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「ばぁチャーン。ラムネのアイス残ってねぇのかなぁ?」
駄菓子屋の店頭に出されている冷蔵庫の中を覗いても、見慣れたパッケージが見えない。
龍司が店内に顔を出せば、腰の曲がった老婆がサンダルを鳴らして出て来る。
「オヤ、無いかいな? そん中に入ってるだけだよ?」
「マジで?
妹がさぁ、食いたいってからチャリすっ飛ばして ばぁチャンに会いに来たんだけど?」
「オヤオヤ、龍チャン、お婆ぁに言ってもラムネアイスは出て来んよ?
明日になるね。明日なら業者サン来るから」
「はぁ~~、妹 泣くわぁ……」
「アララ。明日からは2つは残るようにしとくよ。
あの客が来ても、龍チャンと詩子チャンのは残るようにね」
「あの客? なに? ゴッソリ買ってかれたの?」
「うん。大きな体した お兄チャンが何度も何度も来てね、
ソレが美味しいって、そりゃぁ何度も何度も」
「地元のモンじゃなかったの?」
「うん。白いワゴン車でね、女の人と来ていたよ。
あぁ、何だか色んな難しい事ぉ聞かれてね、お婆ぁは疲れたよ」
龍司は視線を泳がせる。
浜辺で見かけた あの2人だろうか、一体あの場で何が起こったのか、
気絶してしまった詩子からは まだ話を聞けていない。
然し、只ならぬ雰囲気だけは感じ取っている。
「――ばぁチャン、なに聞かれた?」
「ココいらに変わった子はいないか? って。
サトリがいるとか いないとか、そんな話は聞かないか? って」
「サトリ? 何だよ、ソレ……そんな噂どっから、」
「さぁねぇ。
何でも、生物学者サンだって言ってたけど、お婆ぁに そんなぁ話されても分からんし、サトリの話しはココじゃ聞かんて。全然 聞かんて。
ココには おらんて言うておいた。
でも、青頭巾サンの話だけはしたったよ。よそ者は喰われちまうから、早く帰れってね」
「……」
良からぬ予感が纏まりつつある。龍司は慌てて自転車に跨る。
「ばぁチャン、ありがと! また、また来るから!」
「あいよ。気ぃつけてね、気ぃつけるんだよ、龍チャン、無理はしちゃいけないよ!」
駄菓子屋からアパートまでの距離は自転車にして5分程度の道のり。ソレが嫌に長く感じる。
力いっぱいペダルを漕いでアパートの前に滑り込むと、自転車から飛び降り、龍司は血相かいて玄関ドアを開ける。
「詩子!」
部屋の中は静まり返っている。捲れ上がった儘の布団に詩子の姿は無い。
「詩子、詩子、詩子!!」
トイレや風呂のドアを開けても詩子はいない。
龍司は押入れの襖を開け放つ。片付けておいた詩子の鞄が無い。
「まさか、1人で……」
詩子は浜辺の時点で気づいたのだ。
あの木曽川と牧田がサトリを目当てに この海町を訪れた事を。
そして、察知されたのだ。
何故 詩子が恐怖に震えたのか、ソレはサトリとして心を読んだからに違いないと。
「待てよ、待て、落ち着けよ、俺……
どうして詩子は俺に言わなかった? どうして、一緒に逃げようとしなかった? 俺は青頭巾だぞ、詩子を守る力くらい……」
確信を口にする前に、龍司は固唾を飲む。
「あの、男……」
牧田を思い出す。
あの男を喰おうとは思わない。あの男に手を出そうとは思わない。
ソレは、間違いなく自分よりも強い相手だからだ。青頭巾だからこそ判る感覚。
「赤、頭巾……?」
何故、生物学者と赤頭巾が手を組んでいるのかは分からない。
然し、詩子を探しているのは確かな事。龍司は怒りに目を吊り上げ、箪笥を開ける。
「!!」
手に取ろうとしたサバイバルナイフが無い。
考える迄も無く、詩子が護身用に持って行ったのだと知れる。
「――喰ってやる……アイツら、喰ってやる!!」
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