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トイレの個室で、詩子はホッと一息。
聞き耳なぞ立てなくてもサトリであれば聞こえる この会話からして、逃亡者だとは気づかれていない様だ。
(家出……そう見えてるのか。そうだよね。でも、僕には帰る家なんて無い。
どうしよう、このまま逃げちゃおうか……でも、そんな事したら余計に怪しまれる。オナカも空いたし……)
即座に通報される事は無いだろう。
食事を済ませたら帰ると見せかけて龍司を巻けば良い。
サトリの力を駆使すればソレも容易い筈だ。
詩子が店内に戻ると同時、テーブルにラーメンが運ばれて来る。
龍司は大盛りの焼肉定食を先に突いている。
「お帰り~~。ラーメン、伸びねぇ内に食いな。あ。肉 食う?」
「ぃ、いえ、大丈夫です、」
300円の割りには具も確り乗っていて美味しそうなラーメン。
空腹も絶頂の詩子は頬を赤らめ、差し出された割り箸を受け取る。
(あぁ、良い人達だ……本気で僕の事を心配してくれている)
《俺も高校ん頃は結構サボってたし、気持ちなら分からねぇでもねぇ。
深追い禁止だわ。まぁ、腹一杯になりゃ自分から話し出すだろ》
《ああ見えて龍司はマジメだ。
任せときゃ大丈夫。ギョーザでもサービスしてやるか!》
(僕のいた場所は、何だったんだろう?
今まで聞き続けていた雑踏は、僕の聞き違いだったのだろうか?)
「美味しい……」
「だろ?」
「こんな美味しいの食べたの、初めて……」
「ハハハ! そいつぁ良かった!」
店主は詩子の和んだ様子にホッと肩を撫で下ろし、テレビを点ける。
丁度、夕方のニュースが始まった所だ。
店内で新聞を捲っていた数人の常連客等は揃ってテレビに目を向ける。
「……あぁ、A市の噛み付き通り魔、まだ捕まってねぇのかぁ。
アノマリーの中でも青頭巾が1番怖ぇ。なぁ、オヤッサン」
「そぉさなぁ。A市はこっからも近いし、いやぁ、物騒で嫌んなるなぁ」
「か弱い女ばっか狙うたぁ、ふてぇヤローだ!
なぁ オヤジさん、揃々ウチも見回り組なんてもんを結成しちゃぁどぉかな?」
「そりゃ良い! 警察は役に立たねぇから、オレら男衆が町を守らなきゃぁな! 龍司、オメェは若い衆 集めろ!」
店主と常連客との会話に引っ張り込まれ、龍司は白米を喉に詰まらせる。
「ゴホゴホ、、待ってくれよ、オヤジ、
俺みてぇなのが集まったら暴走族だの言われて、逆に捕まるっつのぉ!」
「そこはマジメによぉ、スーツでも着てよぉ!」
「金融ヤクザの使いっぱと思われるっつの」
「何だって良い! 地元の男として許しちゃなんねぇ犯罪だ!」
「そうだぞ、龍司!
女の頬っぺたと首と乳にぃ、腹と太モモごっそり噛み千切ってくヘンタイ青頭巾だ! 問答無用だ!」
「そいやぁ、何処だったかぁ、あのぉ……
Y県のチビガキ専門の青頭巾もいるだろ。頭だけ食い残してくんだってなぁ、アレもヒデェ!」
「向こうも地元のモンが自警団作ったってじゃねぇか、オレ等も負けてられねぇぞ!」
「待ちなさいって、オッサン方。
勝負じゃねんだから、捕まえるよりガード固めた方がイイんだって。
無差別な青頭巾だっていんだかさ、男の俺らだって無害ってワケじゃねぇんだぜ?」
「何だかんだ理由つけて、怖ぇんだろ、龍司!
ったく、そんなチャラけたナリしてっからダメなんだ、最近の若ぇのはぁ!」
「へぇへぇ、酔っ払いが早い時間から絡むんじゃねぇよぉ、若造にぃ」
田舎だけあって、皆 顔見知り。
日頃から こうして大人達にアレコレ言われているのだろう龍司の困り顔に詩子は苦笑する。
「あの、何で青頭巾って言うんでしょうか?」
この問いに誰もが首を傾げる中、博学さを披露するのは龍司だ。
「青頭巾ってのは、日本の昔話に出て来る人喰い僧侶。
そいつが“青頭巾”って呼ばれてたんだと」
警察や報道では敢えて『噛み付き事件』と濁しているが、
現行犯で捕まったアノマリーの青頭巾は、人を食する事を目的に犯行に及んでいたと証言している。その為、警察関係者は昔話を引用して『青頭巾』と総称する様になったらしい。