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「ぁ、あの!」
「ん?」
「……そっちの道は、危なくないですか?」
随分と警戒した詩子の様子に、青年は一層 訝しむ。
詩子の身なりも、この界隈では見かけない制服だ。鞄も持っていない。
何処からどう見ても真面目なタイプの女子高生に他ならないから、ゲームセンター街にいる事すら不似合い。
ココは深く追究するべきか、然し、青年はニコリと笑う。
「コッチは美味くて安いラーメン屋がある」
「!」
「良かったら案内しようか?」
「ほ、本当ですか!? ぁ、でも、どれくらい安いですかっ?」
「何と、醤油ラーメン1杯300円」
「ソ、ソレは すごいです!!」
庶民の味方。
詩子は迷わず駆け出し、青年の傍らに並ぶ。
(この人は大丈夫そうだ。
普通の人。ううん。心の声も静かで、とても落ち着いている)
苛立ちや怒り・不満など、マイナスの感情が見受けられない。
寧ろ、陽気で前向き。警戒する必要は無さそうだ。
青年は小首を傾げる。
「どっから来たの?」
「え!?」
「俺は地元のモンだけど。キミは?」
「ぁ……えっと、D区……」
「おお! 超都会じゃんか。お嬢様なんだ」
「べ、別に……」
(本当の事を言ってしまった! こうゆう時は誤魔化すものなのにっ、)
「同じ東京つっても、郊外はド田舎でビビッたっしょ?」
「ぃぇ、そんな事は……」
「でもイイトコだぜ? 必要最低限って感じで。あ。俺、宮原龍司。キミは?」
「……、」
「ああ、ゴメンゴメン。
行きずりのオッサン相手じゃ、怪しくて言えねぇよなぁ。ハハハ!
あ! ココ! ココのラーメン、超美味いってマジで!」
龍司は綺麗に整えられた見た目とは釣り合わない、草臥れたラーメン屋の暖簾を指差す。
表に出されたメニュー表には 確かに“ラーメン1杯300円”と書かれている。
「ぁ、ありがとうございます! 道案内して頂いて、とても助かりました!」
「いえいえ。つか、俺も一緒しよぉかな」
「ぇ?」
「俺も腹減ってっし。1人じゃ つまんねぇでしょ」
「ぃぇ、でも……」
逃亡者の身分としては、呑気に談笑して食事する余裕は無いのだが、聞こえて来る龍司の心の声は酷く詩子を案じている。
《ホントは家で昨日の残りでも食おうかって思ってたけど、
1人っぽい女の子 放って帰るのもなぁ……
何が起こるか分かんねぇし、念の為 暫く一緒しとくか》
心細い今、この気遣いが有り難い。詩子は苦笑をしつつ頷く。
「ぁ、ありがとうございます、……ソレじゃ、お願いします、」
店内は客入りには早い時間帯なのか、空席が目立つ。
龍司は中央の広いテーブルを選んで腰を下ろし、詩子を手招く。
「おぉ、龍司。今日は また……随分と、そのぉ、若い子、連れて来たなぁ?」
「ギャハハハ! キレイどころだろぉ? オヤジ、俺 いつもの!」
「おぉ……えっとぉ、お嬢チャンは?」
「ぁ、あの、普通のラーメンで、」
「普通……普通の醤油ラーメンで?」
「は、はぃ、」
店主の怪訝は言う迄も無いが、龍司がシッシと手払えば、素直に厨房へ戻って行く。
詩子は顔を伏せ、ギュッと口の両端を結ぶ。
(怪しまれてる……学校にも行かないで不良だと思われてる……
まさか、警察の人が来た!?)
捜査の手が何処まで進んでいるのか、見当も付かない。詩子は立ち上がる。
「ぁ、あの、トイレ!」
「ああ、向こうね」
「す、すみません、失礼します、」
詩子は遽走ってトイレにピットイン。
トイレのドアが閉まると、店主は調理の手を止め、厨房から顔を出す。
「オイ、龍司。あの子、大丈夫か? 近頃 物騒だし、家出だったら警察に連絡したろか?」
「イヤ。イイよ。少し付き合って話し聞いてみっから。ンで、家に送るわ」
「ハァ、良かった……
お前は女にゃぁ手広いから、まさか あんな子供にまで手ぇ出すんじゃねぇかとぉ」
「オヤジ、俺に対する偏見どーにかして」