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(思っても無い事を言ってしまった……)
『龍なんか何処にでも行けば良い! 行きたいトコ行けば良い!』
(龍が女の人といたんだと思ったら すごく嫌な気持ちになった。
でも、解かってる。龍は自由だ。追われている僕とは違う。
龍こそ、こんな生活は嫌だと思っているだろう。
もう好い加減、龍を解放して上げなくちゃいけない……)
会長は焼けたイカゲソを摘み上げ、詩子に差し出す。
「ホレ。熱いから気ぃ付けて食え」
「ど、どうも、ありがとうございます……ぃ、頂きます、」
掌の上で転がしながら、詩子は熱々のゲソアシを齧る。
柔らかくて香ばしい味を気に入ったのか、詩子の表情が僅かに和むと、会長は七輪の火を火掻き棒で転がしながら静かに言う。
「龍司は良ぉ働く」
「!」
「どんな仕事でも、働くってのは大変な事だ。
その大変な事を熱心に取り組むってのは、簡単な事じゃぁない。
どうして龍司には ソレが出来ると思う?」
「……どう、して、だろ?」
「オメェさんの為だ」
「!」
「全部、オメェさんの為だ。
オメェさんが元気でいられるように、ただソレだけだ」
会長の目は ずっと七輪の火を見つめている。
淡々と滔々とした言葉に、詩子は息を飲んで涙ぐむ。
「龍はっ、……僕の所為で、苦労してる、すごく、沢山、……うぅぅぅ、」
「そうだろうな。そうだろうよ。
でも、苦労ってのは嫌な事ばかりじゃぁねぇ。嫌な事は頑張れねぇ。
龍司は豪ぇ男だ。1っつも嫌な顔をしねぇ。喜んで働く。
全部オメェさんの為だから、コレっぽっちも嫌だと思わねんだろぉさ」
「ぅぅぅ、」
「泣きなさんな。オメェさんがいなくなって泣きたいのは龍司の方だ」
「うぅうぅ、ッッ、」
モグモグとイカを食べながらボロボロと泣く詩子の幼稚な様と言ったら、可笑しくて堪らない。会長はニッコリと笑う。
「何があったか知らねぇが、一緒に謝ってやるから、ちゃんと許して貰え。
そんで、もう兄チャンを困らせちゃならねぇぞ?
ソレで無くても、ココいらも物騒になって来た」
「?」
「兄チャンから聞いてるだろ、青頭巾が出始めた事くらい」
「!」
聞くも何も、その青頭巾は龍司だ。
町の人々はソレを知らずに龍司を漁港や倉庫で雇っている。
否、まさかアレ程 愛想の良い好青年が青頭巾だとは思いもしない。
「青頭巾は人を喰う。
ひでぇニュースもテレビで良く見る。絶対に許しちゃならねぇ」
「……、」
「けどな、こんな事を言っちゃぁバチ当たりだが、
どぉも この町に現れる青頭巾はなぁ……不思議と恐ろしく感じねぇ」
「ぇ?」
「ココの青頭巾は、ワシら地元のモンには まだ1度も手ぇ出しとらん。
都会から来たタチの悪い地上げ屋や、ヤクザだけを選んで喰っとるよぉに思う。
お陰で開発が進まんで、ワシらは漁を続けられる。
救われておるんじゃよ、ココの町のモンは」
海町の誰もが複雑な気持ちでいる。
何せ、青頭巾が現れて以来、地上げ屋からの陰湿な嫌がらせも無くなり、開発も頓挫。
この調子で行けば、企業も恐れを成して この土地から手を引くか知れない。
そんな期待すら、町の人々は持ち始めている。
「ワシらも命を食って生きとる。偉そうなこたぁ言えん。
けど、ワシらは魚獲って、今の生活が送れさえすれば良い。
静かに生きられればソレで良い」
多くを望みはしない。その気持ちは詩子にも良く理解できる。
(龍は守ってくれている……僕が生きられる場所を。そんな環境を。
少しでも長く安心していられるように……決して許されない方法だけど、
でも龍はソレを解かりながら、ソレ以上の方法も持てないまま罪を背負ってくれてる……)
解かりすぎる龍司の気持ち。だから痛む。
龍司が詩子を想う様に、詩子も龍司を想っているから、どうか安らかで幸いであって欲しいと願ってやまない。
そこに、足音が近づく。
「詩子!」
「龍……」
駆けつける龍司の姿に、詩子は立ち上がる。




