋にあるエロDVD、身内にバレる前に処分してください、っと」
「――プッ、プププ、、ハハ! アハハハハ!」
詩子は目に涙を溜め、腹を抱えて笑う。
「ヤダヤダ、絶対ヤダっ、
そんなの死に際に聞かされたら、サトリだって すごく困ると思います! アハハハハ!」
「笑いすぎだっつのぉ。俺には切実だって、マジで。
あ。サトられる前にカミングアウトしたから、俺が死んだらキミがエロ物処理班な? 秘密裏にヨロシク~~」
「ヤダヤダ! 出来ません! 絶対駄目!
宮原サン、絶対 死んじゃ駄目なタイプの人です! アハハ!」
詩子の笑い声せ店内も明るくなる。然し、近頃が物騒であるのは否めない。
青頭巾は女性連続通り魔の1人だけでは無いから、充分 気を付ける必要がある。
「ほんじゃ、腹ごしらえもしたし。送るよ、女子高生」
「! ……ぁ、ぃぇ、1人で帰れますから、」
「オッサン方の話し聞いたろ?
ココいらも危ねぇから、俺みてぇなモヤシでもいねぇ方がマシって事もある」
店主も常連客も、龍司の言葉に『うんうん』と強く頷いている。
コレは断れそうに無い。詩子は渋々頷く。
「ソ、ソレじゃぁ、駅まで……」
徒歩圏内の最寄り駅まで送らせれば、龍司も納得するだろう。
ラーメン屋を出ると、龍司は来た道とは違う方向を指差す。
「この時間のゲーセン街は強面が増えてっから、コッチから。
ちょっと遠回りになるけど、絡まれない分マシだろ?」
「はい、すみません、お願いします」
道は高架下を利用した駐輪場の通りで、左右にフェンスが設けられ、街灯の数は少なく、薄暗い。
(駅についたら宮原サンとは お別れだ。その後は、どうしよう……)
「この辺は……ゲームセンターしか無いんですか?
24のファミレスとか、ネットカフェとかは……」
「オイオイ。もぉ18時だぞ? 高校生は真っ直ぐ帰る時間だっつの。
まぁ言っても、そんなイカシた店なんかありゃしませんから、帰るしかねぇってオチ」
「無い、のか……」
「あっても、そうゆう店に高校生がいたら店側から通報されるっつの」
「そ、そうなんですか!?」
「未成年ですから? ソレに、警察の夜回りも増えてっし、
そこいら歩いてるだけでもアッちゅ~間に補導されますって。
今はね、そーゆー守られたご時世」
「……、」
龍司の言葉通りなら野宿すら出来ない事になるが、コレは大問題だ。
否、人目に付かない場所を見つけられたとしても、そんな所には相応の輩が集うもの。
身を守る術を持たない詩子には八方塞。こんな毎日がコレから続くと思えば気が遠くなる。
(世の中は敵だらけだ……)
逃げても、今日か明日。
この逃亡劇が ささやかな抵抗である事にも気づいている。
ソレでも、一縷の望みだけは秘めていた様にも思うのだ。
運良く捜索隊を出し抜き、安住の地に招かれ、もう1度やり直せる、そんな甘すぎる展開を。
(最初から、辿り着ける場所なんて何処にも無い……)
フッ……と、張り詰めていた思いが失せる。
コレが諦観と言うものなのか、詩子は笑う。
「あの、ラーメン……ご馳走様でした」
「イイよ。たった300円だし。お陰で、ギョーザのオマケも付いたし」
「はい! 美味しかったです! 本当に、とても!
声かけて貰えなかったら、あのまま独りで怖い場所にいるしか無かったと思うし、
ラーメンだって食べれなかった。本当に ありがとうございます!」
(人としての最期の時間。悪くなかったと思う。
ううん。すごく楽しかった。笑った。
僕は充分に逃げて、ちゃんと綺麗なものを見た)