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「そぉだ。詩子に土産」
「……魚?」
「魚もあるけど、プラスアルファ」
「プラス? アルファって なぁに?」
「付加つぅかぁ、オマケみてぇな? 港のオバチャンがさ、
娘サンの若い頃の服があったってから、詩子に着られるんじゃねぇかってさ」
「新しい服!?」
「ああ」
詩子の顔はパッと明るくなる。
紙袋に飛びつき、大急ぎで洋服を取り出す。
デザインは今時の物では無いが、古いにしては状態も良い花柄のワンピースやブラウスの類。
普段 着ている物と言えば、草臥れすぎたヨレヨレのTシャツとボトムの着たきり雀な詩子にとって、こんなに可愛らしい服を手に取るのは1年ぶりになる。
「着ても良い!?」
「どーぞ」
すると、詩子は龍司の目も憚らずに服を脱ぎ出す。
この逃亡生活で女子としての自覚を養えと言うのも難しいか知れないが、龍司は慌てて顔を反らす。
《ャ、ヤバイヤバイ!!》
「何がヤバイの?」
「! ……心の声を盗み聞きするんじゃねぇって言ってんだろ!」
「だってぇ。僕、サトリだものぉ」
「ッ、」
平常心で無くば、直ぐに悟られてしまう。
龍司は頭を抱えながら、念仏を唱える。
「ねぇ見て、龍! ちょっと大きいけど、変じゃないでしょ?」
心頭滅却・精神統一。龍司は気持ちを静め、詩子を振り返る。
花柄のワンピースは、ふんわりフレアスカート。
丸い襟が すました印象で可愛らしい。
手足の細い詩子が着れば、見事なオシャレレトロワンピースに早代わり。
着る物1つで見違えてしまうから、女と言うのは恐ろしい生き物だ。
スッカリ呆ける龍司に、詩子は自信なさげに口を尖らせる。
「お世辞くらい言ってくれても良いと思う……」
「! ……ぁ、ああ! いや! イイよ、イイと思う!
うん、そのぉ…可愛いよ、可愛い、」
「本当!?」
「ああ。午後はソレ着て海でも見に行こうか。この前は夜で見えなかったからさ」
「ほ、本当!? でも仕事はっ? 倉庫の仕事、」
「休み貰った。たまには詩子と遊びたいから」
「ほ、本当!? 僕も! 僕も龍と遊びたい! 海の龍、見たい!」
詩子は大はしゃぎ。
コレ程 喜んで貰えるとは思いもしないから、龍司も気分を良くして台所に向う。
*
朝食を済ませた2人は浜辺へ向う。今日は天気も良く、空と海の青が鮮やかだ。
クッキリと浮き上がる海の龍に、詩子の目は輝く。
「本当だ! 海の龍が泳いでる! 横にピーって、真っ直ぐ! 早い早い!」
同じ速度で走ろうとでも言うのか、詩子は浜辺を駆け出す。
「オイ、転ぶなよ!」
「はーい!」
病弱な妹設定だが、今日ばかりは解禁にしよう。
知り合いに問われたら、『今日は頗る快調』とでも言って、適当に誤魔化せば良い。
「海くらいで、って思ってたけど、そう言やぁアイツ、都会育ちだったっけな。
ガキだし、ンなら はしゃぐかぁ」
何匹もの海の龍に挑戦するも追い着ける筈も無く、今度は波打ち際に迫る水飛沫と行ったり着たり。キャッキャと声を上げる詩子を眺め、龍司は肩を撫で下ろす。
そこに、バイクのブレーキ音が聞こえる。
「お。龍司じゃねぇか、何やってんだ、こんなトコで」
「あぁ、八百屋の兄サン。配達ッスか?」
「まぁな。あぁ? もしかしてデートか!? お前、カノジョいたんか!?
何処の子だ!?」
「ハハハ。違いますって。ありゃ妹」
「あぁ!? 噂の病弱妹か!? 初めて見たぁ~! ってか、元気じゃねぇか!」
「今日はね。たまには運動させねぇとって、そんな感じ?」
「はぁ~~、ビビッたぁ! めんこいなぁ!」
「はぁ?」
「手も足もゴボウみてぇに細っこくて、肌も真っ白じゃねぇかぁ!
ありゃ、芸能界からスカウト来るぞ! このド田舎からスター誕生だ!」
「プッ、ギャハハハハ! 大袈裟すぎるし! ギャハハハハ!」
「何が大袈裟なモンかよ! どぉするよ、龍司、
明日にゃぁ鯛のお頭持った若い連中が、お前んトコの襤褸アパートの前に並ぶぞぉ、妹サンをくださいさいって!」
「鯛のお頭ってのが この辺ッポイ。
ま。確かに、見た目ばっかは成長したかもなぁ」
たった1年余りの付き合いだが、詩子には女性らしさ見え出している。
ソレ程、変化の著しい年頃。




