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「おぉ、龍司、遅かったなぁ。イカぁ食っちまったぞ」
「か、会長ぉ……
遅かったって、まさかココで一緒にイカ食ってるとは思わないでしょぉがぁ……」
「しょぉがねぇ。海風は冷えるってのに、オメェの妹ときたら裸足じゃじゃねぇか。暖をとらせてやらにゃ可哀相だ」
龍司は慌てて腰を折り、詩子の足に触れる。
スッカリ冷え切って、まるで死体の様だ。
抱え込んでいた靴を並べると、急いで詩子を促す。
「靴、持って来たから、」
「ぅん……」
「寒かったろ、大丈夫か?」
「……龍、……ごめんね……」
雨の様に降り注ぐのは、詩子の涙。
温かい雫を見上げ、龍司は苦笑する。
「家に帰ろ」
「うん……」
龍司は詩子を背負い、再三 会長に頭を下げて港を出る。
だいぶ反省しているのだろう、詩子は龍司の背中で ずっと鼻を啜っている。
龍司は宥める様に話しかける。
「夜じゃ、海は見えねぇだろ」
「……ぅん、」
「今度は昼間にでも来よう。海の龍、見せてやる」
「海の龍?」
「ああ。白波だよ。漁師のオッサン達が教えてくれた。
横に真っ直ぐ伸びる姿が、龍が泳いでるみたいに見えるんだってな、
そぉ呼ばれるようになったらしいぜ」
「……海の龍、綺麗だろうね」
「ああ」
詩子は龍司の背に頬をつける。
「龍も、綺麗だよ」
「!」
「優しくて、とても綺麗」
「……、」
喰人鬼の何処を綺麗と褒められるだろうか、
然し、詩子に注がれる龍司の気持ちだけは純粋で穢れない。
*
そして、数日が流れる。
何の事は無い、身隠れした詩子の生活は相変わらずの事。
然し、僅かな変化は訪れる。
「ただいま~~って、何? この食いモノらしい匂いは??」
「お帰りなさい! 見て、龍! 丁度 朝ゴハンが出来たの!
コレ、僕が作ったの!」
港の仕事から戻った龍司を迎えるのは、詩子の特製朝食。
メインは卵焼きだろうか、ドーンと ふてぶてしいとも言える見栄えに龍司は笑いを吹き出し、詩子の頭を撫でる。
「おぉ、スッゲェ! お前、料理なんて出来たのかぁ!」
「うん! だって、家庭科で何回か作った事あるから!
卵、割った事あるもの!」
「……へぇ。そりゃスゲェ、」
ほぼ、未経験と言っている様だなものだ。
些か恐怖を感じるが、龍司は詩子に勧められるが儘に卵焼きを1口つまみ食い。
ガリ。ガリ。ガリ。
「……卵の殻が入ってて歯ごたえがイイな?」
「嘘!? マ、マズイ!?」
「……ぃゃ、うめぇよ。うん。
そのぉ……砂糖っけも塩っけもねぇ、素材そのモノの味ってぇの?
うん。クセがない。元祖・卵焼きって こぉゆぅモンなんだろぉな?」
「……、」
一言で言えば不味い。
どれだけ愛情が籠もっていようが、不味い物は不味い。
然し、龍司の負担を軽くしたい、詩子なりの精一杯の気遣いは有り難い。
「うん。後は俺がやるから、お前は向こうに行ってろ」
「ぅ、うん……」
結局 役立たず。詩子は しょぼ暮れて畳部屋へ。
そんな詩子に、龍司は紙袋を掲げる。




