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(以前から『サトリは気色悪い』と、両親は言っていた。
人の心の中を読む何て最低の悪趣味だと、人を喰う青頭巾と何も変わらない化け物だと。だから僕は、自分がサトリである事を幼い頃から隠し続けていた。
僕だけの秘密として……)
「ち、違い、ます、」
(いつか見つかる、いつかバレる、そう予感していた……)
もう1歩、後ずさる。
「ソ、ソレは、両親の勘違いです、」
(けれど、息を潜めて静かに生きていれば、人の目は欺けるとも思っていた。
ずっと、嘘つきで、独りぼっちでも良いから、僕は普通の人間として……)
詩子の この反応は是と言っている様なもの。
表情を険しくする警官が手を伸ばせば、詩子は慌てて踵を返し、駆け出す。
「待ちなさい!!」
待てと言われて立ち止まる程、詩子は勇敢でも愚かでも無い。
人混みを掻き分け泳ぐように懸命に走る。走る。走る。
(バレた! サトリだとバレた!!)
「どうしてぇ、お父サン、お母サぁン、……うぅぅぅ、」
(普通の人間の皮を被り続けなきゃって……
隠れて、ずっと、ずっと、独りで、ソレなのに!!
サトリだとバレたら、皆に気持ち悪いって言われて、警察に捕まって、いっぱい実験されて、バラバラにされて殺される!)
アノマリーは特異な存在だ。人類の脅威であり、可能性でもある。
年齢や罪の有無に関わらず、アノマリーと判断されれば そこに人権は発生しない。
爪の欠片・髪一筋に至る隅々を逃さず、あらゆる検査・薬物実験が行われ、結果、人体の限界を超えて死亡する末路。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……助け、て、、殺され、る、」
この力で誰かを追い詰めようとは思わない。何かを暴こうとも思わない。
ただ、人目を避けて生きられさえすれば、サトリである事は隠せる。
詩子は そんな静かな存在で良いと思っている。
然し、世間は違う。世界は違う。
知能を持つ人とは異なる存在を野放しにしておく程、無謀ではいられない。
現に、人を襲う喰人鬼と言うイレギュラーが発生している以上、サトリが安全とは言い切れないのだ。
そして、実の所を知る為にも、なるべく多くを捕らえ、生態を調べる必要にも迫られている。
無害であるかは結果的に判断する事で、対処も又、その時に改めれば良い事。
進化の過程には犠牲が付き物なのだ。
(どうして こんな力を得てしまったのか……
ソレは、地球に齎された異常気象が原因じゃないかと、偉い学者サンがテレビで言っていた。22年前、地上が一瞬だけ暗闇に包まれたそうだ。時間にして そう長くは無かったらしい。
けれど、その現象以降、奇妙な力を持った子供が生まれ出した。
産まれたばかりの赤チャンが直ぐに言葉を喋ると言うのは多いケースで、成長と共に覚醒するパターンが希にある。私のように……)
詩子は駅に駆け込み、逃亡の距離を稼ぐべく、来た電車に飛び乗る。
「ハァ、ハァ、ハァッ、……な、何とか逃げ切れた、」
幸いな事があるとすれば、一般市民の混乱を避ける為、サトリの指名手配情報が報道される事は無い。特殊捜索隊の地回りが始まる前に、出来るだけ人の少ない場所を目指そう。
通勤通学のラッシュタイムを過ぎた車内は空いている。
詩子は倒れる様に座席に座り込み、手摺りに こめかみをつけて項垂れる。
(何処へ行こう? 何処へ行ったら良いんだろう?
人のいない場所? そんな所あるの? そんな所で生きていけるの?
どうやって?)
頬を伝っていた涙は乾いている。
持っているのは財布だけ。その中身も5千円と頼りなく、コレからは帰る家も無い。絶望的だ。
(何処に行ったって、あの人達は追い駆けて来る……きっと逃げ切れない、解かってる……)
ならば、最初から諦めて捕まれば良かったのかと言えば、そうとも思えない。
生きて実験体にされる恐怖を想像すれば、今からだろうと出頭する勇気が沸く筈も無いのだ。