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aNoMaLy  作者: 坂戸樹水
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12


「うん、イイ女になった」


 満足気な龍司を見下し、八百屋の男は苦笑する。


「何だ、龍司、シスコンかぁ?」

「はぁ!?」

「今の内、存分に兄貴ヅラぁしとけぇ。

可愛い子ってのは、さっさと嫁に行っちまうもんだからな。ほいじゃぁな~」


 余計な助言を残し、八百屋の男がバイクで走り去れば、龍司は口元を引くつかせる。



「嫁……何か、行かせるかぁ!!」



 龍司が悔しげに地団駄を踏んでいる頃、

詩子は掌に小さな桜色の貝殻を見つけては拾い上げる。まるで花弁の様な か弱さと繊細さだ。


(ココには綺麗なものが沢山ある。

静かで、波の音が優しくて、都会で聞いていた歪んだ心の声を聞く事が無い。

まるで悪い夢でも見ていたんじゃないかと思う程、遠い日の出来事になっている)


「何て名前の貝だろう?」


(身を潜めて暮らす毎日なのに、あの頃よりずっと良い。

ずっと本当の自分でいられる。コレも龍のお陰だ。

龍が側にいて、僕の全部を解かってくれるから、だから苦しくない)


 貝殻を掌に並べる。

次、海を訪れるのは いつになるか分からないから、部屋に飾って愛でるとしよう。

貝殻の砂を海水で洗い、詩子は上機嫌に踵を返す。

すると、目の前の防波堤に腰をかけ、焼きイカをつついている巨漢が目に止まる。


(大きい人ぉ……)


 身長は190はあるだろうか、龍司も中々の長身だが、体躯が比べものにならない。砲丸投げでもしそうな勢いに、詩子はスッカリ目を丸める。


 詩子の訝しんだ視線に気づく巨漢は、視線を泳がせて気まずそうに首を捻る。

どうやら余所者。地元の者とどうコミュニケーションを取るべきか必死の思量をしている。

結果、焼きイカの入っている器を差し出す。


「食べる、かい?」

「!」


 イカだ。ソレも焼きイカ。

夜の港で会長に振る舞われた焼きイカが絶品であった事を思い出せば、詩子の喉はゴクリと鳴る。


「美味しいよ? そこの出店で買ったんだ」

「……」


 詩子は耳を澄ませる。


(遠くから来た人……警察じゃない。海を眺めていた。綺麗だと、見つめていた)


 無害。そう判断すると、詩子はそっと近づく。

離れ目には老けた印象だった男だが、良く見れば そこそこに若い。

龍司と変わらない年の様にも思う。


「海、綺麗ですよね?」

「ぁぁ、ええ、とても。ココの海は静かで綺麗で、うん。ずっと見ていたい」

「僕も! 綺麗な貝殻も沢山ありました!」

「へぇ。どれどれ? ぁぁ、コレはサクラ貝だ。ぁぁ、すごく綺麗だ」

「はい! 本当に! サクラ貝って言うのかぁ……桜色だからかな?」

「うーん、きっと そうじゃないかなぁ」

「フフフ。そうですね、きっと」


 龍司以外の若い男と話すのは久し振り。

男に興味があると言うよりは、人と話してみたい。そんな好奇心に詩子の声は楽しげだ。

その様子が とても愛らしいものだから、男も照れ臭そうに笑う。


「折角 来たんだし、貝殻、記念に探して行こうかなぁ」

「ソレじゃぁ、コレあげます。コレ、1番大きくて、1番 形が綺麗だから」

「いやぁでも、ソレは申し訳ない……」

「いいえ! どうぞ、記念に!」


 詩子の細い指先で摘ままれた貝殻は大きく見えるが、男の掌に乗っかれば とても小さい。

然し、実に美しい桜色に男は穏やかに笑う。


「ぁぁ、コレは綺麗だ。本当に良い記念になる」

「フフフ! 良かった!」


 美しい海辺で可愛らしい少女から贈られた、特別な記念品。

そうして会話を楽しんでいる所に、影が差す。


「楽しそうだわねぇ、牧田。

この私が 足を棒にして歩いて調べて回っているって言うのに、

アンタは呑気に何をしているのかしら?」

「ぁぁ、木曽川先生。見てください。この綺麗な貝殻を。

今、この お嬢サンに貰ったんです」

「牧田、アンタは本当に馬鹿だわね。遊びに来たんじゃないのよ、私達は」

「はぁ、すいません、」


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